閑話 マニューバ・コート開発秘史【魔術概念】

 ジンが神隠しにあって二年経過していた時期。世界はダンジョンが増え続け、早急にマニューバ・コートの普及が必要とされていた。


 次世代陸戦装備研究所の職員たちは日々奮闘している。


「数日ごとに新情報がジン君のマニューバ・コートから送信されてくる。どうしよう」


 おそらく向こうでは神のような英霊が数分ごとに仕様を送信してくれているのだろう。


 嬉しい悲鳴だが、あまりにも情報が膨大すぎた。室長である守山は頭を抱えていた。当然スタッフたも疲労困憊だが、世界の存亡に関わる事態まで発展しているのだ。手を緩めるわけにはいかない。


「米国の共同参画がまさかスピリットOSの性能低下を招いたなんて」

 

 思いもよらぬ幽世からの情報に、浮かない顔をする堀川。


 乱入した挙げ句、脚を引っ張ることしかしていない。

 

「アトムについても警告してくれているな。私達の処理は正しかったようだ」


「仕様通りに行かなかったと強弁しましたからね」


 守山は低侵襲型ブレインインターフェイス<アトム>に強い疑念を抱いていた。


 そこで隊員にも内緒で機能を低下させたものを頭皮に埋め込んでいる。


「そして新兵器<ミルスミエス>。マニューバ・コートを発展させ自らを触媒に、ゲーム概念である<クラス>を降臨させ<魔法>を行使する新たな機装」


「コンピューターRPGを知っていることが重要。これは汎用性も高いですね」


「真に引き出せるものは万物に宿る気や精霊という概念を認識できるものだけ。――確かに日本にはうってつけの兵器だ」


「これはなんとしても欧米を関与させるわけにはいきません」


「そうだ。以前のように四大限定にされてたまるものか。――というわけで欧米用に別技術を提供することにした。拡張四大。五大を加えた別系統のマニューバ・コートだ」


「マニューバ・コートとミルスミエスを別ラインにするのですか?! 労力も二倍以上になりますよ!」


「なあに。マニューバ・コートは欧米が勝手に発展させるだろ。私もいささか魔術とやらを調べてね。五大――エーテルの概念を加えた」


「クインテセンスですか? 物理学では強い核力、弱い核力。重力、電磁気力に加わる五つ目の要素――ダークエネルギーになりますが……」


「魔術におけるクインテセンスは宇宙に満ちるエネルギー、四大で分類できないものだ。日本も同様の概念がある。もとよりギリシャからインド、そこから再び東西に伝わった思想と概念だからね。応用は簡単だ」


「仏教だと地水火風空。そして六大の識。七大の見――末那識。そういえばこれはラテン語のマナスでしたね」


「そして根幹たる八大の阿頼耶識、と。こちらは味覚や嗅覚など知覚に関する用語か。こんなオカルト話を兵器開発でするなんて世も末だ」


 守山は自らの研究に苦笑する。


 ヴァーキを理解するには、日本古来の精霊信仰や仏教を調べることが早期理解に繋がった。


「スプライトの後継機<エルヴズ>は仕様通りに。その次の<トロール>を欧米に提供する。第2世代という名目だが、正確には1.5世代だね。彼らだって異教の概念には乗りたくないだろうさ」


 皮肉げに嘲笑う守山。これは彼の悪い癖だと思う堀川だった。


「彼らもトロールは嫌がると思いますが? 幻想のモンスターと同じ名前です」


「仕方ない。命名規則では超高層雷現象に基づく。ノーム、ピクシー、ゴーストも残っているぞ。ゴーストは米国が大好きだな。ピクシーは日本とフィンランドで確保だ」


「ミルスミエスはカテゴリ追加だから兵器名にはなりませんね。しかしどういう名目で開発ラインを分けるのです?」


 書類上、開発ラインを増やす場合名目は必要だ。


 魔操機装は機装の発展型という位置付けになるだろう。


「ミルスミエスは電子戦機みたいに、適当に量子戦機とでも命名すれば書類は通りそうだ。量子は強そうだし、第一量子意識が絡んだシステムだ。嘘じゃない」


「強そうだしって…… 量子戦機としての魔操機装開発。悪くはないかもしれません」


 思わず堀川も苦笑いだ。しかし一見してインパクトがある文言も申請書類には必要ではある。


「実際ミルスミエスは次元が違う。ジン君のスプライトは小型核融合炉搭載だ」


「え?」


 堀川はあまりのことに首を横に振った。大型核融合炉が十年前、ようやく実現したばかりなのだ。


「私たちの技術ではここまでの小型化は無理だ。一メートルのコンテナに一億度のプラズマを閉じ込める。磁場か? 金属冷却か? 何を使ったら可能だと思う? それとも一億度までは必要としないミューオン核融合炉なのか。これだけでも生涯をかけて研究したいものだよ」


「それは本当ですか? そんなものが実用化なら世界のエネルギー問題は解決します。放射性物質も核種変換可能で問題ありません。しかも1メートルサイズって……」


「この時点でお伽話なのに、ミルスミエスが実装可能なクラスとやらはニンジャやサムライもいるらしい。しかも日本の神様、神道や仏教の神様たちが協力したそうだ」


「何してんですかね。日本の神様もですが私達……」


 自分の仕事に疑問を持ち始めてしまった堀川。


 しかし守山も彼女のことは笑えない。


「日本の神様と直接コンタクト取れたらいいのですけどね」


「こっくりさんか悪魔を召喚するプログラムの研究を始めるか。それとも神社を作って巫女さんに降神してもらうかだな」


 守山は疲れているのか、真顔でそういった。


「何が哀しくてフィンランドの神様経由で日本の神様の動向を知ることになったんでしょうね」


「まず神様の存在証明からだな。そうでなければ大蔵官僚は予算を捻出してくれない」


 設計段階のエルヴズを表示させる守山。


 ジンが倒して時間を稼いでくれたが、ロウヒ復活は間もなく。早急に完成させたかった。


 エルヴズとトロールの仕様を確認した堀川が鼻で笑った。


「要求性能的にはトロールのほうが先に完成しますね」


「それでいい。エルヴズは慎重に、だ。日本の兵器開発に失敗はない。完成するまで許されないからな。量産開始前から調達価格まで決められる」


「大蔵省に恨みでも…… いえ。私もありますが」


「愚痴だ。すまない」


 部下にする愚痴ではない。自らを嘲笑う守山だった。


「かつて存在した財務省が残っていたらと思うと残念だね。彼らは先の紛争――レッド・インサークルメント戦で対戦車ミサイルを用い敵の侵攻を阻止したが、七万人いた職員の八割が殉職した。彼らが下した結論こそ自らがATMとなることだった」

「2020年代の戦争で、財政規律のために陸上戦力増強よりもATMのほうが費用対効果が高いという論評を出したものの、そのような意図で出したものではないと自ら否定したあの件ですね」


「彼らこそ本物の勇士。国土と国民の財産を守るために。――誇り高き人々だった。現大蔵省はその生き残った職員を再編した、財政規律を優先する下位機関に過ぎない」


「渡河能力が高い水陸両用戦車や強襲揚陸艦による連合軍。今思えば幻想の侵食の発端だったかもしれない、摩訶不思議な包囲網。日本列島同時揚陸作戦をただの会計職員たちが阻止したゲリラ戦ですね。大和連邦発足のきっかけにもなったといわれています。当時自衛隊という組織に頼らず、自らの生命を以て対戦車ミサイルの有用性と費用対効果を示したという率先垂範。何者にも屈しないATMという伝説。官僚の中の官僚。今や神話の如き存在です」


「そうとも。彼らのような犠牲者を出さないためにも歩兵を守るためのマニューバ・コートが必要だった。それを大蔵省はコスパで考える。国民の生命よりも財政健全化とはね! とまあ。愚痴はここまでにしておこう」


 気を引き締め、再び画面を注視する。


「ゲームとの相違点は一つ。wikiも動画解説も存在しないということかな。クラスも魔法もブラックボックスだ。攻略本が欲しいところだね」


「いつの時代の話ですか」


「紙の攻略本はいいものだよ? とくにファ…… おっと。とはいえ、ダンジョン攻略にミルスミエスは標準装備になるだろう。配備方針としてはクラスの報告書が必須だな」


「情報の蓄積が大事ですね。神主の家系や家柄が有利でしょうか?」


「関係ないと思うよ。神主が由来の名字でいえば鈴木姓が有名だがそれを認識している者が何人いるやら、という話だ。やはり個人の環境や性質による」


「それもそうですね」


「ヴァーキ適性が低くてもアトムで強化可能だ。とくに制限はないと思ってくれていい」


「むしろゲームへの無理解のほうが操縦への障害になりそうですね」


「そうだな……」


 懸念事項はそこであった。黎明期は悪者であったらしいコンピューターゲーム。とくにMMORPGは社会的に悪しき性質を持つとさえ言われていた。


 高性能携帯端末の普及により、ゲームは身近なものになっていった。


「ゲームの世界が現実に。――違うな。人間原理で解釈すると人々がゲーム世界を望んだ結果、そうなるように世界が変換されている最中、なのかもしれないよ」


「そんなまさか」


 そうはいうものの堀川は完全に否定する言葉は思い浮かばなかった。


 ゲーム世界への変換。マニューバ・コートの普及はその概念を推進するものになるのではないかという疑念が浮かんだのだ。


 彼女は心に抱いた一抹の不安を振り払うかのように左右に首を振るだけだった。

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