冬が消えたら
幽世
冬が消えたら
空気が、澄んだ日だ。
白いふわっとした雪がコートと髪に積もっていく。
君に伝えたいことがあるんだ。
僕は震える手をポケットに隠して言った。
イルミネーションが僕を呷っているように見える。急かされているような、その煩いくらいの彩りがすごく大層なものに感じる。
「え、っとあの」
僕が呼吸を整える間君は黙って僕を見ていた。帰りたい、なんて思わせていたらどうしよう。僕は落としていた視線を君に向ける。
「んは、やっとこっち向いた。帰りたいなんて思ってないよ?落ち着いて」
僕の心は見透かされていて、君の手のひらの上だった。僕は右ポケットの四角いそれを握る。
「ずっと、好きで。…した、だから」
それを取りだして開けると銀色の指輪が光る。
「うん」
イルミネーションの色を指輪が纏う。桜が、舞う。枯葉が、落ちてゆく。あれ、雪が、視界が霞んでいく。なにか、変_____。
「私もずっと言いたかった。もういいよ、ありがとう」
「……………」
だれも、目の前にいなかった。
当たり前だ。
君が死んでいたことを、久しぶりに思い出した感覚になっていた。
あの日、君はデートに来なかった。
経緯はよくある悲しい話だ。よくあるにまとめるなんて許せないけれど、僕だって現実味がまるでないと思う。事故、毎日起こる事故にまさか世界でたった1人の好きな人が巻き込まれるなんて思わなかった。現実味がないまま季節が過ぎていくのをただぼーっと見ていれば見ているほど現実味は増していった。
重い頭を起こし布団から起き上がると、やけに寒かった。そういえば天気予報によると今日明日で雪が降るとか降らないとか。なんだっけ、ニュースの死亡事故を見るのが嫌で場面転換しそうなテレビの電源を消したんだったっけ。仏壇に光る指輪がやけに綺麗だ。手を合わせながら、いつも考えている。冬は君と出会った季節であり、さよならの季節だったから僕は冬を許せない。冬がなかったら君と出会っていないし、冬があったから君は死んだ。
冬が消えたら、僕は二度と君を____。
冬が無かったら僕は幸せになれていない、でも冬があったから僕は不幸に1人になった。
冬が消えてしまえば、君に出会わないで済んだのかな。ごめん、考えちゃダメなこと考えた。
僕は寒さに堪えて温かいココアを入れる。この夢は君と会える夢、でも二度と触れられないと分からせられる苦い夢。舌がビリと弾ける感覚。思ったより熱く作りすぎた。
…悪夢じゃないよ。でも僕は辛い。
ごめんね、もういいよと言わせてしまって。でも僕は必死に今を生きながらでも、過去を引きずっていくよ。
君が過去でも僕が引っ張っていく。ずっと一緒に行こう。季節を跨ごう。雪を、見よう。
でも考えてしまう。
冬が、消えたら。
冬が消えたら僕は失恋できて、君を忘れて、幸せになって。
____それはとても不幸だ。
何度も考える。毎日、ずっと。
消えないで。やっぱり、君と会えたのは冬だからだった。だから怖いけど待ってる。
僕は冬を待っている。
fin
冬が消えたら 幽世 @mayonaka_000
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