第3話 わがままじいさんとしりとり対決
昼間、街中を流していると、無線で近くの病院に配車されたため、俺はすぐに向かった。
やがて病院に着くと、玄関付近に70歳くらいの男性が立っていたので、俺は車から出て、「田中様ですか?」と訊ねた。
「そうじゃ」
田中さんは、ぶっきらぼうに返事した。
「お待たせしました。それでは、ご乗車願います」
俺がそう言うと、田中さんは不機嫌な顔をしたまま車に乗り込み、「えらい遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」と、いきなり文句を言ってきた。
「すみません。配車されて急いできたのですが、今日は珍しく道路が混んでいまして……」
「言い訳はええ。その代わり、今からわしと、しりとりをしてもらうぞ」
「しりとりですか? なんか久し振りだなあ」
「普通にやってもつまらんから、縛りを決めるぞ。最初は白いものじゃ。じゃあ、わしからいくぞ。ヤギ」
「ギですか? いきなり難しいところ攻めますね。えーと、何があるかな……そうだ! 牛乳」
「牛」
「えっ! 牛って、黒い部分もありますが。というか、それもホルスタインだけで、他の種類の牛は白色ではないですよ」
「そんな細かいことは、どうでもええから、早く次を答えろ」
「えーと、じゃあ、しまうま」
「ふん。牛に対して、同じ白黒のしまうまで返すとは、なかなかやるじゃないか。じゃあ、真綿」
「太鼓。もちろん皮の部分ですよ」
「そんなこと、いちいち言わんでもわかっとる。じゃあ、子牛」
「えっ! 牛は先程出ましたが」
「さっきのは牛で、今言ったのは子牛じゃ。牛と子牛じゃ全然違うじゃろうが」
「そんなのありですか? わかりました。じゃあ、しまうまの子供」
「それはちょっとズルくないか?」
「なぜですか?」
「〇〇の〇〇という表現は、明らかに反則じゃろ!」
「なるほど。では、次から気を付けるので、このまま続けましょう」
「ぐぬう。あくまでも、それを押し通すつもりか。わかった。じゃあ、モーと鳴く動物」
「はあ? なんですか、それは」
「モーと鳴く動物といえば、牛に決まっとるじゃろ。牛はさっき出たから、違う表現を使ったまでじゃ」
「いや、いや。さすがにそれは反則でしょ。それが通るのなら、もうなんでもありになってしまいますよ」
「つべこべ言わんと、早く答えろ。次は『つ』じゃ」
「『つ』ですか? あー、ちょっと思い付きませんね。私の負けです」
──これ以上は、さすがに付き合い切れないぞ。
「なんじゃ、もう終わりか? つまらんのう。ほんま、近頃の若い者はボキャブラリーが貧困じゃのう」
「学がなくて、どうもすみません」
「まあええ。じゃあ、次いくぞ。今度は国名じゃ」
「えっ! まだやるんですか?」
──おいおい、勘弁してくれよ。これじゃ、さっきわざと負けた意味がなくなるじゃないか。
「じゃあ、わしからいくぞ。アメリカ」
「えーと、じゃあ、カナダ」
「なに? ダじゃと? うーん。いきなり難しいもの返しおって。えーと、ダ、ダ……ダメじゃ、まったく思い浮かばん。今回はわしの負けじゃ。じゃが、まだこれで一勝一敗じゃ。次できっちり勝負を付けようじゃないか。最後は歴史上の人物じゃ。外国人も良しとする。じゃあ、わしからいくぞ。聖徳太子」
「秦の始皇帝」
──最後にこんなもの出すところをみると、歴史ものが得意なんだな。でも、俺も歴史は得意なんだ。簡単に負けるつもりはない。
「伊藤博文」
「ミケランジェロ」
「さっきから外国人ばかり言いおって。さては世界史が得意なのか?」
「別に得意ではありません。このくらいは知ってて当然だと思いますが」
「まあええ。えーと、ロ、ロ……ダメじゃ。やはり、外国人はやめて日本人だけにする。なので、『み』の付く日本人を言え」
「えーと、じゃあ、三島由紀夫」
──この人、どれだけ負けず嫌いなんだよ。これはヘタに勝ったりしたら、後で何言われるかわからないな。さっきみたいにわざと負けてやるか。
「岡田以蔵」
「えーと、う、う……あー、まったく思い付かない。私の負けです」
「ふむ。勝つには勝ったが、いまいちスッキリせんな。よし、もう一勝負するか」
「本当ですか! ぜひ、お願いします」
──なんだよ、せっかくわざと負けてやったのに。一体いつになったら終わるんだ?
「今度は飲食物じゃ。じゃあ、わしからいくぞ。たこ焼き」
「キウイ」
「石焼き芋」
「桃」
たこ焼き、石焼き芋と続いたので、次はもんじゃ焼きあたりが来るのかと思っていたら、田中さんは「もずく」と答えた。
「栗」
「リキュール」
──ルか。難しいところきたな。もう考えるのも面倒だし、この辺でやめるか。
「参りました。私の負けです」
「よし! 今度こそ、正真正銘わしの勝ちじゃな。まあ、君もわし相手によく戦った。自慢していいぞ。わははっ!」
「お客様こそさすがですね。まさに亀の甲より年の劫ですね」
「おお、まさしくその通りじゃよ。わははっ!」
田中さんは、俺がわざと負けたことにまったく気付かず、目的地に着くまでずっと、笑いが止まらなかった。
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