5. カフェテリア

カフェテリアは、NGTの、クラスルームがあるのとは反対方向の扉の向こうにあった。

 先生が両開きの扉を開けると、生徒たちの騒がしい声と共に、昼食のいい匂いが漂ってきた。

 フライドチキンの香ばしい匂いや、コーヒーの匂い、色々な種類のパイの匂いもする。

 カフェテリアというから、今までクララが通っていたような、普通の学校のカフェテリアを想像していた。

 もちろん、それは大間違いだった。

シャトー・カルーゼルのカフェテリアは、カフェテリアというよりも、大食堂とか、大広間などと呼ぶ方が、似つかわしいように感じられる。

 大理石の床に、シャンデリアが下がった高い天井、細長いテーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、いくつも連なって迷路のようになっている。

 磨かれた木の椅子は、レストランにありそうなオシャレなデザインだ。

 カフェテリアの奥の方には階段があり、上の階にも席があるらしいことが分かる。


 クララは列の後ろの方にいるレーナを見つけると、二人で並んで座れる席を確保した。

 向かいの席には、他のクラス・ジョーヌの子が2人座った。

みんながトレイにチキンやら、スープやらを乗せて席につくと、(言うまでもなく、シャトー・カルーゼルの食事は普通の学校とは随分違った)向かいに座っている子が言った。


「君たち、レーナとクララだろ?」


悪ぶった話し方で、ハスキーな声だ。


「そうよ。よく覚えてるわね。」


レーナが驚いた。


「ああ、俺、記憶力はいいんだ。」


「全員覚えてるの?」


クララは好奇心から聞いてみた。


「かもね。」


向かいの子は肩をすくめた。


「残念ながら、私たちはそうじゃないのよね。あなたたちの名前は?」


「俺はザカリ―。で、こいつは相棒のダグラス。だよなぁ、ダグラス。」


ダグラスは愛想よく微笑んだ。


 それから、4人は楽しく話しながら食事を終えた。

クララは、カフェテリアで食事をするときは、いつもこの席がいいと思った。

それほど楽しい時間だったのだ。

レーナはもちろん、ザカリーとダグラスも、面白くて話し上手だった。


 今日は食事が終わった順から勝手に帰っていいことになっているので、クララはレーナと一緒に学校を出た。残念ながら、レーナはクララと真逆の方向から来たようだった。


「もう帰らなきゃいけないなんて悲しいわ。」


レーナが言った。


「私も。でも、私、レーナと最初に会ったときは、もう会えないんだろうなーって思ってた。それが、明日も会えるんだもの。ラッキーだわ。」


「もう、クララったら!初めて会ったときから、別れるときのことを考えてたわけ?でも、クララの言うとおりね。また明日も会えるわ。それに、スターヴィリック先生は、明日は制服をもらうし、学校探検もするし、クラブ活動の見学もできるって言ってたわ。これからは、毎日がどんどん楽しくなるのね。明日を楽しみに思う日がまた来るなんて、私、思ってもみなかった。とにかく、また明日ね、クララ!」


「うん、また明日。」


クララはレーナが見えなくなるまで手を振った。


 「ただいまー!」


「お帰り」と言ってくれる人はいなかったが、クララはちっとも寂しくなかった。

なぜなら、今、クララは最高の気分だからだ。

 賭けてもいい。この家でこんなに明るい声がしたのは2ヶ月ぶりだ。

母のジュリアが出て行ってから、この家では笑い声はおろか、話し声さえ滅多に聞こえることはなかったのだから。


 「うまい。」

クララが作った夕食を口に運びながら、スティーブンは言った。

美味しいと言ってもらえて嬉しかったが、スティーブンはそう言ったきり、黙ってしまった。

 しばらくの間、食堂にはフォークがお皿に当たる音だけが響いた。

二人とも、何を話したら良いのか分からないのだ。


「それで、新学期はどうだった?」


 お皿の中身が半分以上減ってから、スティーブンがようやく言った。


「もう最高だったわ!」そう言おうとして、クララは口をつぐんだ。

忘れていた。

スティーブンはまだ、シャトー・カルーゼルのことを知らないのだ。

 クララは、短パンのポケットに入っている同意書にそっと触れた。

一気に気分が落ち込んだ。

 これから食卓の上で、スティーブンとクララの言い争いが繰り広げられるのだ。

だが、シャトー・カルーゼルのことを話すのを、先延ばしにしてもどうしようもない。


「あのね、そのことなんだけど、とっても大事な話があるの。」


 クララがやっとそう切り出した時、運悪くリビングで電話が鳴った。

スティーブンは電話に出た。

話し方からして、仕事の電話だったのだろう、スティーブンは長々と話して、クララの食事が終わるころにやっと戻ってきた。


 「すまない。それで、大事な話というのは?」


クララは話すことをためらった。


〔黙っていたって、パパは気づかないわ。サインなんて自分で書いたってバレないだろうし。夢を叶えるためよ。パパに話したら、フェレーヴェルにはなれない。それでいいの、クララ?〕


クララの心に潜む悪魔が、そうささやいた。


「大したことじゃないのよ。また今度話すわ。」


 ついにクララは言った。


「そうか。」


スティーブンの答えはあっさりしていた。


 クララはベッドに入って、今日のことを振り返った。

今日は奇跡のような1日だった。雲の上の世界の景色、レーナとの出会い、そしてシャトー・カルーゼル。

 それらを知ったことで、クララの人生はこれから、ガラリと変わることになる。

素晴らしすぎて、夢じゃないかと思うほどだ。


 だけど、夢じゃない。


その上、明日からはもっと楽しい日が続くのだ。

 ふと、レーナのことを思い出した。


「明日を楽しみに思う日がまた来るなんて、私、思ってもみなかった。」


 別れるとき、レーナはそう言っていた。ジュリアが出ていってから、クララもずっとそう思ってきた。

 そういえば、マダム・マノンは、フェレーヴェルの才能を持つ子供は、恵まれない環境で育った子供が多いと言っていた。

 もしかすると、レーナもクララと同じような経験をしたのかもしれない。クララは次第に眠くなりながら、そんなことを考えた。

 そして、クララは眠りについた。

フェレーヴェルが雲の上から舞い降りてきて、幸せな夢を届けてくれることを願いながら。

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