第4話
帰りの新幹線に乗っている間、心臓の鼓動が激しく鳴り落ち着かない。
今頃、地元はどうなっているんだ?
スマホの電源を入れたが、不気味なくらいに何の連絡も来ていなかった。息子が一週間も連絡が取れなかったのに、なんで何も履歴がないんだ?
『はい。待っています』
こっちから母に連絡を入れると、返事は予想に反して、いつもの定型文だけだった。
どう考えても、おかしい。
優しい声で僕を誘き寄せようとしている。そうとしか思えない。
地元の駅に着いた瞬間、みんなが殴りかかってくるんじゃないか?
肝心の真蔵さんからも何も連絡はない。
なんなんだ、これ。今、地元はどうなってるんだ?
地元の駅に降りた瞬間、心臓の鼓動はさらに加速し、貧血でその場に倒れそうになった。
自宅の前でタクシーを降りても、誰の出迎えもなく、家の周りも不気味なくらいに静かだ。
恐る恐る自宅の玄関のインターフォンを押す。
「はい」
「た、ただいま」
「あら、おかえり。今、開けるね」
ドアがガチャと音を立てた。
なんで、何も言わないんだ?
家の中に入っても、警察を呼んでた様子もない。
父さんさえ、いつもと同じように大学へ行っているそうだ。
いつも以上にいつも以上な家の中がどんどんに不気味に感じる。
あれほど僕をがんじがらめにしていた監視の目はどこへ行ったんだ?
この一週間で何があったんだ?
「疲れたでしょ? ご飯食べる?」
なんで、何も聞いて来ないんだ?
「あの母さん」
「ん?」
母さんは家に帰って来てから、ずっとニコニコした顔をしている。怒りが極限に達している様子もなく、自然に笑っている。
「僕、東栄大を受験しなかったんだ」
「そう」
「それで、芸術大学を受けたんだ。母さん達には内緒で」
「そう。絵が好きだったもんね、悠太は」
なんだ、これ。
「なんで何も言ってくれないんだ。東栄大に行かないんだぞ!」
誰だよ、この人。
気持ちが悪い。
それから街を歩いても、学校で友人に会っても、誰も大学のことを言わない。いつもと同じような、たわいも無い世間話ばかりしている。
しばらくして芸大の合格通知が届いた。
母さんも友人も手放しで喜んでくれた。
なんでだよ。
念願の大学に合格したはずなのに、モヤモヤしかしない。
この街は完全に何かが変わってしまった。
それと同時に僕の中にも一つの大きな変化があった。
絵が描けなくなったのだ。
前まではキャンバスの前に座るのが楽しみで、描きたい絵が波の様に押し寄せて来たのに、こっちに帰って来てから、キャンバスの前に座っても、何も浮かんで来ない。
一日中考えても、筆が動かない。
「クソォ!」
イライラする。
誰も何も邪魔してくれないのがムカつく。
反抗するものがないのが、虚しくて腹が立つ。
もしかして、スランプと言うものになったのか?
僕は真蔵さんに相談しようと、真蔵さんの家に行くことにした。
そういえば地元に戻って来てから、合格の報告にも行っていなかった。
真蔵さんの家の側を通った時、大きな違和感を感じた。
「絵の具の匂いがしない」
真蔵さんまでも、どうしちゃったんだよ。
「やぁ、いらっしゃい」
家からニコニコした顔で真蔵さんが出てきた。
ダメだ。
その顔を見た途端、直感で絶望に包まれた。
今のこの人じゃ、何も解決してくれない。
「うーん。まぁ、そう言う時ってあるよね? そう言うのって時間が解決してくれるもんだよ」
なんだ、その中身の無い言葉は……
「そう言えば、音楽はかけてないんですか?」
「ん? 音楽?」
部屋を見ると、オーディオにもイーゼルにも埃が乗っている。
なんだ、この人。
抜け殻じゃないか。
本当にどうしちゃったんだよ。
そうだ!
その時、俺は受験前に真蔵さんからもらった手紙の事を思い出した。
受験の事と、街の変化のことですっかり忘れていた。
家に帰り、受験の時のリュックを漁った。数週ぶりに見つけたら、リュックの底にへばりつくよう、ぺしゃんこになっていた。
何が書いてあるんだろう?
ただ、なんとなくこの手紙が僕のスランプを解決してくれそうな気がした。僕は藁にも縋る気持ちで手紙を開いた。
──まず最初に、君にお別れを言っておこうと思う──
「え?」
真蔵さんの手紙の書き出しは唐突にそう書かれていた。
──この手紙を見ている時、私はもうこの世界にはいない。私だけじゃない。君のお母さんもお父さんも友達も、この街で君と関わった人たちは、もういなくなっている──
この世界に……いない?
何を馬鹿な事を言っているんだ?
真蔵さんも母さんも友達もいるじゃないか。
ドクン。
こんな馬鹿げた事が書かれているのとは裏腹に、僕の頭の中は全てが合点が言ったように焦り始めている。心臓の鼓動、新幹線で帰って来た時よりも大きくゆれている。
──君は多分、街に戻って来てから、絵が描けなくなってるんじゃないかい? それは別にスランプでも才能が消えたわけでもない。君が話している人間が空っぽの人間だからだよ。
魂のないものと触れ合ってもイマジネーションなんて浮かばない。街の人たちはみんな、僕の絵みたいに魂がなくなったんだ──
魂がなくなった?
──君の家族も友人も、そして僕も全員、君が殺したんだ──
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