第3話 メテオ

 目標地点に到着した機装第三中隊。


 ジンのスプライトが単機で前進中だ。ステルス機能を発動させ、限界まで近付いている。


 リーコンである彼はFO――前進観測員を務める。


「予定地点到達。目標捕捉。方位、縦深転送」


「了解だ、ジン。――榴弾砲準備。効力射」


 ダイチが矢継ぎ早に指示を出す。


 ダンジョンを生成している魔女を砲撃する準備を開始する。


「経過表示開始。全弾斉射。指令三十秒」


「射撃開始秒時二十九秒」


 射撃指揮所を兼ねたブランチ<シグナラー>が砲撃位置を伝達。砲手を担うスプライトへ指示する。


「準備完了」


 両肩に二門の榴弾砲を備えたスプライトが三機、砲撃準備完了をシグナラーに通達。


 ダイチはその応答を確認し、号令を発した。


「撃ち方用意――撃て」


 轟音とともに砲撃を開始する。二射、三射と砲撃が止むことはない。


「効力射。初弾――弾着。今!」


 初弾がロウヒに着弾し、命中。


「撃ち方、止め!」


 ジンが砲撃地点を注視する。

 

 魔女ロウヒが搭乗しているであろう十二メートル近い人型兵器は巨大な火球を手のひらに浮かべていた。


「敵攻撃、きます! 散開を!」


 ジンはそう叫ぶことがやっとのことであった。


 無造作に火球を放すと、機装第三中隊がいた場所に着弾する。


 閃光と遅れて響くつんざくような轟音――


 対噴流が立ちこめ木々は爆風に揺れた。


「ば、ばかな……」


 僚機であったスプライトの残骸が残されているのみであった。


 たった一発の魔法で機装第三中隊が全滅したのだ。


『お前たち。ゲームで聞いたことはないか? ――物理無効というスキルを』


 勝ち誇ったかのようなロウヒの声がジンが搭乗するコックピット内に響く。


 スピリットOSがリアルタイムで翻訳し、ジンに伝えているのだ。

 

『まだネズミがいるな。こしゃくにもヴァーキを使いよって。もうすぐダンジョンが完成する。さすればこの地も周辺もわらわのもの。ポポウヨラとなろう』


 魔女の背後には、渦巻く闇が生まれていた。魔力の塊みたいなもの。この魔力でダンジョンを生み出すのだろう。


「……聞こえるか。ジン。お前は逃げろ……」

 

 かすれた声を発するダイチが、息も絶え絶えにジンに伝える。


 どうやら指揮小隊は直撃を免れたが、それでもスプライトは半壊。


 最後尾にいたシグナラーは一目散に逃走を開始した。


「ダイチ隊長! そんなわけには!」


「お前は生き延びて……この事実を伝えろ…… 物理無効など、ふざけた能力だ……」


『まだ生きておるヤツがいるのか。ほれ。もう一発くれてやろう』


「やめろー!」


 ジンが背面のドローンを展開する。


 大型ドローンは垂直に射出され、空中から対戦車ミサイルを四発同時発射。


 この攻撃はノヴゴロド連邦の最新戦車さえ破壊する一撃。


 しかし榴弾砲さえものともしなかった魔女ロウヒには通じなかった。ミサイルが装甲に接触する前に爆発し、すべて迎撃された。


「ほれ。ねずみ。己の無力を狙うがいい」


 魔女は明らかにジンの焦燥を楽しんでいた。


「逃げろ! そして生きろジン――」


 それがダイチの最後の言葉だった。


 ダイチのスプライトに向けられて発せられた火球が着弾し、機体は爆発四散した。


「ダイチ隊長ッ!」


 さらに森の奥から巨大なオウガが現れた。肩にはコックピットが破壊されたスプライト。


 無造作に投げ捨てられたそれは、紛れもなく先ほど逃げ出したシグナラーのものだった。


 音もなく森を駆け巡るジンのスプライト。


 どうすれば一矢報いることができるのか。


「――勝利条件だ。ロウヒを倒すことではない。ダンジョン生成を阻止することだ」


 ――ゆけ!


 祈るようにドローンを操作するジン。

 ドローンは彼に応えるかのように再びロウヒの背面に回り、魔力の渦に特攻した。


『なんじゃ?』


 取るに足らない武装もない玩具。ロウヒはドローンを侮っていた。

 燃料がある限り、ドローンは自爆兵器にもなるよう設計されている。目論み通り魔力の渦に接触し、爆発を起こした。


『なっ!』


 絶句するロウヒ。魔力は非常に不安定な儀式だ。巨大ダンジョンを生成するなら、なおさらだ。


『ふん。一時間ほどダンジョン生成が遅れるだけじゃ。もうお前に手はなかろう。ネズミよ』


 気を取り直したロウヒが邪悪に笑う。


 唇を噛みしめるジン。彼が特攻したところで先ほどのドローン同様の爆発は起こせない。


 ――生き残るにしても、せめてダンジョン生成は阻止しないと。多くの人が死ぬ。


 正義感ではない。目の前で恩人。そして仲の良かった僚友を殺された怒り。


 その怒りが彼を突き動かしている。


「ん?」


 ふと視線を感じ、スプライトのカメラを遥か上空に見上げる。


 不思議なことに、ロウヒを見下ろす美しい少女が空を漂い、遥か上空から心配そうにジンを見詰めていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「妖精か天女の類いか。力を貸してくれないかな」


 ジンが思わず呟いた。超次元的な存在には、同様の存在の力が必要だろう。


 背まで伸びた輝くようなブロンドの髪に、この世のものとは思えない美しい造形の顔立ち。抜けるような白い肌。鳥を思わせる華奢な体付き。


 ジンにもわかる。これぞ幻想的な存在だった。


『待ってください。あなたは私が見えるのですか?』


 コックピット内に響く、少女の声。


「見えるよ。頭上に――空に浮いているんだろ?」


『はい。魔女を。――あのロウヒを止めなくてはなりません。しかし現実世界に干渉する術がなかったのです。今までは――』


「今はあるのか。教えてくれ!」


 緊迫したやりとり。互いに名乗る暇さえない。


『あなたのマニューバ・コートですよ。その技術は私達が提供したものです』


「そうか。しかし俺にはヴァーキ適性がない。いや、あるらしいんだが動作しない不具合を抱えている。力になれないかもしれない」


『人間はみんなヴァーキを持ちます。あなただって。――いえ。待って。貴方たちのスピリットOSが改悪されている? 誰ですかこんな改竄を…… これはただの改悪。あなたの力を引き出したくても無理です!』


「そんなことまでわかるのか!」


 目の前でOSがシステムダウン。即座に再起動した。


『応急処置を行いました。あなたもヴァーキを使えます。ただし、リミッターを解除しました。私の力を使えばダンジョン生成を阻止することも可能ですが、40Gぐらいの負荷が体にかかると思ってください。そこまでの犠牲を払っても一時しのぎにしか過ぎません。十年もすればロウヒは復活します。それでもやりますか?』


「それでいこう。頼んだ」


 ――ロウヒを倒せる。十分じゃないか。


 ジンに迷いはない。即決し精霊の提案を飲む。



『待ってください。死ぬかもしれないんですよ?!』


「構わないさ。あのダンジョンが完成するとより多くの人が死ぬんだろ? 十年もあれば人類も対策方法が生まれるかもしれない。それに仲間の仇討ちもある。命に替えても一矢報いたい」


『わかりました。貴方のスプライトも賛成のようです。この者に伝えなさい。あなたの願いを!』


「お前も賛成してくれるのか? スプライト」


 呆然とコックピットを眺めるジンだが、不敵に笑うと、心のうちで相棒に語りかけた。


 ――願おう。あの魔女さえも倒す一撃を。それが叶わなくてもダンジョンを破壊する攻撃を。俺の命はみんなくれてやる! 力を貸してくれ相棒!


 スプライトの機体が輝き、バイザーアイが蒼く輝く。


 ジンにも感じる、凄まじいヴァーキ。


「頼んだ! 精霊の姫様!」


『姫様?! いきなりとんでもないことをいいますね? あなたの願いに応えましょう。――行きますよポポヨラの魔女ロウヒ』


 彼女は光の柱になって空に昇る。


 異変に気付いた


『逃げなさい! 少しでも生き延びる可能性をあげるために!』


 スプライトは全速力でその場を離れる。


「ぐはぁ!」


 吐血し、目から赤い涙が流れ出す。毛細血管が破裂しかけているのだ。


「俺の命ならくれてやる。頼んだぞ、姫様。相棒!」


 空を見上げたロウヒは、嘆息する。これから何が起きるか察したのだ。

 はるか上空から巨大な何かが落下してきている。


『メテオだと。まさかお主の邪魔が入るとはのう。おのれイ――』


 魔女はその名を言い終えることはできなかった。


 もうひとつの太陽とでもいうべき輝く球状のものが、ロウヒの頭上に落下した。


 着弾と同時に閃光を発し、爆風が木々を吹き飛ばす。


 ロウヒがいた場所にはもはや溶解したマグマのようになっており、ダンジョンを生成していた魔力は消滅している。


 ジンのスプライトも爆発による圧力で、吹き飛んでいく。


「ありがとう。精霊の姫……」


 最後にそう言い残し、ジンは意識を失った。

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