2, スターヴィリック先生の罰則
クララは今日、学校に行きたくなかった。
学校に行きたくない理由はもちろん、秋のフェスティバルの一件で罰則を食らったからではない。
クララが心配しているのは、契約書のことだ。
秋のフェスティバルで「お試し期間」が終わり、今日中に保護者のサイン付きで契約書を出さなければならない。
しかし、スティーブンは仕事で隣町に行っていてサインをもらえないどころか、シャトー・カルーゼルの存在さえ知らない。
これは、クララの人生最大のピンチだった。
もし、契約書が無いせいでシャトー・カルーゼルに通えなくなったら、クララは生きていけないだろう。
雲の上に行けない人生なんて、もはや考えられなかった。
□■□■
「おはよう、ミス・ブルック。」
学校の玄関ホールに入ると、早速スターヴィリック先生に出くわしてしまった。
クララは心臓が飛び出そうになった。
契約書を出せと言われるに違いない。
遅くとも今日の午後には、クララは永遠に雲の上に行けなくなっているだろう。
「秋のフェスティバルで言った、罰則のことは覚えているかな?」
契約書のことを言われるだろうと身構えていたクララは、少し拍子抜けした。
「はい、もちろん覚えています。」
実際は、半分くらい忘れていた。
「君の罰則が決まったから、パサージュの図書館に行ってくれ。まだ授業が始まるまでに時間があるから大丈夫だろう。内容は、図書館に行けば分かる。」
「はい!」
クララはやりすぎなくらいの良い返事をすると、小走りで玄関ホールを出てパサージュに向かった。
スターヴィリック先生が契約書のことを思い出す前に、さっさとこの場を離れたかったからだ。
図書館に着くと、そこには意外な人物がいた。
「キャメロン!」
「やあ、クララ。」
クララは、キャメロンが秋のフェスティバルで、月曜日に何かあるらしいことを言っていたのを思い出した。
キャメロンが言っていたのは、このことだったようだ。
「何でここにいるの?」
「スターヴィリック先生の罰則って言うのは、僕に勉強を教えることなんだ。」
―キャメロンに私が勉強を教える?どうして?
その疑問が顔に表れていたのだろう、キャメロンは詳しく説明してくれた。
「実は僕、勉強がとっても苦手なんだ。フェレーヴェルになるための勉強は悪くないけど、地上の学校でやる勉強がからっきしダメなんだよ。
もともと苦手だったのに、授業の進むペースが二倍も速くなったから、ついていけないんだ。
それで先生に相談しようと思ったんだけど、クラス・ベールの担任はシャトー・カルーゼルの教師の中で一番怖いバウルール先生だろ。
バウルール先生に相談したら、毎日居残りして勉強する羽目になりそうだから、スターヴィリック先生に相談したんだ。
ほら、スターヴィリック先生は演劇クラブの顧問だし、僕は演劇クラブだからね。
でも、スターヴィリック先生はああ見えて結構忙しいらしくて、僕に勉強を教える時間がなかった。
それで、勉強が得意な生徒に代わりに教えてもらおうってことになって、君が選ばれたわけさ。」
それでも、クララにはまだ分からない事があった。
「でも、どうして私なの?上級生の方が色々知っているはずよ。あなたには、お兄さんだっているんでしょう?それに、1年生の中で一番頭が良いのはアレックス・ロドリーゴだわ。」
「だって、会ったこともない上級生に勉強を教えてくれって頼むのは気が引けるじゃないか。兄さんは4年生だから、どこのフェレーヴェル会社に雇ってもらうか決めるのに忙しいし。
それに、スターヴィリック先生は、アレックスでは頭が良すぎるって思ったみたいだよ。アレックスからしてみれば、どうして簡単な問題が解けないんだろうって不思議に思うばかりで、解き方をどうやって教えたらいいか分からないんじゃないかって。分かる?」
クララはそれを聞いて口を尖らせた。
「なるほどね。私はアレックスみたいに頭が良くないってわけ?」
「ち、違うよ。って言うか、そうだけど……」
クララはキャメロンをにらみつけた。
本気で怒っていたわけではないが、ちょっと気を悪くしたのも確かだ。
クララににらまれて、キャメロンはわざとらしく明るい声を出した。
「あー、えっとさ、スターヴィリック先生が考えてることってよく分かんないだろう?これはスターヴィリック先生が決めたことで、僕は何も関わってないんだ。スターヴィリック先生って、ホント変わってるよね。ハハハ。」
クララは一瞬たりとも笑うまいと思っていたが、キャメロンが必死にフォローしようとしているのが面白くて、笑わずにはいられなかった。
「まあ、いいわ。勉強を教えて損はないものね。これって、いつまでやればいいの?」
キャメロンは少しの間考えていたが、やがて肩をすくめて言った。
「実を言うと、スターヴィリック先生が言ってたことをちゃんと聞いてなかったんだ。いつまでだったか分かんないよ。」
「えー!」
人に勉強を教えるのは好きな方だが、ずっとやるのはさすがに面倒くさい。
「でも、毎朝、この図書館で15分くらいって言ってたのは覚えてる。それがいつまでだったかは分かんないけど。」
「もう!しっかりしてくれないと困るわ。とりあえず、まだホームルームが始まるまでに時間があるから、今日の分をやっちゃいましょう。」
キャメロンに勉強を教えるのは、思っていたよりも楽しいことだった。
キャメロンは勉強がとことん出来ないのかと思っていたが、丁寧に教えれば分かってくれたし、意欲的でいい生徒だった。
この日からクララは毎日キャメロンに勉強を教えることになったが、実際のところ、これはクララにとってもプラスになることが多かった。
キャメロンに教えるため、いつもよりも集中して授業を受けるようになったし、キャメロンに分かりやすく説明したおかげで自分の理解も深まったのだ。
この調子なら学校を卒業するまで続けても良いとさえ、クララは思うほどだった。
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