第3話 空の言葉
浴槽で十分にいちゃついた結果、のぼせた私はベッドにいた。
凪さんが水を持って来てくれる。
「大丈夫?」
「はい…」
情けなさと恥ずかしさから目を逸らす。別に、凪さんの格好がTシャツに下着だから目を逸らしたとかでは決して無い。
私の髪を透きながら「良かった。ショートだと髪乾くの早くて良いね」と凪さんが言う。
ずっとショートカットの私には、凪さんみたいなロングヘアーの大変さが無い。
髪の長さだけで、1日のヘアリングに掛かる時間が全然違う事を凪さんと暮らして初めて知った。
その美しい髪を保つために努力している姿はとても良いと思う。
「私は凪さんの髪、好きです」
「なぁに、いきなり」
まだ濡れた凪さんの髪を見ながら答える。
「好きです」
一度言葉にしてしまうと、普段抑えている感情が防波堤を超えて溢れ出す。
「本当に好きです」
「うん」
「凪さんは…」
(私の事好きですか?)口に出しかけた言葉を寸前で止める。
のぼせて思考が疎かになっている時でも、理性が働いて良かったと思う。
きっとこれを聞いたら凪さんは好きと答えてくれるだろう。
でも、その好きに感情がない事を私は知っている。
感情が乗っていない言葉を貰ったら、その言葉の空洞に飲み込まれて、私は二度と浮かんで来れない気がした。
私の髪を透く手を掴み、引き寄せる。
ベッドが軋む音がして、凪さんの唇にキスをした。
凪さんはちゃんと私に答えてくれる、今はそれで十分だ。
そう思っているのに、押しつけるようなキスをしてしまう。
「宵ちゃんストップ」
凪さんが私から離れる。気温が下がったような気がした。
何も言わない私を見て凪さんが少し困ったように笑う。
「体調悪いんだから、ちゃんと休んでね」
おでこにキスをされ、有無を言う前に凪さんが部屋から出ていく。
私はその背中を目で追うことしか出来ない。
隣の部屋からするドライヤーの音を聞きながら窓の外を見る。
満月の見える空には星々が寄り添っていた。
その中で一番大きく見える月が、周りの星よりも小さいと思うと何故か安心した。
ベッドに人が入ってくる感覚で目を覚ました。
時計を見ると深夜2時を超えている。
「仕事ですか?」
「うん」
凪さんが体を寄せてきて、そのまま私のシャツのボタンを外しだした。
吐息が鎖骨にかかりくすぐったい。
凪さんの舌が私の鎖骨と胸の間をなぞりだす。
「っ…痛いです」
「我慢して」
肌がだんだんと色付いていく。赤紫色に変色した肌を見て凪さんが満足そうに離れていく。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
噛まれた皮膚がじんじんと痛みだす。
毎晩、凪さんは私に跡を付けてくる。
一晩では消えてくれないそれは、私を縛るための物だ。
痛い、悲しい、寂しい、信じてほしい。
どうにもならない感情を処理する方法を誰か教えて欲しい。
それを教えてくれる人は隣で眠っている。
真っ暗な部屋に浮かぶ月は無い。
「凪さん、私のこと好きですか?」
いつか、こんな質問が要らない関係になれたなら。
もう一度届かないおやすみを言い残すと、私は夜の闇に飲み込まれた。
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