11. 打ち明け話

「お帰りー、クララ!意外と早かったじゃない。」


家に帰ったクララは、メアリーの明るい声で迎えられた。

メアリーには、今日はいつもより帰りが遅くなると言ってあった。


「ただいま、叔母さん!」


「さ、早く夜ご飯にしましょう。カールがさっきから『お腹空いた~』って、子供みたいに言い続けてるのよ。」



 夜ご飯のグラタンパイを食べ、シャワーを浴びてさっぱりしたクララは、ベッドに寝転んで本を読んでいた。

 本の題名は「指輪物語」。エドガーに「まだ読んでないなんて信じられない!人生損してるよ。」と言われたので、わざわざメアリーに頼んで、隣町の図書館から借りてきてもらったのだ。



 コン、コ、コ、コン。


 部屋のドアがノックされた。

このリズミカルな叩き方はメアリーに違いない。

きっと、いつものようにゲームをしようと誘いに来てくれたのだろう。


「はーい」


 クララはベッドに寝転んだまま返事をした。

 部屋に入ってきたメアリーは、クララが思っていたよりも深刻な顔をしていた。

どうやら、ゲームの話ではなさそうだ。


「クララ、話があるの。あのね、私に何か隠していることはない?」


 クララはドキッとした。

クララがメアリーに隠していることと言えば、シャトー・カルーゼルのことくらいだ。

首から下げたペンダントが、胸にあたって冷たかった。

 クララは、メアリーにならシャトー・カルーゼルのことを話せそうだと前から思っていた。

もしかしたら、今がそのときなのかもしれない。


「あるわ。」


 クララは、勇気を振り絞って答えた。

もし、メアリーがクララをシャトー・カルーゼルに通わせるわけにはいかないと言ったり、スティーブンに報告するべきだと判断したりしたら、クララは一巻の終わりだ。


「私、ずっと不思議に思っていたの。あなたはいつも制服のような服を着てるし、学校のことを聞いてもはぐらかすばかり。時々学校の話をしたと思っても、話がちっとも嚙み合わないじゃない。

だから、今日の朝、こっそりあなたの跡をつけてみたの。そしたら、ちょっと目を離した隙に、あなたを見失ってしまったわ。

しかも、その後、気のせいかもしれないけど、眩しい光が見えたような気がするの。もう分からないことだらけよ。一体、クララはどこに行っていたの?」


「叔母さん、落ち着いて聞いてちょうだいね。私、雲の上に行ったの。」


こうして、クララはシャトー・カルーゼルのことを話し始めた。


 メアリーの反応は、予想外のものだった。

 まず、こんな突飛な話だというのに、メアリーはすぐに雲の上の世界のことを信じた。

メアリーにはもともと、夢見がちなところがあったから、そのせいかもしれない。

 次に、メアリーは怒ったが、その理由がまた予想外だった。

メアリーは、「クララだけ雲の上に行けるなんてズルい!」と言って怒り出した。「ねえ、どうやったら私も雲の上にいけるの?」と。

そこで、クララはスターヴィリック先生からもらったペンダントを見せて説明したが、そのペンダントが二人以上の人を運べるのかどうかはクララにも分からなかった。

 話が分かってくると、メアリーは次から次へとクララに質問を浴びせた。


―雲の上を歩くってどんな気分?

―シャトー・カルーゼルにはどんな教室があるの?

―フェレーヴェルってどんなことをするの?

―レーナって、どんな子?

―スターヴィリック先生はどんな先生なの?などなど……。


 話をするうちに、クララもだんだん楽しくなってきた。

今まではシャトー・カルーゼルのことを秘密にしてきたせいで、そのことを地上の誰とも分かち合えなかった。

 しかし、メアリーに話したことで、ずっと誰かに話したいと思っていたことを全部話せるようになったのだ。

メアリーの質問攻めにあったせいで、話は2時間くらいに及び、メアリーはシャトー・カルーゼルのことをほとんど全部知ってしまったのではないかというほどだった。

だが、おかげで気が軽くなった。

誰にも話せない秘密があるというのは、結構辛いものなのだ。


「それで、このことお兄ちゃんに話した?」


クララは首を振った。


「そうよね。話せないのも無理ないわ。お兄ちゃんは忙しすぎてクララのことを見てくれないわよね。」


 クララは黙ってうなずいた。

声を出すと、声が震えてしまいそうだった。


「でもね、クララ。あんまりお兄ちゃんのことを怒らないであげて。お兄ちゃんだって、きっと大変なのよ。」


「パパには悪いけど、私、ずっと叔母さんの家で暮らしたい。」


クララは言った。


本音だった。


「私だって、クララにはずっとここにいてほしいわ。だけど、時々さみしくなるんじゃない?お父さんに会いたくなることはない?」


 メアリーにそう言われて、クララは初めて家やスティーブンのことを考えた。

すると、自分でも驚いたことに、家の匂いや、スティーブンの声が恋しく思えた。

なぜか、急にスティーブンに会いたくなった。


「私にも経験があるから分かるわ。お兄ちゃんも、時々あなたが恋しくなるはずよ。お兄ちゃんがこっちに帰ってきて、あなたに会いに来たら、喜んであげなさい。」


クララは深くうなずいた。

スティーブンが帰るのは、11月くらいだからまだ先だが、帰ってきたらメアリーが言うようにしようと思った。


「パパに、シャトー・カルーゼルのことを話す?」


メアリーは首を振った。


「いいえ。これは、クララが伝えるべきことよ。でも、私にできることがあるなら何でも手伝うわ。それに、私に話したおかげで、いくらか荷が軽くなったんじゃない?」


メアリーの言う通りだった。

地上に、少なくとも一人は秘密を共有できる人がいるというのは、心強いことだった。

それがメアリーであるとなれば、なおさらだ。


「じゃあ、パパの代わりに契約書にサインをしてくれるわけにもいかないわよね。」


「ええ。残念だけど。私にはサインするほどの権限はないわ。でも、シャトー・カルーゼルに通うなら応援する。それに、お兄ちゃんを説得するのも手伝うわよ。結構手こずるだろうから。」


予想通りの答えであったとは言え、クララはちょっとがっかりした。

メアリーにシャトー・カルーゼルのことを話しても、クララの心が軽くなっただけで、結局何の解決にもならなかった。

契約書にサインはないままだし、スティーブンを説得できたわけでもない。


「さ、寝る前にゲームでもしましょうか。」


 クララは大きくうなずいた。

メアリーは自分ができる限りのことをしようとしてくれている。

クララは、メアリーの家にいられて本当に良かったと思った。

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