第11話 回復ポイントはサウナ(混浴)

「今日明日は休んでくれ。明後日からでもミルスミエスの訓練を開始しようか。クラスやスキルにも慣れないとな」


「今日からでも大丈夫だ」


 新機体に早く乗りたいジン。


「リミッター解除した状態で二回もサラマの魔法を行使したんだ。見ためは大丈夫でも心身ともに回復していない。――おい。ロウリュ!」


 セッポが呼ぶと、ドワーフよりさらに小さな小人がやってきた。


「あんたがジンか。俺はロウリュ。見ての通り、生粋のトントゥ――妖精だ」


「フィンランドでおそらくもっとも存在力が高い妖精だな」


 セッポがホウリュを紹介してくれる。


 存在力が高い。ということは高名な妖精なのだろう。


「そうなのか!」


「明日迎えに行くから、家で待っていてくれ」


「わかった。明日は何をするんだい?」


「いにしえより伝わる、フィンランドならではの快癒法だ。彼がいる場所は聖域だと思ってくれていい」


「聖域か。英気を養える場所なんだろうな。期待している」


「パイロットのMPとHPを回復する場所はサウナだ。忘れるな!」


「まじかー」


「当然だ。ここはフィンランドだぞ」


 凄まじい気迫に押され納得するジンである。


 ジンはサラマに連れられ家に戻り、サラマとルスカ三人で夕食を執る。


 豪勢なトナカイの肉料理が並べられ、久しぶりにくつろぐことができた。


 翌日、昼食後にロウリュがやってきた。


「じゃあ案内するぜ」


 連れられた場所は木造の小屋。

 

「今では珍しいスモークサウナだ。手間暇かかるが、いいもんだぜ。ゆっくり体を癒やしてくれ」


「スモークサウナ?」


「サウナはフィンランドが本場だぞ。スモークサウナはそれは伝統がある、古代から伝わるサウナでな。手間暇かかって準備が面倒臭ぇ――そうじゃないな。俺はサウナ・トントゥ。サウナの妖精なのさ。サウナの守護精霊ってヤツだ。国内外のサウナにはあちこちに俺の像が描かれているよ」


「そういえば……日本でもみたことがあるような気がする!」


「だろ? へへ。タオルなどサウナに必要なものは用意してある。シャワーを浴びてから入室してくれ」


「助かる。ありがとう」


 ロウリュははにかみながら、入り口の前で座る。それが彼の役目なのだ。


 ジンはシャワーを浴び、水着に着替えてサウナに入る。


「サウナは聖域か。なるほど……」


 スモークサウナは煙突がなく、木材を燃やして室内を暖め、長時間かけてサウナを暖める方式だ。


 室内に煙が充満するため、サウナを暖めて煙を逃すという手法を採る必要があり、非常に手間暇かかる古い方式で日本国内でもわずかしか存在しない。今やフィンランドでも電気式や通常の煙突付きサウナが主流となっていた。


「お邪魔します、と……」


 恐る恐るサウナに入室する。


「やほー! ジン! 私たちも今入ったところだよー」


「思ったより早かったですね」


 先客がいた。ロングタオルを巻いたルスカとサラマがラウデと呼ばれる段差がある木の椅子に座っていた。サラマは最上段で寝そべっている。美しいエルフの肢体は芸術のようだ。


 椅子に座ることはもちろん、最上段で横になることができるフィンランド式サウナ特有の構造だ。


「うわぁ! ごめん、女湯……じゃない。女性のサウナと間違えたか?」


 予想外の事態に動揺するジン。


「ここは混浴ですよー。照れない照れない。顕界でも混浴サウナはあるらしいよ? 当然男女別もね!」


「大丈夫ですよジン。サウナは神聖な場所。よからぬことを考える人はいません。たぶん!」


 テンションが高い二人。


 ジンがやってきて嬉しいようだ。


 ――よからぬことって二人にとって俺自身が一番危険ではないのか? いきなり混浴サウナとは難易度が高いな!


 正直ジンにはとても辛い。日本の混浴といってもお年寄りしかいないことが多いし、そもそも銭湯にすらあまりいかない。


 精霊とはいえ美少女二人の前に無心でいられるか不安だ。


「ほらジンも座って!」


 ルスカに勧められ、木製の長椅子に座るジン。布を敷かないと火傷をするとロウリュに言われているので、丁寧に敷く。


 サラマが手慣れた様子で熱した石に桶から水をかけ、水蒸気を増やしている。室内の温度がどんどん上がってくる。


「これは……体の芯に染みるような気持ち良さだな」


「いいでしょー」


「暑さで限界になったら雪か水に飛び込んでクールダウンしにいくといいですよジン」


「そうする」


 木材と壁の傍にある白樺の枝の香りが充満している。


「湿度を上げますねー」


 サラマが慣れた手つきで石に水をかけ、水蒸気が吹き上がる。


 これほど蒸し暑いとよこしまな気持ちも洗い流された。


 確かにリラックス効果もあり、タオルでパタパタと仰いでいる二人のほうをやや目を逸らしながら、他愛のない会話をする。

 

「私達もマニューバ・コートや船の訓練受けているんだよー」


「そうなのか」


「カレヴァもそう長くないのです。ジンとマニューバ・コートから顕界の情報を収集して構成しています」


「……ルスカも受肉したばかりといっていたけど、ひょっとしてこの場所。俺のために作られたのか?」


「そうとも言えます。曖昧ゆえに幽世。実体化するきっかけになったんですよ。どのみちフィンランドが滅亡したら私達精霊はさらに力を失い、存在が消滅する者も出始めますから」


「今セッポが日本政府と交渉中だって」


「何を交渉しているんだろう……」


「色々? 精霊の受肉に関してとか。ほら、私達は自然霊だけど、当然動物霊もいるから。トーテム信仰っぽい感じの」


「日本もたくさんいるようですね。狐や蛇、犬などが神様として祀られて」


「そうだな。動物霊も力を貸してくれるのか」


「犬、猫、熊、トナカイあたりの動物霊ですね」


「今なら人間型に受肉できそう、なのかな。姫様?」


「ロウヒに対抗する手段がない今、人々に奇跡が必要とされていますからね」


「ロウヒが出なければ二人とも話せなかったのか。複雑な心境だ」


「明日も一緒にサウナ入ろうねー! ジン!」


 最上段で寝そべっていたルスカがいつの間にか隣にいた。


「こ、こら。抱きつくな! 元精霊といっても警戒心をだな……」


 抱きつくなといいながら離そうとしないジンに対し、冷ややかな視線を送るサラマ。


「ジンならいいよー? 姫様に怒られない限り!」


「その時は私も実力行使に出ますから。――ジンに対してですよ?」


「そうだよね!」


 何やら恐ろしい会話が眼前で繰り広げられている。


 ジンは深く考えることをやめた。


「冷やしてくる」


 ――頭を。


 そっと心のなかで付け加えて。


「いってらっしゃい!」


 おもむろにサウナの外にでて、雪原の間に用意されてある大きな水たまりに飛び込んだ。


「気持ちいい」


 クールダウンされた体と思考。再び彼女たちが待つサウナに向かうのだ。


「気持ちいいよねー!」


「私もクールダウンしないと!」


 後ろからついてきたルスカとサラマが同じくクールダウンのため水たまりに飛び込んできた。


「うわぁ! 何も一緒にクールダウンしなくたって!」


「こういうのはみんなでー」


「そうですね」


 サウナよりまずい状況になって慌てるジン。冷たい水のなかで熱くなってしまう部分もあるのだ。


 ジンの気持ちを知ってか知らずか、時折密着してスキンシップを図る二人。


 遠目でにやにや笑っているロウリュ。


 風呂上がりにビールまで用意され、ますます克己心を試されるとはこのときジンには予想さえしなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 市ヶ谷にある次世代陸戦装備研究所は毎日が慌ただしかった。

 

「またジン君のマニューバ・コートから発進された通信が?」


 堀川と守山二人が対応している。


 ジンのマニューバ・コートから送信される情報は技術的特異点を越えるための情報が凝縮されている。当然国家最重要機密に属する。


 スピリットOSが改悪されていた情報を確認した次世代陸戦装備研究所は米軍関係者を除外して、別の部署で開発中という形を取っている。


 とっくに基礎研究が終わったマニューバ・コートをいじり倒している最中だ。次世代陸戦装備研究所は次の段階、ミルスミエスの開発に移行している。


「ええ。謎の空間から届く情報提供。それが今回も届きました。議題は精霊の受肉に関してです」


「おそらくフィンランドの神霊だろう? 難儀なものだな。認識されないというものは」


 日本外征部隊が全滅し、ジンが失踪して三年が経過した。

 どうやら異世界らしいカレヴァにいるらしい。


 かの有名なカレヴァラの原形世界のようだ。次世代陸戦装備研究所でも総力をあげてかの叙事詩とそのルーツを調べ上げている。


 フィンランドからも何人か技術者が派遣されている。しかし彼らは何故か、通信画像も音声も認識できないでいた。


「今回は相談みたいですね」


「どんな内容?」


「精霊がゲーム風のエルフ、ドワーフなどに受肉した話は初日に聞きましたよね」


「初日は情報量が膨大すぎて死ぬかと思った」


「今回は相談です。またゲームみたいな内容ですね…… 動物霊たちが顕界に助力するため受肉したいそうなのですが……」


「ですが?」


「自然霊はエルフやドワーフ、動物霊は犬耳、猫耳、熊耳、トナカイ耳を持つ人間型らしいです。ゲームでは自然だけど、日本の私達的にありなのかどうか。なしなら普通の人間にするような仕組みを構築する必要があるそうです」


 堀川が血相を変える。


「あり一択だろう! しかし私達二人だけで決めるとまずい。大至急、所内の人間を集めろ。投票で決めよう。向こうの一日はおそらくこちらの一年。できるだけ今日中に返信しないと」


「そうですね! 何人かはすでに受肉しているとのことでサンプル写真も届いています」


 画像には二十名ばかりの動物耳がある人物たちが並んでいる。


「美少女だらけじゃないか……」

 

 画像を確認した堀川が感嘆の言葉を漏らす。ただ事実を述べただけだ。


「どこをみているんですか。イケメンもイケショタ……もとい美少年も。この熊耳の人なんて強面系の肉食系でモてますよ間違いなく」


「君こそ何処をみているんだね?!」


 もはや一刻を争う事態である。


 次世代陸戦装備研究所の人間たちで画像は共有され、エルフやケモ耳形態の受肉がありかどうか投票が行われた。


 本来なら防衛省全体やフィンランド政府、それどころか国際的議論に発展してもおかしくない事態でありながら、あまりにも時間がない。この案件は次世代陸戦装備研究所管轄だ。


 エルフやケモ耳はあり――満場一致で賛成となり、神速で返信する守山であった。


「ジン君はいつ帰ってくるのでしょうね」


「色んな意味で楽しみだな。それまでにミルスミエスを普及させたいものだ」


 二人は魔操機装のさらなる研究を進めるべく決意を新たにするのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あとがき。

フィンランドといえばサウナ(フィンランド語)。日本より温度は少し低め。

混浴できる場所も多いとか。基本裸っぽいです。


江戸時代は蒸し風呂だから変わりありませんね!

ちなみに浸かる風呂は立ち温泉で、湯船に座る風呂は秀吉からだったりします。

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