ミルスミエス

第7話 エルフ?!

 ジンが目を覚ました時、見知らぬ天井がそこにあった。


 どうやら木造の建物のようだ。


「あら? お目覚めですか? 三日も寝ていたのよ。お寝坊さん」


 にっこりと笑う少女がそこにいた。


 ジンは思わず息を飲む。そこにいた少女は……


「エ、エルフ!」


 見慣れぬ赤みがかった金髪に、やや尖った耳。スレンダー体型の少女。


 ゲームに出てくるエルフにそっくりだ。

 

 ジンの発言を聞いたとき、少女は小さくガッツポーズを取る。


「私がエルフに見えるんですね? やったぁ! 姫様に報告しようっと!」


「姫様? サラマのことか」


「そうです! あの方は我々と違って位が高い方なのですが、そういう扱いを嫌がるんです。貴方がよい愛称を付けてくれたので。しっくりきます。少々お待ちくださいね」


 少女はそういって建物から出て行った。


 周囲を見渡すと古い家屋に、質素なベッド。体の痛みはほとんどない。治療されたようだ。


「姫様ー! ジンさんが起きましたよー! あと私がエルフに見えるって!」


「姫様はやめてー!」


 騒々しいやりとりが聞こえてくる。


「ジン? いいかなー」


「どうぞ」


 ひょっこり顔だけ覗かせてサラマが部屋に入る。


「治療を受けたみたいだな。ありがとう」


「どういたしまして」


「この場所はどこなんだろう?」


「あなたたちからいうと異世界になります。ただ私達にとってあなたたちの世界が異世界になりますから、どう呼びましょう? 地球人と名乗りますか?」


 悪戯っぽく笑うサラマ。からかっているのだ。


「そうだな。自分の世界に固有名詞はない」


 ジンは彼女の言い分に納得し苦笑した。彼の方こそ異邦人だ。


「ふふ。意地悪はこれぐらいにしましょうか」


「意地悪だったのか!」


「ごめんなさい。概念に関わることなので。――この地はカレヴァ。カレヴァラと呼ばれる伝承の世界。あなたたちの世界は顕界げんかい。私達みたいな精霊がいる世界は幽世かくりよですね」


 悪びれもせずに微笑むサラマに、力が抜けるジン。


「俺はどうなったんだろう?」


「森のベール、という事象に遭遇したことになります。これはフィンランドにおける森の神秘です。同じ場所を延々と歩いたり行方不明になったり。ある日ひょっこり帰ってきた、などです。日本でいう神隠しですね」


「神隠しかー」


「あまり驚いているようには見えませんね?」


「魔女がいて魔法があるんだ。今更神隠しで驚いたりはしない。むしろさっきの女の子がエルフに見えるって喜んでいた理由が気になる」


「あのエルフに見えた子、ルスカも木々の精霊ですね。妖精を現す言葉はいくつかありますが、あの子たち受肉した精霊はハルティアと呼ぶようにしているわ。ルスカもつい最近ゲームの力を借りてあの姿になったばかりで。自分がエルフに見えるか不安だったようですよ? ジンにエルフって聞かれてはしゃいでます」


「元精霊?」


「今は生物ですよ。魔女は強大です。戦力が必要なのです。そして私達が存在する上でもフィンランドという概念は必要です。ともに戦う為に、万物の精霊がロウヒと戦うために受肉してエルフの姿を取っていると思ってください」


「ゴブリンのように?」


「彼らはまた違った法則ですね」


「難しそうだ」


「複雑な事象が絡んでいます。私達は干渉できない事案のはずでしたが、マニューバ・コートのおかげですね。そこはおいおい語りましょう。あなたは安静に。食事を持ってきますね」


 そういえばスプライトに搭載されていたレーションと水しか飲んでいなかった。

 

「ジンさーん! 私だよ。ルスカ! エルフのルスカって覚えてね!」


「ありがとうルスカ」


 運ばれた食事はスープにトナカイの燻製肉、薄い小麦のパン、フラットブレッドの一種だ。ビールらしき飲み物まである。


 山盛りのベリーはビルベリーやグランベリーというらしい。ジンはストロベリーやブルーベリーぐらいしか食べたことがない。


「私達、最近受肉したばかりで料理の練習中なんだ。口に合わなかったらごめんね」


「料理の練習をするんだ?」


「うん。生物になったからね。みんなで練習中。私達はエルフだけど鉄や土の連中はドワーフやノームになっているよ! とてもしっくりくるって」


「ドワーフまで!」


「ビール大好きだよ!」


「ファンタジーそのままだね」


「うん! フィンランドはビール文化だし!」 このサハティというビールは西暦0年代からあるらしいよ!」


 ますますよく知っているファンタジーになってきた。ドワーフがビールを飲んでいると聞いても納得しかない。


「彼らがジンさんのマニューバ・コートを修復中だよ!」


「ドワーフが機械を直してくれているのか。ルスカやドワーフに御礼を言わないとな」


「ううん。御礼をいうのは私達のほう。ジンさんが無ければこの世界はなかったから。詳細は姫様が話してくれると思う。そんなことより食べてみて」


「この世界がなかった? ――うん。いただきます」


 手を合わせ、フラットブレッドに手を伸ばす。ライ麦パンが多いと聞いていたがこれは小麦パンで食べやすかった。


 スープも一口飲んでみる。具材が豊富で滋養もたっぷりだ。

 素朴な味わいが五臓六腑に染み渡る。


 甘酸っぱいビルベリーは思いの外食べやすく、グランベリーはビルベリーに比べさらに酸味が強かったが、こちらは砂糖に漬けて上等なデザートとなっている。


 久しぶりの甘味にむさぼるように口に放り込むジン。

 

 サハティは熟成された深い味わい。思わず喉を鳴らして飲んでしまう。


「美味しい!」


「良かった! 最初は試行錯誤の繰り返しだったんだよねー。いただきます、って命をいただくから来ているの?」


「そうだよ」


「いい風習だね! 生物になったら他の命を頂くものね」


「木々の精霊だったんだねルスカは。受肉したということはやはり寿命も?」


「うん。でも木々だっていつかは寿命が尽きて枯れるし。無造作に焼かれるよりはよっぽどいいよ!」


「そうか。なんというか……ありがとう」


「どういたしまして」


 その後も他愛のない雑談をする。冷静に考えればこんな美少女と会話しながら食事をするなど初めてかもしれない。


 悪意も偏見もないハルティアに感謝しかなかった。


「ほらジン。口が紫ですよー」


 お姉さんのようにハンカチで口を拭いてくれるルスカ。子供扱いされているのと、間近にいる美少女ということでジンの顔は真っ赤になった。


「ごちそうさまでした」


「食事は困らないと思うから。私達は訓練があるから行くね」


「訓練?」


「うん。このカレヴァもそう長くは保たないから」


「そうなんだ。わかった。ありがとう」


 にっこり笑って手を振り、トレイをもって立ち去るルスカ。


「人間より妖精のほうが話しやすいってのもどうなんだろうな」


 人懐こいエルフに釣られていつもよりも話してしまった。

 思わず自分に苦笑するジンであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あとがきです。


【metsänpeitto(メッツァンペイット】

うっかり迷い込むと同じ場所を巡ったり、二度と帰って来れなくなる、古くからフィンランドに伝わる現象です。

神隠しですよねw

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