10. アリソンの初舞台?!
曲が終わると、バンドのリーダーは楽器の演奏を一度やめた。
「さて、シャトー・カルーゼルの生徒の皆さんにお願いがあります。」
ここで、上級生の間から「キャー」という声が上がった。
「私は歌うのに疲れてしまったので、是非とも皆さんに協力して欲しいのです。」
またもや歓声。
「何かしら?」
「僕のお兄ちゃんは、毎年これを楽しみにしてるんだよ。」
キャメロンとクララはひそひそ声で話した。
「この中に、歌が得意な人はいますか?もしいるなら、私の代わりにステージで歌ってくださーい!良かったら、バンドのメンバーも連れてきてくださーい!」
あちこちでざわめきが起こった。
きっと、近くに歌が上手な人がいるのだろう。
だが、まだ誰も出てこない。
「まずは、1年生の皆さん!どうでしょうか?」
上級生がまた叫び声を上げた。
同時に、クララとキャメロンの近くがうるさくなってきた。
生徒たちが群がっている所の中心にいるのは……
「アリソンだ!」
キャメロンが小さく叫んだ。二人とも演劇クラブだから、友達同士なのだ。
そう言えば、アリソンは歌が得意だと言っていた。
クララは、急にアリソンの歌声を聞いてみたいという気持ちに駆られた。
「君は、歌が得意なのかな?」
バンドのリーダーがアリソンの方にマイクを向けた。
「ええ。是非歌いたいわ。」
ここで、ひときわ大きな歓声と拍手が沸き起こった。
「でも、バンドがいないわ。」
「誰か、この子のために演奏してくれる方はいませんかー?」
バンドのリーダーの呼びかけで、キーボードとドラムの奏者が決まった。
二人ともアリソンの友人だ。ギターはアリソン自身が歌いながら弾くようだ。
キーボードを弾くことになった男の子はよく知らないが、ドラムを叩くことになった女の子はクララも何度か見かけたことがある。
確か、アメリア・グラノジェルスという名前だったはずだ。浅黒い艶やかな肌と、ウェーブのかかった黒髪。スタイル抜群で、はっとするほどの美人だから、学校中で注目の的となっている。
「ベースがいないんだけど、誰かやってくれない?」
ステージに上がったアリソンは観客たちを見渡したが、出てきてくれそうな人はいない。
「ねえ、キャメロン?あなたはベース弾けないの?」
クララは言った。
何とかしてアリソンの初舞台(?!)を成功させてやりたくて、藁にも縋る思いだった。
「まあ、弾けないわけじゃないよ。」
キャメロンがぼそぼそ言った。
ダメもとで言ったつもりが、本当に弾けたとは!
驚きと喜びから、クララは考える前に行動していた。
「アリソン!ベースが見つかったわ!」
クララはアリソンに聞こえるように大きな声で言った。
「えっ!ぼ、僕、みんなの前で弾けるほど上手じゃないんだよ、クララ。」
キャメロンは、ちぎれんばかりに首を横に振っている。
「あなたなら大丈夫。それに、まさかアリソンをベースなしで歌わせる気じゃないでしょう?」
「分かったよ。」
クララの勢いに気圧されたのか、キャメロンは肩をすくめた。
「応援してるからね!」
クララは、ステージに向かっていくキャメロンの背中に向かって言った。
バンドのメンバーがそろったところで、ついに待ちに待った演奏が始まった。
その曲は、雲の上の世界で一番有名な曲で、クララたち1年生でも知っていた。
アリソンがギターで前奏を弾き始めただけで、全校生徒はすっかり引き込まれてしまった。
そして、アリソンが力強い声で最初の1小節を歌い始めると、観客たちは思わず感嘆のため息を漏らし、その歌声の素晴らしさを囁きあった。
1番を歌い終わる頃には、アリソンは観客たちを一人残らず虜にしていた。
もちろんクララも例外ではない。
歌手の歌声ならCDなどでよく聞いていたが、自分の友達が今この瞬間、自分を含めた大勢の前で歌っているのは初めてだ。
それは、プロが作ったCDより価値があるとクララは思った。
曲が最後の盛り上がる部分に差し掛かると、クララは感動の涙で視界がぼやけるのを感じた。
曲が終わると、広場はもう感動の渦だった。
歓声や口笛、「ブラボー」の声……。
拍手はなかなか鳴りやまなかった。
観客たちは皆、アリソンの歌声に感動し、驚嘆し、圧倒されていた。
アリソンはステージの真ん中で、誰よりもはしゃいで喜んでいた。
アリソンに負けず劣らず、バンドの演奏も素晴らしかったことは言うまでもない。
クララは上級生たちにならって、近くにあった光るしゃぼん玉を高く飛ばした。
「素晴らしい歌と演奏でした。ありがとう。」
バンドのリーダーが再びマイクを持った。
「ここで、学校長のマダム・マノンから伝言があるので、皆さんに話したいと思います。『楽しいフェスティバルでしたが、そろそろ終わりが近づいています。1年生の皆さんは、そろそろ家に帰りましょう。その他の学年の下校時間については、追って連絡します。』とのことです。」
1年生の生徒たちは、不満の声を漏らした。
時間が経つのは、なんて速いのだろう。
クララは辺りがもうすっかり暗くなっていることに気づいて驚いた。
同時に、もっと秋のフェスティバルを楽しみたい、という不満もあったが、決まりだから仕方がない。
会場にいる1年生は全員、出口に向かって歩き出した。
クララは、アリソンたちに何か一言伝えたくてぐずぐずしていた。
幸い、ステージから降りてきたアリソンたちは、ちょうどクララのすぐ近くに戻ってきた。
「ああ、アリソン!あなた、本当に素晴らしかったわよ!」
クララはアリソンに抱きついた。
「ホント?よかった。嬉しいわ。ベースのこともちゃんと褒めてあげてよね。」
アリソンは微笑みながら、キャメロンの方に顎をしゃくった。
キャメロンは照れくさそうに頭をかいている。
「やってよかったでしょ?」
「君に感謝しないとね。クララがいなかったら、僕はステージに立つことはなかっただろうから。」
「感謝するなら、お礼に何かちょうだい。」
キャメロンはちょっと困った顔でポケットをあちこち探っていたが、やがて一枚のクッキーを取り出した。
「これ、屋台で買ったやつ。美味しそうだから母さんにあげようと思ってとっておいたんだけど、君にあげるよ。」
クララは思わず吹き出しそうになった。
それから、頑張って真面目な顔を作って言った。
「ありがとう。でも、これはもらえないわ。あなたがお母さんにあげるためにとっておいたものですもの。それにね……」
ここでクララはニヤッと笑い、声をひそめた。
「このクッキー、私たちが屋台で作ったやつなのよ。」
この会話を聞いていたアリソンはたまらず笑い出した。
クララも笑い、つられてキャメロンまで笑い出した。
3人の上空には、光るしゃぼん玉が無数に舞い上がっていた。
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