第二五話:計略
「えぇー!」
頓狂な
「つまり何?やっぱり
「大きな声出さないの」
「まぁでも仕方ねぇっちゃねぇしなぁ」
どうやら二十谺は亨の告白に待ったをかけたらしい。酷な話ではあるが、すっぱりとふられるよりはマシなのかもしれない。いや、こんな状況ならばすっぱり振られた方が気は楽なものかもしれない。
「な、何で?お姉ちゃん亨さん嫌い?」
「嫌いじゃないから困ってるんでしょ」
嫌いならばそれだけでことは済むのだろう。だが、二十谺のその線引きの位置が晃一郎にはまったく判らない。
「じゃあ付き合ってみればいいのに!」
「いぃさぁかぁー」
またしても声が高くなる十五谺を今度は晃一郎が制した。
「あんたとは違うの」
「わ、わた、ち、ちが!わ、わたしは、そ、そんなんじゃ……」
ずば、と言い放つと、今度は十五谺が狼狽し始めた。判らない訳ではないが、晃一郎と二十谺の顔を交互に見ては言葉を探す十五谺は見ていて中々面白い。
「誰も晃とのこと、言ってないでしょ」
そう苦笑して二十谺は言った。要するに晃一郎と付き合う以前の相手のことだと言うのは晃一郎にも判る。そのこと自体が間違っているかどうかは晃一郎には判らないが、二十谺は以前の十五谺がそうであったように、とりあえず、という気持ちで亨と付き合う気はないのかもしれない。
「とりあえず付き合ってみたけどダメだった、じゃ済まないのよ。バンドだって一緒なんだし……」
「でもそこまでは一応考えてるんだ」
だからこそ悩んでいるのだろうが、となると亨は押しの一手でいけるかもしれないな、と晃一郎は思った。そしてまだ顔を見ていない亨の落ち込みようを想像して、聊かげんなりする。
「うん……。まぁ、亨はね、正直、好きよ」
馬鹿だけど、と付け足して二十谺は苦笑する。となると、問題は何なのだろう。
「あのさ、二十谺」
「何?」
「ハナから別れること考えてたら誰とも付き合えないだろ」
付き合ってみて駄目だったらどうしよう、という心配の方が大きいのではないか、と晃一郎は思ったのだ。晃一郎が言えた義理ではないが、それだけを気にして臆病になってしまっては、何も物事は進まない。
「まぁそうなんだけど、ね」
「他に好きな人がいるとか?」
「あんたね……」
一瞬だけ、お前じゃないんだから、と思ってしまった晃一郎は、血の気が引いた。
(言葉に出なくて良かった……)
今は違うと判ってはいるが、やはり以前がそうだったせいか、ついそんなことを思ってしまって、そのまま自己嫌悪に陥る。そういうことも今の十五谺は考えていないのだ。晃一郎と付き合うようになったのも、晃一郎と付き合いたいと思ってくれていたからだ。もしも口が滑ってしまっていたらボディーブローごときでは済まされなかっただろう。
「いないんなら付き合ってみてもいいと思うけどなぁ」
十五谺の言いたいことは判る。ある程度お互いの好意を判っているのならば、付き合いながらもっとお互いの良いところ、好きなところを探せば良い。きっと十五谺のとりあえず、という言葉には、そういった意味が含まれているのだろう。
「うーん……」
「まぁ享には気の毒だけど、でも焦ることもないんじゃない?」
二十谺がここまで悩んでいる姿をこれまで見たことがなかったせいか、ついそんな言葉をかけてしまう。実際にはあまり先送りにはできない問題だ。
「でも今のままじゃバンドもおかしくなっちゃうわ」
「バンドのこと一番にしなくていいだろ、別に」
それとこれとは話が別だ。バンドのことを考えて自分の気持ちを曲げてしまうのは間違っている。亨にも言ったことだが、バンドを大切に思ってくれる気持ちは確かに嬉しい。だけれど、それでいてお互いが気持ちにフタをしてみて見ぬ振りをしてしまうのは、きっといけないことだ。バンドにとっても、人間的な感情としても。
「でも私はこのバンドが好きだし、ずっとやっていきたいって思ってるから……」
「そう思ってくれるのはありがたいけどさ、今のままじゃ亨も変に気ぃ使うだろうし、それでバンドが破綻したんじゃ意味ないよ」
当然シャガロックは今の形のまま続けて行きたいと晃一郎も思っている。自分と亨と二十谺の三人で。だからこそ、きちんと結果を出さなければいけないのだろうし、やはりその結果を出すためには焦りは禁物だ。どちらにしろ、二十谺も享も、もう後戻りはできないところまできてしまっているのだから。
「もうちょっとだけ、考えてみるわ……」
「ま、そうだな」
それしか言えずに、晃一郎は十五谺と顔を見合わせた。
『土手にて待つ』
たったこれだけのメールが亨から入り、晃一郎は嫌な予感を覚えつつも、近所の河川敷へと向かう。恐らく以前十五谺と話した有料橋がかかっている真下で待っているのだろうことはすぐに判ったので、そこへと向かう。
「いよぉー」
晃一郎を見つけた亨が幾分か横柄な口調で晃一郎に手を振った。
「なんだってこんなとこに……」
亨の周りに落ちている五つの空き缶を見て、晃一郎は絶句した。
「おま、これ、酒!」
晃一郎も酒は呑んだことがない訳ではないが、外で堂々と呑んだことはない。
「こんな時くれぇいいんだよぉ」
(最悪だ……)
まだ完全にふられた訳ではないというのに、自棄酒をするとはなんとも高校生らしくないが、亨らしい。
「付き合えよぉお?」
(何故疑問系?)
享から手渡されたのは缶チューハイだった。享がこんな状況では一緒に飲む訳にはいかない。
「何ヤケクソになってんだ?」
「だぁってさぁー。オレぁどーせアホウだけどもよぉー」
おとなしく待っていろ、というのも無理な話ではあるが外で酒を呑むなどという行為は非常によろしくない。
「ま、まぁとりあえず俺んちこい、お巡りに見つかったらめんどくさいから」
「いぃーんだよ今日はぁ」
「良くないっつの」
べし、と頭をはたいて晃一郎は亨の脇に腕を入れて立ち上がらせた。
「ほら、しゃんとしろ」
「だってさぁー、オレ、気持ち悪ぃよ?」
(だから何で疑問系なんだ?)
かくん、と下を向いたかと思うと、亨はいきなり嘔吐した。
「おれえええええっ」
「あああああっ!てんめぇこのやろ!」
吐瀉物が晃一郎の足に引っかかり、悲鳴に近い声を晃一郎は上げた。
「晃ちゃんごめんねぇーええええあああああああ」
言いながら第二射。
「ああああああ……」
(……最悪!)
何とか酔い潰れた亨を介抱して自分の部屋に連れてきたまでは良いけれども、完全に寝てしまった亨をどうしたものかと晃一郎は途方に暮れた。
とりあえず、晃一郎は風呂に入り、享の吐瀉物の着いたデニムをしっかり洗い流してから洗濯機にぶち込み、靴もシャワーで洗い流した後にしっかり洗い、最後に自身もきれいさっぱりした後に、亨の家に連絡を入れた。今日は泊めると言ってはおいたが、その連絡が本人から行かないことを、亨の母親はかなり激しく疑っていた。まさか酔い潰れて電話ができないなどとも言えない。あの昭和魂溢れる肝っ玉母ちゃんに全てを言ってしまったら亨がどうなるか、などは付き合いの長い晃一郎はすぐに判る。
「しっかしなぁ……」
亨の気持ちも判らない訳ではないが、こんなになるまで悩み続けたのだから、真剣に二十谺を思っているのは間違いない。
それは判るが、これほどの醜態を二十谺に見せる訳にもいかない。十五谺に言えば二十谺にはほぼ直通だろうから十五谺に言う訳にもいかない。亨は亨なりに真剣に悩んでいたのだ。バンドのことやお互いの関係のこと、二十谺もそうであったように、亨もそこは真剣に悩んだのだ。
「でも、酒に逃げるのはまずい」
ぼそ、と一人で言ってみる。そもそもが未成年だ。気持ちはわからないでもないが、法を破るのは良くない。そんなことを考えていたら十五谺から電話が入った。
「あぃ」
『今平気?』
「うん。どした?」
いつものやり取りの後、ちら、と亨を見る。一応晃一郎のベッドの脇に布団を敷いて寝かせているが、起きる気配はないようだ。
『なんかお姉ちゃんがえらいことに……』
「はい?」
大きな声になりそうなのを抑えて、晃一郎はもう一度亨を見た。
『お酒呑んだみたいで酔っ払って酷いのよ』
「二十谺が?」
『他に誰がいんのよ』
「
『ばーか』
いつか言おうと思って取っておいたネタをあまりにもあっさりと、あまりにも冷たく十五谺は返してきた。
『三十谺はお母さんの名前よ』
「え、マジで!」
それはあまりにもあまりな名前だろう、と晃一郎は愕然とした。寄りにも選ってネタに使おうとしていた名前が親の名前だったとは夢にも思わない。
『嘘に決まってんでしょ』
「……さいですか」
それも十五谺は斬って捨てるように言った。
『いやいや、そんなことより!お姉ちゃんも色々悩んでるみたいなのよねぇ』
「今さー」
『え?』
気を取り直して晃一郎はいびきまでかき始めた亨を見る。二十谺がそんな状況なのであれば。
「俺んちに、今まさに亨がいるんだけども」
『え、じゃあ電話、平気じゃないじゃん』
「いや、なんか外で自販機で買ったんだか酒呑んで、酔い潰れたから俺が連れてきたんだけども……」
妙なところで気遣いを見せる十五谺を他所に晃一郎は続けた。
『亨さんも!』
「案外似た者同士だったりして」
『そうかもね』
少し笑い声が含まれている声だ。二十谺と亨はぱっと見て正反対のような性格をしているが、思い詰めた時に同じ行動を取るというのは根本的な部分で似ている何かがあるからなのだろう。
「何にしても暫くバンドは中止だな。ま、ライブも無事終わったんだし、暫くは仕方ない」
『ギスギスしたままやっても意味ないもんね』
恐らく音も合わずに酷い有様になるのは目に見えている。既に覚えている曲でも、微妙なずれは出てくる。そういったずれは精神的なものに大きく左右されるものだ。そういう時は何度やっても合わないし、そういった状態が続けば喧嘩の原因にもなる。何も得ることがないどころか、バンド解散の危機にまで及ぶ可能性もある。
「そうだなぁ。しかしあの二十谺さんがねぇ」
『普段ちゃんとしてる分、こういう時にもろいのかも』
十五谺の認識も同じなのだろう。いつも真面目なお姉ちゃん、いつもしっかりしたお姉ちゃん。それが宮野木二十谺の共通したイメージだ。
「十五谺は普段からちゃんとしてないからこういう時は平気なのか……」
『今度会ったら殴る』
急にドスの効いた声色に変えて十五谺は凄んだ。
十五谺はきっと本当にやる。こわい。なにしろ晃一郎をぶん殴って告白してきた女だ。
「う、嘘だよ、そういう
『じゃあそういう悪態つかないことねー』
ころっと態度を変えて十五谺は笑う。本当に良く表情が変わる。
「すんません……」
『まぁ冗談はともかく、二人でそんな悩んでるなら二人っきりにしちゃおうか。わたしらで作戦練って』
「そうするかぁ」
途中までは四人で行動して、タイミングを見計らって二人だけにしてしまえば、あとは何とかなるだろう。顔も合わせずに、お互いがこれほど悶々と悩んでいるのならば、無理矢理にでも顔を突き合せるしかない。
『まったく、お姉ちゃんも人のことはすんごいずけずけ言うくせに自分のことだとてんで駄目なんだから』
「まぁ人間なんてそんなもんだろ。そのおかげで多分俺と十五谺って付き合ってんだと思うし」
二十谺のあのきつい物言いがなければ、晃一郎も十五谺に自分のことを判って欲しいなどとは思わなかったかもしれないのだ。
『そりゃ、そうかもしれないけどさ』
「いい意味で仕返し、ってことでいんじゃねぇか?」
く、と笑って晃一郎は言う。あれだけの反発をし合っていたのだ。元は仲の良かった姉妹とはいえ、合わないところも当然あって当たり前なのだろう。姉妹と言っても所詮は人と人なのだ。
『そうね。わたしに言ったようなことそのままそっくり返してやろっと』
「喧嘩すんなよなぁー」
『判ってるって』
いかにも楽しそうに十五谺は言った。これならば喧嘩の心配もないだろうとは思うが、どこで二十谺の逆鱗に触れるか判ったものではない。本気で怒っている二十谺は、それは恐ろしいものだとうと想像する。
(いや……)
「んでいつにすっか」
ぶるる、と一頻り震えると、晃一郎は気分を切り替えた。
『やっぱりさー、クリスマスでしょ』
「え、でも……」
この間の涼子の店でのやり取りを思い起こしながら言った。晃一郎がアルバイトを入れたことに対して、あれほど文句を言っていたのは二人きりで過ごしたいからではなかったのだろうか。
『イヴはやんないわよ!当たり前でしょー!二五日よ二五日!男はヌードに弱いけど、女はムードに弱いのよ!』
「どこのオッサンの名言だそりゃ……」
どこかで聞いたような台詞に、晃一郎は苦笑した。
『うちのお母さん』
「……子は親に似るもんなんだよな、やっぱり」
『今度晃ちゃんと会わせろってさ』
「はい?」
いきなりの展開で、晃一郎はつい頓狂な声をあげた。まだ付き合い始めて一ヶ月も経っていないというのに、いきなり親に挨拶とは中々気が退ける。
『だってわたししょっちゅう晃ちゃんの話してるもん。お母さんとお姉ちゃんと三人で』
「えー……」
『なにその微妙なリアクションは』
どうも親に挨拶というイメージが結婚に繋がるような気がしてしまう。晃一郎と十五谺はまだ高校生だし、当然十五谺の母親もそんなつもりで言っているのではないだろうことは想像できるが、それでもやはり及び腰になってしまう。
「い、いや、まぁ、今度な……」
『ま、あんまり気が進まないのも判るけどね』
それならそれで助かる。十五谺がそう思ってくれていれば、親との対面は当分先送りにできるだろう。晃一郎は今はまだあまり深くは考えたくはない話題から、本筋に切り替えた。
「んで、じゃあ作戦決行は二五日として、詳細はどうすんだよ」
『適当でいいじゃん。晃ちゃん身体空くの夕方からなんだし、映画とかごはんとかで』
「なるほどな。で、抜け出しちゃうってことか?」
いきなりいなくなるよりも、じゃあここで、と別れてしまう方が良いだろう。それも四人が集まってそれほど時間が過ぎていない頃に。黙っていなくなったり、時間がたちすぎてしまうとその場で亨と二十谺も帰ってしまうかもしれない。
『そ。できれば尾行したいけど多分見つかっちゃうよね』
「漫画じゃあるまいし」
『だよねぇ』
十五谺の底意地の悪さを見ているような気もするが、晃一郎も楽しみだ。何も騙して嫌な思いをさせようというのではない訳だし、余計なお節介になってしまうのかもしれないが、それでも、お節介をしてでもきっかけを作らなければ、巧く回るものも回らなくなってしまうかもしれない。
「とりあえずは当日決行だな。じゃあ二十谺に声かけといてくれよ」
『うん、晃ちゃんは亨さんにね』
「あいよー」
これで亨と二十谺が上手くいくかどうかは判らないが、どう転がってもお互いの気持ちのある程度の整理は付くのではないだろうか、と晃一郎は思う。付き合うことになればそれが一番だが、そうではない結果だとしても、自分の気持ちの整理の付け方は見えてくるはずだ。それが傷つくことになろうと、今のまま、どうにもできない気持ちのやり場に悩むことは、少なくともなくなるはずだ。
第二五話:計略 終り
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