プライベートエピソード

嵐前夜 ※多少の性描写が含んでおります。




 風の音が強まってきた。

 リズに組み敷かれるレンは、衣類を剥ぐのも焦れったいと中途半端な格好で押し倒されてからどれだけの時間が経っただろうかと窓に目を向ける。

 叩きつけられる雨に濡れる窓は真っ暗なままなのでレンは外の様子を知ろうとする努力を諦めた。

 暗闇の中で過ごすことには慣れている。

 夜明けがわかるだけマシなのだろうと、それを皮肉なものだと自嘲するレンはリズの動きに身体を跳ねさせた。

「あ、んんッ」

 埃塗れの狩猟小屋の中で嬌声が湧き、響く。

 自分の耳に届く己の声があまりに甘く鳴いているものだから体は愉しんでいるのだと、それで良しと現状を受け入れる。

 否、受け入れるしかなかった。

 月も星もない、明かりがないことを幸いと考えを切り替える。

 思い出しても仕方がないのだ。

 自分達の周りに死体が転がっているという事実を、受け止めて、忘れるしかなかった。

 見知らぬ大陸の、知らぬ森で、追い剥ぎに出逢えばどうなるかくらい想像に難くない。たったふたりの青年と少年を獲物にした山賊は、狩猟小屋まで追い詰めることはできても、しかし、元は軍人だったリズの手で返り討ちとなった。

 血の匂いと人を殺めた感触に興奮しきったリズを前に、レンは抵抗できる様もなく、成されるがままに押し倒されたのだ。

 だから、

 身体を舐め回し、掻き乱し、理性を麻痺らせていく快感に身を委ねて、忘れるしかなかった。

 レンは唇を求められて僅かに顎を上げる。

 深い口づけを受けて、レンは笑みを滲ませた。

「ん、リズ」

 名を呼ぶが口から顎、首筋へと口づけを落としていくリズの耳にはレンの声は届いていなさそうだ。

「リズ。まだ服……全部脱いでないよ?」

 レンは一度目を閉じる。互いの汗や唾液や体液が混ざり合って立ちこめる匂いに興奮を覚えレンの頭は麻痺しかけている。なんとか意思だけは、との抵抗だった。

「リズ、ってば、んんッ」

 無言のままで繰り返されるリズの執拗な愛撫にレンの体は反応し、更なる刺激を求めて彼の最奥はリズを締め上げる。リズの背に腕を回して、自分から腰を押しつけた。

 繋がりが深くなってレンははたと我に返った。また流されかけたと簡単に理性を失う自分を呪う。

 快楽に現実逃避をして良い事なぞ皆無だというのに、すっかりと逃げるのが癖になっていた。

「リズ、ねぇ、リズって。聞いてるの? あ、いや、ん……リズってば」

 過去に遭った経験でレンに快感の概念がねじ曲がったのと同様、リズもまたレンの呼びかけに答える余裕は無さそうである。時折ちらちらと伺える彼の瞳は淀んだ金色のままで、正気を失ったままのリズにレンは喉元まで上がった恨み言を飲み下した。

「これ、 ……からどこに行こうか。南がいいかな、それとも……んッ」

 代わりに相談を持ち込むが舌を絡める深い口づけで強制的に言葉を閉ざされる。

 獅子の国から逃げ出して一ヶ月もかからずにリズは理性を失った。

 廃人も同然な彼を二週間も引きずり倒してなんとか海を渡ったのがつい先日。

 東の大陸に土地勘の無いレンはリズの返答を待つように耳を澄ます。

 風の音が一層と強くなっていた。

 体力に自信があるレンは飲まず食わずで数日過ごしても平気で耐えられる。けれども、それはレンひとりならできるというだけだ。

 リズを養うだけの地力はあるのだろうかとレンは自分自身に不安を抱えている。

 自分の価値を十分に理解しているレンは、安易に体を売ればいいだろうかと考えを巡らせる。けれどその案はレンを〝陛下〟と見做しているリズが許さないだろうという理由で却下した。

 レンを守る、ただその使命の為だけに、リズは山賊相手でさえこうも簡単に命を奪ってしまうのだ。客引きなぞしようものならレンの周りは死体ばかりになってしまう。

 それは勘弁願いたい。

 同時に逃げる際に盗んだ薬の残量もまた気になってしまう。

 奇跡を望める星花草麻薬はリズを正気に戻してくれる。

 至福を与える月花草媚薬も同様だ。

 劇薬の力を借りればリズの思考は回復するが、効力が切れた時の反動がとにかく恐ろしかった。

 廃人になるのならまだマシだ。劇薬の毒性は想像よりも強くリズの人間性は蝕まれて徐々に失っていっている。

 なまじ薬への異常な耐性が仇となって、注がれれば注がれた分だけ体は全てを受け入れてしまうのだ。

 軍人らしい冷然とした金色の眼を知っているだけにリズの精神の壊れ方は目を背けたくなるくらい筆舌し難いものであった。

 こうして廃人然としているのが平穏であるかのように思えてしまうほどに、まだ、愛に飢えていた頃のリズが懐かしくてレンは切なくて堪らなかった。

 けれど、レンはリズに宣言してしまった。

 自分が〝陛下〟に成ると。

 リズの〝王〟であると、〝狐族〟に誓ってしまった。

「ねぇ、キスをして、リズ……」

 レンは甘い声でねだった。

 〝兎族〟であり、〝強弱の双仔〟で〝弱の仔〟であるレンは自分の神経の太さに思わずと自嘲する。

 キスを交わして、レンは目を閉じた。

 雨音に混じって雷鳴が聞こえる。

 嵐はもうすぐそこだ。

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