4. クラス・ジョーヌ
自分のクラスを確認し終えた生徒たちがどんどん講堂から出ていったので、クララとレーナはようやく掲示板を見ることができた。
いざ掲示板の前に立ってみると、自分のクラスを確かめるだけだというのに心臓がドキドキしはじめた。
さっきまで自分のクラスを知りたくてうずうずしていたのが噓のようだ。
「ああ、どうしよう、レーナ!私たち、同じクラスじゃなかったらどうしよう? 私、見れないわ。あなたが見て。」
「えー、無理無理。何で私なのよ。クララが見て。」
「じゃあ、せーので見よう。いい?せーの!」
そして10秒後。
「キャーーー!!!」
二人は喜びのあまり叫んでいた。同じクラスだったのだ!
二人とも、馬鹿みたいにはしゃぎ、跳ねまわりながら、何度もハイタッチを交わした。
「やった、やった!信じられない!私たち一緒ね!クラスは……、何て読むのかしら?ジャウン?」
「ううん、ジョーヌよ。フランス語で黄色っていう意味。シャトー・カルーゼルではクラスは1組とかA組とかじゃなくて、色で分けるのね。ほら、他のクラスもブラン(白)や、ベール(緑)だもの。こっちの方が、数字やアルファベットで分けるより、ずっとオシャレ!」
レーナが説明する。
「へー!知らなかった。レーナはフランス語もできるの?」
「まさか!おばあちゃんがフランス人だから、ちょっと教えてもらったことがあるってだけよ。色とか、食べ物とか、簡単な単語しか知らないわ。ちなみに、シャトー・カルーゼルはフランス語で、『メリーゴーランド城』みたいな意味かな。」
「すごい!少しだとしても、フランス語を知ってるなんて、なんかカッコイイわね。」
講堂を出ると、二人より早く講堂を出た生徒たちが、中庭を横切ってメインの建物に入って行く。
二人もそっちに向かって歩いた。
塔の巨大な扉から、中に入った時、クララはあまりの美しさに目を見張った。
そこは、大きな玄関ホールだった。
大理石の床。どっしりとした柱。ホールの奥には大扉があった。左右には、優雅なカーブを描く階段があり、しみ一つない真紅のカーペットが敷かれている。
クララはその階段を上ってみたくてたまらなかったのだが、あいにくホームルームは塔の奥の大扉の向こうにあるらしかった。
上級生の一人が、こちらにやってきた。
「やあ、僕はジェイコブ。初等部の2年生だ。これから君たちをホームルームに案内するよ。」
上級生は近くにいた、クララとレーナを含む6人くらいの新入生たちに言った。
「私はメグ。クラス・ジョーヌよ。」
早速、二人の前の方にいた子が言った。
ブロンドの髪をポニーテールにし、チアのユニホームを着ている。モデルのようなすらりとした体系だ。
クラス・ジョーヌなら同じクラスだが、何だか気取った感じがあって、クララはあまりその子が好きになれないような気がした。
「自己紹介ありがとう。それじゃあ、ホームルームに行こう!」
ジェイコブは大扉のドアノブに手をかけた。
「この向こうの部屋は、NGT。本当は、ノー・グラヴィティ―・タワーっていうんだけど、それじゃあ長すぎるからこう呼ばれてるんだ。」
「ノー・グラヴィティー?無重力なの?」
メグが、まるでそれがいけないことであるかのように言った。
「そうさ。城の建築家は階段を作るのが面倒だったのかな?とにかく、ここでは階段を上る代わりに宙を漂って、上に行くんだ。まあ、こっちとしても何百段とある階段を上るのは面倒だからありがたいね。ちなみに、シャトー・カルーゼルで無重力なのはこの塔だけだよ。」
ジェイコブは丁寧に説明してくれた。だが、メグは納得できないらしい。
「でも、ここはれっきとしたお城なんでしょう?だったら豪華な階段を作るべきだし、NGTなんて呼び方もナンセンスだわ。」
クララは無重力がお城にふさわしいかどうかよりも、無重力の空間が存在することに驚いていた。
しかし、ここは雲の上の世界であり、フェレーヴェルを育てる学校なのだ。もう何でもアリな気がしてくる。
「さあ、そろそろこの扉を開けてもいいかい?」
ジェイコブは明らかに、メグに向かって言っていた。メグの質問攻めにウンザリしているのかもしれない。
メグは肩をすくめた。その動作を肯定ととったらしく、ジェイコブは扉を開けた。
一歩、塔に足を踏み入れると、体はフワフワと浮かびそうになった。
足を踏ん張って、何とか床に踏みとどまる。
「初等部のホームルームは全部、この左側の塔にあるんだ。」
ジェイコブは左側を指差して言った。
「ブランは1階、ベールは2階、ジョーヌは3階だよ。」
まず、クラス・ブランの新入生が一人、ホームルームがある左側の扉に入っていった。
残りの生徒たちはジェイコブに教えてもらいつつ、宙を泳ぐようにして上に進んだ。NGTの内壁は絵でいっぱいだった。クララたちは宙を上手く進めなくて、絵を楽しむ暇はなかったが。
残った生徒たちは、ジェイコブのやり方を見よう見まねで3階まで進んだ。
その中で一番上手く宙を進めたのはメグだった。
そのせいで、メグはバカにしたようにクララとレーナの方を見てきたので、クララはむっとした。
それでも、どうにかこうにか教室にたどり着くと、3人はジェイコブに案内してくれたお礼を言って、教室に入った。
教室は、ごく普通の(といっても、地上の学校と比べたら、いくらか上品な)机と椅子が並んでおり、半分以上の席が埋まっている。
教室の前にある黒板には、大雑把に教室の間取りが書いてあり、机を表す四角の中に、生徒たちの名前が書いてある。
どうやら、それに従って席につけということらしい。
クララはレーナと隣の席であることを願ったが、座席はアルファベット順らしく、二人は遠く離れた席だった。
クララは苗字がブルックだから、頭文字はBで前の方だし、レーナの苗字はトンプソンだから、頭文字はTで後ろの方だ。
「ま、これが現実よね。」
レーナは肩をすくめ、席を確認してから席についた。
クララも黒板を見て、最前列の左から2番目の席に座る。
あとは、担任の先生を待つばかりだ。
「やあ、諸君。入学おめでとう!」
急に、滑舌の良い、大きな声がして、クララはびっくりした。
見ると、教室のドアから、見るからに変人の先生が入ってきた。
「私は、ジェラルド・スターヴィリック。クラス・ジョーヌの担任だ。担当教科は演技。夢の中で、その夢のエピソードを演じるときのやり方を教えるのだ。私は演劇部の顧問もやっている。追々、詳しく話すことになるだろうが、明日はクラブ活動の見学会がある。演劇に興味がある生徒は是非、見学に来てくれ。」
スターヴィリック先生はつかみどころのない、変わった格好をしていた。
バサバサした黒髪は中途半端に長く、革紐で一つに束ねている。黒い指なし手袋と、黒いステッキ。ぴっちりしたスーツを着て、見たこともないほど大きな襟のついた、黒くて長いマントを着ていた。
歳は40歳くらいで、口元と目尻に浅いしわがある。長身で、よく見るとハンサムだったが、その魅力は風変わりな見た目のせいで半減していた。
「さて、今日の予定を簡単に話そう。まず、12時までは私から、この学校について色々と説明する。12時になったら、カフェテリアで食事をする。食事をしたら今日はもう解散だ。」
先生は話しながら、芝居がかった仕草で教壇の周りを歩き回り、サッとマントを翻す。
まるで、教壇が舞台のステージであるかのような振る舞い方だ。
変わった先生ではあるが、クララはスターヴィリック先生が憎めなかった。
スターヴィリック先生は最初に、みんなに自己紹介をさせた。
クララの隣の子が先に自己紹介をした。
「僕はマーティン・アンダーソン。あー、ボストン出身です。それから……、映画が好きです。最近は特に、『スターウォーズ』にハマってるから、もし好きな人がいたら教えてください。」
次はクララの番だ。
2番目で良かった。1番目と最後の方は緊張する。
「私はクララ。クララ・ブルックです。インディアナ出身で、好きなことは……、読書かな。『アーサー王』が好きです。あと、特技はバレエ。もうやめちゃったけど。えーと、よろしくお願いします。」
自己紹介が終わると、一気にほっとした。後はもう他の人たちの自己紹介を聞くだけでいい。
クララはできるだけ他の人の名前を覚えようとしたが、半分くらいしか覚えられなかった。ちなみに、メグはこう言っていた。
「ハーイ、私はマーガレット・スチュアート。ニックネームはメグ。ロサンゼルス出身で、チアのキャプテンをやってるの。特技はダンス。おしゃべりも好き。小さい頃に、子供向けのミスコンで優勝したことがあるわ。あと、テレビのコマーシャルにも出てる。気軽に声をかけてね。」
クラスに、あのストロベリーブロンドの少年はいなかった。違うクラスだったようだ。
また、空席もあった。スターヴィリック先生によると、そこにいるはずだった生徒は、フェレーヴェルに興味がなかったから帰ったのだという。
クララは信じられなかった。せっかくチャンスがあったのに、それを逃すなんて!
自己紹介のあとは、先生はみんなにプリントを配った。
シャトー・カルーゼルに入学したい生徒は、1ヶ月間の「お試し期間」が終わるまでに、保護者にサインをもらわなければいけない。
クララは、それを見て気が重くなった。
父のスティーブンが、シャトー・カルーゼルへの入学に反対するのは目に見えているからだ。
スティーブンは弁護士で、自分の事務所を持っている。
いつも、その事務所をクララに継がせたいと言っていた。
そんなスティーブンが、異世界でクララがフェレーヴェルになるのを、許可してくれるはずがない。
先生は、他にも色々と細かい話をした。話が終わると、先生は生徒たちをカフェテリアに案内した。
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