第4話 オーロラに導かれて

 雪原を一機のマニューバ・コートが歩いていた。


 破損が激しく、左腕部はない。頭部も損壊している。


 ジンのスプライトであった。彼は生きていた。


「ピャオゼロ湖を迂回し、もうすぐフィンランドか……」


 ジンはカレリアの国境、フィンランド国境付近にまで戻っていた。


 パアナヤルヴィ湖に沿って移動し続けている。


 周辺には村一つない僻地だが、豊富な淡水湖が無数にある。飲み水だけは確保できた。

 

「ゴブリンはあまりいないな。錆びるからか?」


 ゴブリンが乗っている兵器とはいえ、整備は必要だろう。ゴブリンが搭乗している兵器がどのような構造で動いているかも未知数だ。


 魔女という司令塔を失い、ゴブリンは統率を失っている。


 遭遇すると襲いかかるゴブリンとの戦闘を繰り返した。統率を失ったことで野性的な動きをしている。


「精霊の姫とやらがリミッターを解除してくれたからか? 兵装があった以前よりも戦える」


 不思議なことにスプライトの運動性は格段に向上している。伐採用のマニューバ・コートサイズのナタぐらいしかないが、それでもゴブリン相手には通用した。


「パアナヤルヴィ湖を超えた。ここらは国立の自然公園跡地だな。近くにフィンランドのオウランカ国立公園があるはずだ……」


 マニューバ・コートで大丈夫だろうかとジンの心中に不安が残る。


 この大型機械では服といいはっても信用してもらえないだろう。フィンランド軍も採用しているはずだが、どれほど普及しているかは不明なのだ。


「南下してクーサモまで戻れば……空港があるはずだ……」


 スプライトも限界だ。吹き飛ばされたダメージに加え、北極圏に近いラッピは最果てといわれた地域の一つ。機械には厳しい環境といえよう。


 渓流、立ちはだかる針葉樹林帯を乗り越え、ようやくフィンランドまで帰還できたのだ。しかも付近は湿地帯。二足歩行機械でなければ踏破不可能だっただろう。


「違う。空港がある都市はまずいかもしれない」


 嫌な予感がした。


 ――ノヴゴロド連邦が幻想に侵食されたと。そうダイチは言っていなかったか?


 ノヴゴロド連邦はユーラシアの集合国家。かつてはソビエト連邦と名乗り、様々な国体を替え最終的にノヴゴロド連邦に戻った共産圏の覇権国家であった歴史を持つ。


 もしロウヒ討伐に動いたノヴゴロド連邦の軍隊が幻想に侵食されていた想定だと、通信通りフィンランド軍を襲撃するはず。カレリア国から道が続いているクーサモ市は危険だろう。


 その時だった。


 薄暗い空に輝く緑の円環状のオーロラが輝く。


 もうじき極夜と呼ばれる、太陽が沈んだままとなる場所。オーロラといい、この地ならではの現象だ。幻想のようにすぐに消えてしまう。


 北の方角を照らしたオーロラに、精霊の姫を思い出すジン。

 

「北。ラッピか……」


 補給は見込めないかもしれない。


 それでもジンは歩き続けた。何かに導かれるかのように――


「ロヴァニエミという場所に空港がある、か」


 スピリットOSから情報を確認し、まずはサッラという町がある場所に向かう。通信施設が使えればと思ったのだ。

 ラッピ地方自体人口が少なく、集落以外では人間と遭遇する機会もそうないだろう。


『誰か。お願い……』


 掠れそうな小さな声。しかしジンには聞き覚えがあった。


「精霊の姫様か? どうした!」


『あなたはあのマニューバ・コートの! 生きていて良かった。――お願い。人間が悪魔ヒーシ……ゴブリンに襲われているの。助けてあげて!』


「どこへ向かえばいい?」


『あなたの位置から――ー9時の方向です』


「すぐに向かう」


 燃料節約のため温存していたローラーダッシュを用い、少女の元へ向かうジンのスプライト。


 動力はシャーベット状スラッシュ水素によるエンジンと超伝導モーターのハイブリッドだ。


 雪と地形のため思うように加速できない。脚部に備え付けられた雪原用履帯も展開して進む。


 目的地に到着した。駐車場のようだ。


 地図で確認するとオウランカ国立公園の北側にあたる。


「なんてことだ……」


 ジンが絶句する。眼前には複数の死体が転がっている。


 三メートルほどのゴブリンが三機。いたぶるように人間を襲撃していた。そう。ゲームや漫画にあるように残虐に振る舞っている。


 ロウヒがいなくなったことで統率を失い、本能が強く出ているのだ。


「くそ!」


 ゴブリンの右手に今まさに捕まった壮年の男性が叫んでいる。左手には妻であろう女性がすでに握りつぶされていた。


「逃げろ! アイノ!」


 娘であろう。五歳ぐらいの少女がいた。


 白く輝く白金トゥヘッドの珍しい髪色をした可愛らしい少女だったが、今は恐怖で身が竦んでいる。


「ぐぁ!」


 無造作に握りしめるゴブリン。見覚えのある少女が立ちはだかるが、アイノと呼ばれた少女には見えていないようだ。

 

「くそッ!」


 間に合わなかった事に苛立ちを覚えるが、これ以上早くの到達は無理だ。ゴブリンを倒すしかない。


 幸いゴブリンは左腕部を喪ったスプライトを侮り、倒そうとしている。


 スプライトは戦闘モードに移行する。横薙ぎに振り抜いたナタがゴブリンの脚部装甲を斬り裂き、中身の怪物を絶命させた。


 背後に回った二機を、見失ってはいないジン。


 軸足を据え、回転し振り向き様に鉈を振るい、ゴブリンの腕部を斬り飛ばす。そのまま右腕を振り上げ、最後の一機を斬り倒した。


「大丈夫か」


 少女に声をかける。少女は我に返り、ゴブリンに握りつぶされた父親の元に駆け寄った。


お父さんイサ!」


 アイノを守ろうとして立ちはだかったのだろう。


 彼女だけでも人里に連れていきたいところだった。


「……間に合わなくてすまない……」


 ジンのせいではない。しかし、やはり目の前で殺害された罪悪感が残る。


 狭いがマニューバ・コートに乗れないこともない。後部の物置は緊急の座席となる。


 自分に備え付けられた翻訳機をオンにし、コックピットのハッチを開けるジン。寒さが肌に突き刺さる。


 ジンが少女に駆け寄ると、少女はきっとジンを睨み付け、差し出した手を振り払う。


「何故助けてくれなかったの! お父さんが…… お母さんが……! あなたなんて大嫌い!」


「ごめん……」


 どういっていいかわからないジン。幼い少女にはジンが悪くないなどとは理解できないだろう。


 両親を亡くしたばかりの子供にどう接していいかわからず、途方にくれるジンだった。




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後書きで補足です。


【悪魔:Hiisi(ヒーシ。ヒイシ)】

フィンランド神話は指輪物語にも多大な影響を与えたといわれていますが、そのフィンランドではゴブリンの訳語にこのヒーシが使われているほど、類似点が多いとのこと。

邪悪なエルフやトロールも含まれます。

人間に向かっていうと侮蔑する言葉になったり、たまに良いことをする存在もいるそうなので日本の鬼に近いかもしれませんね。


【ラッピ】

当小説ではフィンランドのラッピ県を指します。日本ではラップランドの呼称で有名です。

現実世界ではフィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ロシアの国境をまたぐ先住民族サーミ人が住む一種の分割国家です。

ラップランドはあまり意味のよくない言葉で蔑称、先住民族の扱い問題もあり国際問題にもなりかねないので注意が必要とされています。しかし日本では何よりラップランドと記載しないと伝わらないという。

しかもGoogle翻訳だとLappi(ラッピ)やLapinmaa(ラピンマー)が自動的にラップランドと翻訳されてしまいます……

慎重な配所が必要な言葉でもありますが、カレヴァラでは避けて通れない地。

呼称する言語も七種類のサーミ語が存在します。この作品ではラッピで統一したいと思います。

当小説をフィンランドの方が読むこともないとは思いますが念のため記載しておきます。


【極夜】

北極に近い地域では11月末から太陽が昇らない極夜になります。春になると百夜ですね。

物語は最初の述懐の通り11月上旬で極夜に近い状態ですが、極夜はまだ到来ではない次期ですね。



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