真蔵の手紙
──この街のある人々は、ある日を境にタイムリープをするようになったんだ。
原因は不明。
君のお父さんの仮説は『時間というのは通らないといけない道があり、なんらかの原因でその道から外れてしまったからではないか?』だそうだ。
最初のタイムリープが起きた時から大学教授である君のお父さんを中心に、この謎の解明が行われた。
そして、彼らの周りで一人だけタイムリープをしていない人間がいた。
それが君だ。
なぜ君だけがタイムリープしていないのか?
その疑問と同時に『君がこのタイムリープの特異点なのではないか?』という仮定を立てられた。
そして何度もタイムリープを繰り返している間にある共通点が見えたんだ。
君がどうやっても東栄大学に合格する事ができないんだ。
どのループでも学力は足りているのに、当日に熱を出したり、事故に遭ったり、どうしても東大に受からない。
ループを繰り返す度にタイムリープする人はどんどん増えていった。その人らは『東栄大学受験までに君と関わった人々』である事がわかった。
ここまでの状況が揃うと『君を東栄大学に合格させる』のがこの繰り返しを終わらせる方法だと、みんなの共通認識になった。
それから街を上げて、君を合格させる為のプロジェクトが始動した。
幼少期から君に勉強を徹底させ、みんなでサボっていないかを監視する。そして細心の注意を払い東栄大学の受験当日に向かわせる。
でも、問題が生じた。
そのプロジェクトを邪魔するものが現れたんだ。
それが私だよ。
私は君という人間に惹かれた。
君は芸術に関しては天才だ。
私は君に絵や音楽、彫刻、詩、とにかく、そのループの度に気まぐれで君に教育していった。
どのジャンルでも君は素晴らしい才能を発揮して、私なんて数年で足元にも及ばなくなった。
でも残念だ。
時間が戻ると、その時間軸の君の作品とは二度と出会えなくなる。
そこで私は、君の作品を別の時間軸にも持ち運ぶ事にしたんだ。
僕は君の作品を一度見れば覚えてしまう。
自分の写実的な絵は得意な能力を活かし、時間が戻り、君と出会うまでは頭の中にある作品をコピーする事に徹した。
音楽や詩や小説は、楽譜や文字をそのまま写せばいい。
でも絵は骨が折れたよ。
どうしても君のように生きている感じに描けないんだ。作品の中に多数の駄作が紛れていたのは勘弁してほしい。
でもそれらは君のイマジネーションを掻き立てるのに役だったはずだ。
いつか、君がフィボナッチ数列の勉強をしていたね。
黄金比の意味もあるが、君の感性を作り上げているのもフィボナッチ数列と同じだ。
前の時間軸の君の作品を取り入れ、次の時間軸の君はどんどん感性を磨いて行く。
当然、次のループで出会う君には、君の作品も見せるつもりだ。それを土台にどんな凄い作品を作ってくれるか、今からワクワクする。
今度の君には漫画を描かせてみようか。
私のイマジネーション、ワクワクは止まらないんだ!
だから、君の家族たちは私の事を敵視している。
でも、彼らに私を殺す事も、僕の邪魔をする事もできないんだ。
東栄大学の受験日まで、タイムリープに関係している人が全員存在していなければ、その時点で時間は戻ってしまうんだ。
君を私に近付けさせまいと工夫はしているが、生憎小さい街だ。
私は君が興味を引くものを知っている。しかも、その精度は君のおかげでどんどん鋭くなって行く。
ここまで読んで、君はこう思っているんじゃないかな?
『なんで、本当のことを僕に言ってくれなかったんだ? そうすれば僕は東大に行ったのに』って。
当たり前だが、もちろんそれも試したんだ。
真実を知った君がどうなったと思う?
君は絶句し、私の家から足を遠のけ、心を入れ替えて勉強をした。
でもね、大き過ぎるプレッシャーを受けた君は受験当日、緊張に負け試験会場で過呼吸になった。そして病院に運ばれてしまった。
君に真実を伝えることは出来なくなったってわけだ。
と言うわけで、このループは私が君の芸術に飽きるまで続くと言うことだ。でも、残念だが私は今のところ飽きる予定がない。
下手をしたら、私は一生、君の才能に飽きないかもしれない。
そして別れに君にプレゼントを与えたい。
君は確かに天才だが、君くらいの才能は日本にもゴロゴロいる。そこから抜け出さないと一流にはなれない。
さぁ、君は今、大きな後悔に打ちひしがれているだろう。
君と関わった人々は一生、魂の抜けた状態で生きていく。とあるSF作品の言い方を借りるなら『ゴーストが抜けた状態』と言うやつだろうね。
まるで私の作品のような剥製人間だ。
そしてそれは君のせいなんだ。
君が芸術なんかに出会ってしまったからだ。
君が殺したんだ。
この街のほとんどの人を自分のワガママで殺したんだ。
君はワガママな大量殺人鬼だ。
君の師 真蔵より──
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