第4話 運転中に実況する客
深夜、繫華街のタクシー乗り場で客待ちをしていると、若い男がへべれけの状態で乗り込んできた。
「○○までお願いします」
「わかりました」
行き先を告げた口調からは、そこまで酔っているようには感じられなかったので、 ひとまずホッとしていると、男は俺が車を発車させた途端、「さあ、スタートしました」と、突然実況を始めた。
「おおっと! スタートしてすぐ一台抜きました。しかもインから。これは凄いテクニックだ! 見たところまだ若そうだが、一体どこでこのテクニックを身に付けたのでしょうか? おおっと! そうこうしているうちに、今度は止まった。どうした?
一体何があったんだ? エンジントラブルか? いや違う。ただ単に、赤信号で止まっただけだったー!」
「あのう、それやめてもらえませんか?」
「なんで?」
「気が散って、運転に集中できないんですよ」
「あーあ。この程度で集中できないなんて、プロ失格だな。プロなら、どんな状況でも冷静に対応してもらいたいもんだよな」
「わかりました。では、ご自由に」
半ばやけ気味にそう言うと、男は「そうこなくっちゃ」と嬉しそうに言いながら、そのまま実況を続けた。
「さあ、リタイアしたかと思われた丸子が復活しました。おおっと! 復帰してすぐ一台抜いた。おお、また一台。凄い勢いで抜いていきます。遅れを取り戻そうと必死になっているのが、こちらにも伝わってきます。あっ、そうこうしているうちに、前方にカーブが見えてきました。見たところ、かなりの急カーブのようだ。さあ、いよいよそこに差し掛かってきましたが……おおっと! これはどうしたことだ? 私の体が大きく横に傾いています。今、私の体は強烈なGを受けております!」
その後も男の実況は延々と続き、やがて目的地に近づくと、「さあ、いよいよゴールが近づいてまいりました。もう周りは一台も走っていません。完全に一人旅です。
おおっと! ついにゴールテープが見えてきました。さあ、ここで勝利へのカウントダウンだ。スリー、ツー、ワン、ゴール! やった! 丸子が優勝しました! あっ、泣いています。チェッカーフラッグが振られている横で、丸子が感動の涙を流しております!」と、最後はでたらめな実況をしていた。
「運転手さん、リタイアしなくて良かったな。もし、あそこでやめていたら、優勝できなかったんだからさ」
訳のわからないことを言う男に、俺は「そうですね。お客様のおかげで、なんとか優勝することができました。お祝いに、今からシャンパンファイトでもしますか?」と、最後に少しだけ、男に乗っかってやった。
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