フィボナッチの兄弟に捧げる

 それからの僕の記憶は靄がかかったようになっている。

 僕が奇声を発しながら、真蔵を殴り続けたのは覚えている。

 しかし、どれだけ殴っても何も手応えが返ってこないので、怒りが余計に増幅されるだけだった。

 殺してやりたいのに、コイツを殺しても、きっと何の手応えもない。

 怒りがこれ以上膨れ上がると自分を失いそうで、僕は真蔵の家を飛び出した。


 頭の中のあちこちが痒い。

 どれだけ外から掻いても、頭蓋骨が邪魔でかけない。


 イライラする、イライラする。


 真蔵の声がする。


──君が殺したんだ──


 父さんも母さんも、誰と話しても心が通じない。


 頭の中の真っ白だったキャンバスは、もう、どこもかしこもモヤモヤで真っ黒だ。


 気持ちが悪い。

 いくら吐いても、次々と胃の中のものが出てくる。


 頭の中が、脳が痒い。

 誰か、なんとかしてくれ。


 息が苦しい。

 モヤモヤのせいで呼吸に意識が回らない。


 誰か真っ黒のモヤモヤをなんとかしてくれ。


 トイレの脇に真っ白な壁がある。

 ペンでも何でもいいから、どこかにないか。


 玄関の脇にあったマジックを手に取り、壁に何でもいいから絵を描いた。頭のモヤモヤをとにかく外に吐き出したい。

 家の壁中にモヤモヤを絵にして描いた。モヤモヤをどんどん外に吐き出した。

 絵を描いている間だけ、モヤモヤを外に吐き出せて、真っ白なキャンバスがチラッと見えて普通に呼吸ができる。


 だけど、一旦、絵を描くのを止めたら、モヤモヤにキャンバスを真っ黒にされ、息ができなくなる。


 「東栄大学を受ける」と言ったときのホッとした母さんの顔が頭をよぎる。


──君が殺したんだ──

──君が殺したんだ──


 苦しさから逃げるために、何かに絵を描くしかない。

 泳いでいないと死んでしまう魚のように、僕は真蔵のせいで正気を保つには絵を描き続けるしかない体にされてしまった。


 疲れて眠ると途中で、真蔵の声が響いで溺れた様に起こされる。


 絵を描いていても、頭のキャンバスがすぐにモヤモヤに浸食されてしまう。もう、意識を保っているのも大変になってしまった。


 誰か助けてくれ


 頭に浮かぶのは、今頃、僕と同じ目に合っている別の時間軸の僕だ。今頃みんな、真蔵のせいで僕みたいな地獄を味あわされているんだ。


 ともに耐えよう……君たちに僕の作品を捧げる。


 フィボナッチの兄弟達に、ささ……













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る