【第十三話】




 顔面の全てを覆う白い仮面と、頭から被って全身を隠す白い外套を渡されて、だからといってレンは動かなかった。不服を顕にしている。

「なんだ、仮面が気に入らないのか?」

 飾り一つは愚か彫り細工も施されていない、目と鼻の部分がただ刳りぬかれている能面だ。王族出身の身分からして見れば、馬鹿にされていると受け取っても可笑しくなく、面白みがひとつもないのでそれが不満なのだろうか。

 リズとしては無難な方向から切り口を開いてみたのだが、レンの反応は思ったよりも鈍かった。

「仮面……舞踏会とかじゃないよねぇ」

 渡された仮面も衣装も無個性過ぎだ。己を主張する場では存在することすら許されないだろうそれらにレンは困惑に眉根を下げた。

「ああ」

「ああ、って。何、問題なの? 答え当てないと教えてくれないの?」

 仮面を裏返し表返し外套の裾を大きくはためかせてレンは呻いた。

「なんの飾りも遊びも無いなぁ。仮面の結び紐は平坦だし、隠し刺繍も無いし。でも、素材は良いモノそう……白ってのが、お忍び用としては逆に浮くしなぁ」

 呻き続けるレンに「だろうな」とリズは適当に相槌を打つ。個室の清掃を手早く終わらせてレンの寝間着に手を伸ばした。

「うーん。この飾りっ気の無さには検討が付くけど、目的がわっかんないなぁ。でもあんまり悪い予感がしないんだよねぇ」

 さっさと着替えを済ませたリズはレンから仮面と外套を貰い受けて、レンの正面に向かい立った。

「そうだ。リズ、ヒントちょうだい、ヒント」

「断る」

「けち」

 膨れ拗ねる様を隠すようにレンの顔に仮面を乗せた。

「痛くないか?」

「ん、大丈夫」

 個人専用というわけではないので、必要な部分に綿を宛がいながら微調整を重ねたリズはそのまま結い紐で仮面を固定させた。

「苦しくはないか?」

「まぁ、仮面だしね。って、喋っても大丈夫なの?」

「そうそうは落ちない。仮面が落ちたら俺の落ち度だからな。喋るのはもちろん激しく踊っても落ちやしないさ」

「それ、なんかの駄洒落?」

「否」

 仮面に次いでレンの両肩に外套を羽織らせる。レンの白い髪と垂れ込める長い耳を隠すように大き目のフードを頭に被せた。

「んー、まぁ、いいや。ひとつわかったこともあるしね」

「答えがか?」

「どんぴしゃだったら嬉しいんだけどね。けど、はずれでもないでしょ」

「もったいぶる言い方だな」

「うん。もったいぶりたくもなるよ。なんたって外に出られるんだから」

 声が弾むように軽やかだった。向けられる紅の瞳が生き生きとしている。

 リズは素直に頷いた。

「喜べ。どんぴしゃだ」

 レンの期待を弾く様にリズは投げやり気味に答えた。

「ふへ?」

 呆気なく答えるリズに気勢が削がれたのか、レンはきょとんとする。

「これから外へ出かけると言っている」

 淡々とした口調で、リズは作業の手を休めずに説明を続けた。

「月に一度の正規軍との合同演習だ。調整で七割削っているが正規軍は人数が半端ないから一日朝から夜まで行われる。なので俺達は賓客同伴で出向くことになっている。ついては、約束事があるんだが守れるよな?」

「約束事?」

「まず、喋らない事。仮面を外さない事。食事等の休憩時以外に勝手に動かない事。てか、動かないで呼吸だけしてろ」

「は?」

 服のいたる所を軽く叩き状態を確かめつつ、しかし説明を簡略に切り上げたリズにレンは高い声で聞き返した。リズは左右に首を横に振った。

「目を付けられない様しろってことだ。賓客というのはかなり特別なんだよ。問題を避ける為に目立たない場所に観戦席を用意してるが肉食獣ってのは目敏いからな。最悪顔さえ晒さなければいいんだが用心するに越したことはない」

「それでこの無個性……てか、説明がだんだん適当になっていくけど、なんなの機嫌でも悪いの?」

「憂鬱なだけだ。気にするな」

「そう? んー、外に出れるのかぁ。逃げられるかなぁ」

 声に出して浮かれるレンにリズは両肩を竦めた。

 外套抑えを所定に位置に挿し込んで固定する。

「十万にも及ぶ獅子を目の前にして同じことが言えるのなら逃げられるだろうな」

 さて、行くかと、正規軍という争いを主とする軍人たる人間に囲まれる状況を想像すら出来てないレンの両肩を手を乗せるような形で叩いてリズは彼を前へと進ませた。




 合同演習は客席を含めて十万の人間を収容できる円形競技場で行われる。

 城壁の側とはいえこれだけの大型施設が城内に平然と建てられ、かつその施設が人民の娯楽として一般公開されているあたり獅子族らしいと言えばらしい。

 万に及ぶ軍人と九万に及ぶ国民に囲まれて、リズは訓練用の刃を潰した剣を握り直した。

 晴れ晴れとした青空の下、わんわんと大気を撓めかせる人々の声が耳に痛い。合同演習そのものが娯楽の一種とされているのが湧き上がる歓声の大きさが物語っている。

 一般人に存在は秘匿とされているので、リズ達私設軍の面々は正規軍のそれぞれの部隊に振り分け参加する形になっている。実戦さながらの訓練で敵味方入り乱れる中でリズは正規軍に混じってそれぞれ奮闘している自分の部下達を捜した。

 捜しながら辟易と閉口した。視線を巡らせるごとに誰も彼もと目が合い、自分への注目度の高さに振るう剣の速度が落ちていくのを自覚した。

 気持ちはわかる。

 十万に及ぶ獅子族の中でただひとりの狐族なのだ。注目されないわけがない。しかもその狐族が進むごとに累々と屍の道が続くので余計だろう。

 リズは絶えない剣戟を凌ぎ横目で鋼が体のどこかに当たれば負傷の設定で屍のふりをして横たわる敵部隊の面々を、視線を流すように確かめて奥歯を噛み締めた。観念の体で横たわっているのは年齢が若く軍に入りたての新人ばかりだ。混戦だからと言っても戦う相手を選り好みする年長者達にリズは柄を握る手に万力を宿す。

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