第3話
それから僕と真蔵さんは芸大を受験する作戦を練った。
「過去にも似たような教え子はいたから、僕に任せてくれれば良いよ」
真蔵さんの作戦は受験当日まで両親や周りには東栄大を受けると言っておく。そして上京し、東栄大と入試の日が近い芸大を受験してしまうと言うものだ。
受験票などは東京にいる真蔵さんの親戚の家に置いておき、当日に受け取る。
そして受験を終え、合格通知が届いてからは、野となれ山となれだ。
勘当されるなら、それまでだ。
それぐらいの覚悟がなければ、絵を描いて生きて行くなんて与太話にしかならない。
僕の勝負の三年間が始まった。
その晩、僕は母に「東栄大学を受ける」とあえて宣言した。
母はホッとした顔を僕に向けてくれた。そして、それと引き換えに「趣味として絵を描く事」を認めてもらった。
その日の晩は眠れなかった。
自分の人生の進むべき方向が見え、大海原に自分の船が出たと言う恐怖と好奇心。
そして家族や友人達を裏切っていると言う後ろめたさもあった。
もし東栄大に受かっていたら、小さな僕の街では初めての快挙だったらしい。
それを聞くと申し訳ない気持ちになり、多分、二度とこの街には帰って来れないだろうと僕は覚悟を決めた。
そして受験日が近付いて来た。
僥倖で大学の受験日の翌日に僕が第一志望にしていた芸大の試験があった。
芸大の受験は一週間くらいかかる為、真蔵さんに東京のビジネスホテルを予約してもらい受験に臨む事になった。
案の定、東栄大学の受験当日、僕には監視の目がついているのが分かった。
監視の目を誤魔化すために、僕は大学の門をくぐり受験する風を装い、そのまま裏の門から逃げて、そのまま真蔵さんの親戚の家へと向い芸大の受験票なりを受け取る。
真蔵さんの親戚の家の玄関の戸を叩くと生憎留守だった。引き戸に僕宛の置き手紙が刺さっていて、『郵便受けに一式が入っている』と書いてあった。
「あれ?」
郵便受けを開けると、そこに受験票以外に手紙のような封筒が置いてあった。
──受験が終わってから封を開けてくれ──
真蔵さんの名前と一緒にそう書いてあった。
「なんだろう?」
中身を気にしている暇は僕にはなかった。
これだけ大きな事をして、芸大すらも不合格となったら、僕の人生は終わりだ。
それから一週間、僕はスマホの電源を切り、芸大受験に専念した。
きっと今頃、僕が受験会場から消えたと地元で大騒ぎになっているんだろう。
もう、後戻りはできない。
全てを捨てる覚悟でここに来たんだ。
そもそも、僕は東栄大学なんて一度も受験したくなかった。周りが勝手に決めた人生に何故僕が従わないといけないのか。
これは僕の街の人たちへの復讐だ。
僕の人生は僕が決めるんだ!
そう開き直れば、頭の中のキャンバスを真っ白にでき、心を穏やかにして芸大の受験に集中できた。
そして、すべての受験を終え、僕は覚悟を決めて地元へと帰る事にした。
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