第6話 閑話 マニューバ・コート開発秘史【必要性】

 防衛装備庁に新設された次世代陸戦装備研究所でマニューバ・コートの開発は進められた。


「パワードアシストスーツの一つ、ねえ」


 視察にきた真田防衛大臣が呆れるような声で呟いた。


 初老の身だが、新しい兵器は非常に興味をかき立てた。


「どうみてもこれ、ロボットだよね。これ」


 観るとわくわくする。リアルロボット系、というヤツだ。しかし顔には出さない。


「ロボットは無人自律機を指します。これはあくまでパワーアシストスーツを兼ねた防弾コートです。マニューバ・コート。機械の装いと書いて機装と呼称してください」


 開発主任である生真面目な守山政人技官が大臣に説明する。彼は装備系技官の中でも優秀で所長だ。


「コックピットにレバーもペダルもあるじゃないか」

「偵察ヘリの横幅に超小型EVのスペース配分などを参考に作られた装甲カプセル型のコックピットです。区分としては防弾コートです」


 装甲カプセルは戦車の乗員保護のために開発された操縦席だ。


 四名は必要とされた戦車だが、軽戦車では二名運用もあり得る。


「防弾コートか」


 無理があるだろうと思う真田防衛大臣。


 六メートルを越す全高を持つ機体を服と言い張ることは難しい。


「輸出も視野にいれております。防弾コートなので」


「その強弁が通るかな?」


「実際武装などは一切ありません。コーディネイト次第です」


「コーディネイト?」


「外套――コートですよ大臣。武装すれば戦闘用に。工作機器をもてば重機に。それらはその国で開発してもらえればよいでしょう。我々はこのマニューバ・コートを生産して輸出するだけです」


「パワードスーツでは駄目だったのかね?」


「2020年代、ドローン兵器の登場により戦争は一変しました。歩兵の役割が強調されたことはよいことです。しかしながら歩兵の損耗率を勘定に入れない国が増え、我が国も例外ではありませんでした」


 とはいっても通用したという紛争は正規軍との戦闘に移る過程で撃墜率を増していく。ドローンは決して万能兵器ではないのだ。


「大蔵庁だな。あまり言ってやるな。彼らも仕事だ」


「確かに一発一千万の兵器で戦車を倒せるなら安いものでしょう。しかし結局は一輌の戦車を撃破するために十人の歩兵が必要です。そのうち何人が死ぬのでしょうか? 歩兵の人命を損耗率で金勘定など許されません」


「そうだな。国民の理解は得られん」


「また歩兵側の負担も非常に大きくなっています。対戦車ミサイルとて十キロから二十キロ近く。それでいて通常装備を身につける必要もあるのです。諸兵科連合で役割分担しているとはいえ、歩兵の負担はすでに限界なのです」


「うむ」


「戦車側も歩兵を見逃してくれません。戦車を護衛するためにいる歩兵からの攻撃、榴弾の破片どころか味方戦車のアクティブ防御システムにも配慮が必要です。固体レーザーは1発Ⅰドルのコストで必中であり、空からはドローンが攻撃します。ドローンは戦場の情報、火力を底上げしすぎましたね」


「うぅむ」


「マニューバ・コートは二つの問題を解決します。装甲と積載量です。機装なら50ミリ機関砲でもある程度は耐えることが可能で、積載も数トンレベルまで拡大します」


「大型の人型兵器など的ではないのか」


「コートです」


 念を押す守山。防衛大臣に兵器などという発言されたら民生利用が不可能となる。


「コックピットさえ無事なら大丈夫ですよ。幅1メートル縦も1.5メートル。歩けば数十センチ常に上下します。そもマニューバ・コートに対戦車兵器を用いたほうが相手の戦力を削ぐことが可能です」


「囮とは感心いかんな」


「失言でした」


「わかっておる。このまま開発を進めてくれたまえ」


「了解いたしました」


 真田防衛大臣の視察も終わり、守山技官は胸をなでおろした。


 スタッフである堀川琴音女史が珈琲をそっと差し出す。研究所に入ったばかりの女性で、二十代前半の若輩ながら、切れ者だ。ウェーブがかった髪に、細い眼鏡。いかにも研究者という外見で、研究所にいる華の一人だ。


「ありがとう。堀川さん」


「お疲れ様です。肝心なところは質問しませんでしたね。人型機械のOS、制御系など」


「フィンランドと共同開発だからね。スピリットOSは米軍の横槍も入って迷走中だが…… 機体は順調だよ」


「何故フィンランドなのでしょうか」


「フィンランドとは2010年代以降、ハイレベル協議を続けてきた関係だよ。NATO加盟の話がでるまでは中立国だから提携に至るまではなかったけどね。そしてAI技術には圧倒的な差があった」


「そこまで?」


「そうとも。フィンランドは1%AI計画という社会実験を採用してね。官民一体となって国民の1%、老若男女問わずAIに関する教育を施し、AIに対する理解を深めるというものだ」


「技術者を育て産業の基盤に、ですか」


「違う。そうなら老人に教える必要性は少ないだろ? 人工知能分野に関してリーダーになることを諦め、使いこなす意味での訓練でね。AIを活用し、自分で最終判断を行うことが目的だった。それが奏功し、AI研究も進んだ。近年生まれたものがスピリットという意識を持つ強AI――統合人工知能だ」


「そんな政策を昔からですか……」


「キーワードを絞り込んで検索することだって技能の一つ。その発展型だ。おかげでAIに関する理解は我が国の比ではない」


「マニューバ・コートにも採用されましたね。意識を持つAGI。仮想人格に伝承の精霊を用い、仮想人格として設定。人型操作の制御をパイロットの意図を読み込んで行う制御OS<スピリット>が」


「身体動作をダイレクトに反応させるマンマシーンインターフェイスでは戦場では遅すぎるんだ。ゲームのように操作の簡易化が必要だった。車の運転にもいえるが、人間が咄嗟に行える動作は三種類が限度だからね」


「疑似感触のマンマシーン・インターフェイスは思考時間を与えてしまうということですね」


「そういうこと。このスピリットOSを採用して初めてマニューバ・コートの実用性が高まった」


 守山は浮かない顔をする。


「顔が暗いですよ。やはりヴァーキとあの疑いですか?」


「君には隠せないね。精霊力たるヴァーキという概念と、疑念。仮想人格のスピリットは本当に仮想人格なのか? 本物が宿っているのではないか?」


「本物だっておかしくはありませんよ。私、この技術は地球ではなく異世界からの提供だと思っていますから」


「へえ? どうしてそう思う?」


「そうでないと説明がつかないから、ですかね?」


 堀川がくすくすと笑う。


「お伽話ですよ。ゲームみたいな魔力、そうであれと設計された原理。理解はしやすいですが、現代人向き過ぎな技術。革新的な技術は普通、一般人にまで浸透するまでに時間がかかります」


「そうだなあ。それに機械に魂が宿るなんて、日本人なら受け入れるヤツはそこそこいるだろう」


「そうですよ。フィンランドの異教信仰も同様だと聞いたことがあります」


 そこで初めて堀川も眉間に皺を寄せて考え込む。


「問題は米国から提供された人間拡張技術。脳とスピリットを直接連動させるブレインインターフェイス<アトム>ですね」


「あのニューロテクノロジーは少々あやしいね。マニューバ・コートと相性はいいが……」


「はい。認識力と向知性の強化。効果は素晴らしいですが……」


「脳内に電極を差し込む侵襲型BMIではなく、硬膜下に差し込む低侵襲型BMIだ。注射一本で済むしお手軽だね。日本でも医療用として研究が進んでいる技術。そこまで危険なものではないと思うが……」


「いえ。健康ではなくて精神的な干渉について懸念が」


「スピリットに肉体を乗っ取られる可能性かな」


「ないとはいえません。米軍のみならず、欧州軍やノヴゴロド連邦軍にも急速に普及が進んでいるようです」


「彼らはそんな未知の技術に手を出さず、失伝した戦車設計技術を取り返すべきだと思うな」


 皮肉げに守山は呟いた。基礎設計から百年以上経過しようとしているというのに、M1やレオパルドⅡの車体を用いた戦車はいまだに現役だ。


「そうですね。――我々はどうします?」


「アトムについては私が手を打つ。制限を大型コンピューターにではなく、限定された機器のみに接続するようにね。それにスピリットOSはヴァーキに適性があるなら、アトムを必要としない。適性がないもののために国産化は必要だろうね」


「ではその方向で要求仕様書をあげておきます」


「頼んだ」


 歩兵を守るための機械服――マニューバ・コート。そして精霊力ヴァーキという概念。


 量産にはもう一年の時が必要であった。

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