9. ダンス!

 シフトが終わる頃には、雲の大地の西側がほんのりオレンジ色になっていた。

これから、広場の中央のベンチがある辺りを片付けて、シャトー・カルーゼルの生徒みんなでダンスをする。

先生たちがさっとベンチを運び出し、代わりに簡素なステージを設置してくれた。

 また、別の先生たちは不思議なしゃぼん玉を吹いた。

そのしゃぼん玉は、普通のよりもずっと壊れにくく、淡い光を放っていた。

その光は、徐々に薄れていく秋の太陽の光に代わって、広場を照らしている。


 間もなく、広場の中心にいる上級生たちの間で、どよめきが起こった。

それは次第に拍手に変わっていき、ついには口笛や歓声、喜びの奇声に変わっていった。

クララたち1年生にはさっぱり分からないが、どうやら雲の上の世界で大人気のバンドが来たらしい。

それは5人くらいの男女からなるバンドで、ピアノやギターの他、竪琴や、クララたちが見たこともない楽器もいくつか持っている。

クララは、これからどんな曲が流れるのだろうと思うと、ワクワクした。


 そのバンドは、クララの期待を裏切らなかった。

音楽に合わせて踊れるよう、5曲くらいの曲を何度も演奏していたが、どれも親しみやすく、耳に馴染みやすい曲だった。

リズミカルで踊るとへとへとに疲れる曲や、ゆったりとしたワルツ、バンドの掛け声に合わせて手拍子しながら踊る曲など、様々な曲があった。

 踊るのはとても楽しかったが、次第に4人全員がはぐれないように踊るのは難しくなってきた。

 シャトー・カルーゼルの生徒は200人以上いるから広場はとても混み合っているし、ステップの踏み方や踊る速さが4人とも違う。

その上、ペアをどんどん変えていく踊りもあって、どうしてもはぐれてしまうのだ。 

 そこで、もう無駄な努力はやめにして、各々で好きに踊ろうということになった。クララは最初、ザカリーとペアで踊っていたが、踊りながらも嫌な予感しかしなかった。

案の定、ザカリーは3回ターンするタイミングで目を回して尻餅をつき、人混みに呑まれて見えなくなった。

クララはザカリーが怪我をしていないことを何とか確認すると、ザカリーを置いていくことにした。


 踊っていると、色々な人に会った。

アリソン、ドロシー、エドガーなどの友人たち、同じバレエ・クラブの上級生、今朝クララに足を踏まれたあのケンカっぱやい人、それに、先生たちも何人か見かけた。面白いことに、「夢占い」の先生とスターヴィリック先生が、いい感じの雰囲気で手をつないで踊っていた。

それを見たクララは、笑いをこらえるのにとても苦労した。



「あれっ、クララ?」


曲と曲の合間に、急に声をかけられた。クララが振り向くと、そこにいたのはキャメロン・シンガーだった。


「あら、キャメロン。久しぶりね。そのコスチューム、素敵よ。」


キャメロンは、葉っぱを縫い付けたコスチュームを着ていて、ピーター・パンに似ていなくもなかった。


「ありがとう。君のコスチュームもオシャレだよ。それにしても、本当に久しぶりだね。」


最近は忙しくて、キャメロンに会ってもおしゃべりすることがなかった。


「月曜日からはよろしくね。」


キャメロンが唐突に言った。


「えっ、何のこと?」


クララはキャメロンが何を言っているのかさっぱり分からなかった。

一瞬、話しかける人を間違えているのではないかと思ったほどだ。


―月曜日?月曜日に何かあっただろうか?


「ああ、まだ知らなかったんだね。」


「月曜日に何があるの?」


「まだ知らないなら秘密だよ。あんまり期待しない方がいいと思う。どうせ大したことじゃないし。」


そんな風に言われると、ますます気になってしまう。


「ひどい!大したことじゃないなら教えてよ。」


「ダメだよ。それより、せっかくだから一緒に踊ろう。」


 しゃぼん玉の光の下で、キャメロンの明るいブルーの瞳がいたずらっぽく光った。無理矢理話を変えられて不承不承だったが、クララは差し出されたキャメロンの手をとった。

 ふと、キャメロンと初めて会った時のことを思い出した。

確か、その時もキャメロンは手を差し出してくれた。

クララは、そんなことを今でも覚えている自分に驚いた。


 曲は手拍子しながら踊る曲だったが、キャメロンと踊るのはザカリーと踊るよりもずっと楽しかった。

キャメロンはザカリーよりリズム感があるし、たったの3回転で目を回すこともない。

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