第六章 契約書

1. コンバチェッサーの訓練

 土曜日は、いつも通りコンバチェッサーの訓練があった。


「おはよう、諸君。ではまず、素早く動く練習からだ。」


 ガッシュワット先生は、開口一番こう言った。


「え~~~」


 4人は、揃ってやる気のない声を出した。

早く魔法を使った練習がしたいのに、ガッシュワット先生は訓練の前に1時間も、素早く動く練習をしろと言う。


「何が『え~~~』だ。素早く動く練習は重要だぞ。いざという時、素早く動くことができなければ、いくら凄い技を使えても意味がないのだからな。さあ、始め!」


 4人は、クララとレーナ、ザカリーとダグラスでペアを作り、お互いに交代で相手を杖で突き始めた。

やられている方は、その間ずっとそれを避け続けなければならない。

 それが終わったら、短い休憩を挟んで、次は相手の杖を杖で受け止める練習をする。

2人とも杖を持ち、相手に攻撃されたら、杖で盾を作って自分を守るのだ。

 それも終わったら、最後はガッシュワット先生に直接訓練してもらう。

一人ずつ順番にガッシュワット先生と対決し、それぞれ違ったアドバイスをもらうのだ。

もちろん順番を待っている間も、他の3人と一緒に素早く動く練習をしたり、他の人の動きを見て研究したりと、時間を無駄に使わない。

1時間みっちりそれをやって、ようやく今日の訓練が始まった。


「今日は、ついに攻撃の技を教えよう。最初は、攻撃技で一番簡単な、ハチミツ攻撃からだ。ディアブレーヴは、幸せを感じさせるものを嫌う。君たちはどんなものに幸せを感じる?」


「ぬいぐるみ!」


 レーナが言った。

ガッシュワット先生は満足そうにうなずいた。


「それもそうだ。他には?」


「本!」


 クララも言った。


「いいね。他には?」


「トラブルを起こすこと!」


 ザカリーが言った。


「それは、どうかな?君以外の人は、むしろ、トラブルを避けたがると思うがね。トラブルを起こしたがるのは、どちらかというとディアブレーヴの方だ。」


 全員が笑った。

トラブルを起こすことに幸せを感じるとは、ザカリーは骨の髄までトラブル・メーカーらしい。


「他にないかな?」


「お菓子作り!」


 ダグラスが言った。


「そんなわけないだろ。」


 ザカリーは言ったが、ガッシュワット先生は大きくうなずいた。


「私が欲しかったのは、その答えだよ。よくぞ言ってくれた、ダグラス。誰でも甘いものを食べると幸せな気分になるだろう。」


「何が、『トラブルを起こすこと!』だよ。『そんなわけないだろ。』はこっちのセリフだ。」


ダグラスが、笑いながらザカリーに言った。


「さて、甘いものと言えば色々あるが、甘さのもとになるのは、砂糖やハチミツだ。したがって、ディアブレーヴと戦うとき、砂糖やハチミツは何より強力な武器となるから、絶対に習得するように。それから、これからの練習では、ハチミツまみれになって、ベタベタするから覚悟しなさい。」


 4人はうなずいて、先生の言葉を理解したことを示した。


「では、やり方を説明しよう。まずは、ハチミツをかけたい方向に杖を向ける。それから、盾を作るときに押すあの凹みを押しながら、杖を前に強く突き出せ。分かっ

ているとは思うが、杖からハチミツが出てくる様子を想像するのを忘れてはならんぞ。」


4人は早速練習を始めた。


 練習が終わる頃には、4人はすっかりハチミツまみれになっていた。

ハチミツを出すのは難しくなかったが、ハチミツを防ぐのが大変だった。

 また、素早く動く練習と違い、ハチミツの練習は1対1ではしなかった。

ガッシュワット先生も入れて5人で、お互いにハチミツの攻撃をし合ったのだ。


「ディアブレーヴと実際に戦うときは、1対1になることはほとんどない。奴らには名誉も何もあったもんじゃないのだ。奴らは平気で後ろから攻撃を仕掛けてくる。それを防ぐために、君たちはバラバラに戦わなければならん。」


というのが、ガッシュワット先生の言い分だ。

騎士道精神を重んじるエドガーが聞けば、さぞかしがっかりすることだろう。

 とにかく、後ろからもハチミツをかけられるせいで、4人ともますますハチミツまみれになった。

 訓練が終わると、ガッシュワット先生は大事な話があると言って、着替え終わった4人を集めた。


「君たちは、なかなかコンバチェッサーの才能があると言えよう。そこで、一つ提案がある。」


 4人は顔を見合わせた。


「今度、私が訓練している生徒たちのうち、7、8人がディアブレーヴとの実戦をすることになっている。そこに、君たちも同行させたいと思うのだが、どうかな?」


 もちろん、4人とも大喜びで承諾した。

いつかディアブレーヴと対戦してみたいと思っていたのだ。


「普通、1年生には実戦をさせないのだが、命にかかわるほどの危険はないから大丈夫だろう。

 だが、そうとなれば訓練は今までよりもハードになるぞ。習得すべきことは山ほどある。実戦に行く日は詳しく決まっていないが、恐らくクリスマス休暇の前くらいになることだろう。」


 ガッシュワット先生の最後の言葉を聞いて、高揚していたクララの気持ちが一気に落ち込んだ。

クリスマス休暇の前と言えば、バレエの発表会があるのだ。

実戦の日と重なってしまうかもしれないし、そうでなくとも練習日がかぶってしまう。

 発表会の練習を休むことは絶対にできないが、必要な技を習得せずにディアブレーヴと戦うわけにもいかない。

クララには、どちらかを選ぶなんてことはできそうもなかった。


 他の3人は話を聞いてあれこれと楽しそうに話し始めたが、クララは素直に喜ぶことができなかった。

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