3. シャトー・カルーゼル

 他の子供たちに続いて建物の中に入ると、そこには大きな講堂が広がっていた。

 アーチを描くような形の天井は高く、無数のシャンデリアは広間を照らし、椅子が部屋を埋め尽くしている。

 部屋の一番奥の壁がかすんで見えないほどの奥行きがあり、子供たちは皆、来た順に椅子に座っていく。

 その中には戸惑いながら、他の人たちの真似をして椅子に座っている子供も多いようだった。

 クララとレーナもそういう子供の一人だった。

 二人は運よく、2つ続けて空いている席を見つけたので、迷わずそこに座った。


「本当にここに来ちゃって良かったのかしら?」


 クララには自分たちがすごく場違いに感じられた。


「ええ、多分ね。あの白い子猫がいたら、私たちをここに連れて来たはずよ。ク ララの場合は小鳥ね。」


 レーナの言う通りだ。

あの小鳥はクララをここに連れて来るために飛んで来た。

何が起こるのかは分からないが、今は成り行きに任せようと思った。


 その時、講堂の奥の高くなったところに人が上ってきた。

 クララはその人の姿を捉えることができたが、レーナは目が悪いらしく、椅子から身を乗り出して目を凝らしているにもかかわらず、よく見えていないようだ。


「怖そうな女の人だわ。ごわごわしたジャンパースカートを着てるわね。それにメガネもかけてる。あれ、すっごく度が強そうよ。レーナにも必要かもね。」


 クララは小声で言った。レーナはその最後の言葉にクスクス笑い、クララをはたいた。

 女の人はフランス訛りの英語で話し始めた。


「ようこそ、シャトー・カルーゼルへ!私は校長のマダム・マノン、ここはフェレーヴェルになりたい子供たちのための学校です。」


「何それ?フェレーヴェルって何?」


「私も知らないわ。」


二人の疑問に答えるかのようにマダム・マノンは言葉を続ける。


「と言っても、ここにいる大半の方はフェレーヴェルの存在さえらないでしょう。フェレーヴェルというのは夢を届ける人のことです。夢は自分の頭で考えたものではありません。人の手で作られているものなのです。」


 クララは今日、何度も驚いてきたが、今このときの驚きに比べればそんなの何でもなかった。

 眠っている間に見る夢は全部、楽しい夢も、ドキドキする夢も、悪夢も、人が造って届けていたなんて、そんなことがあり得るのだろうか?

 クララの驚きをよそに、マダム・マノンは話し続ける。


「皆さんは何らかの動物に連れられてここまで来ましたね?その動物たちにはフェレーヴェルの才能を見出す能力があります。つまり、彼らに連れてこられたあなたたちには、フェレーヴェルになる才能があるということなのです。」


 クララはこれを聞いて嬉しくなった。

今まで自分が特別だと感じたり、言われたりしたことは一度もなかった。

しかし、青い小鳥はクララを雲の上の世界に連れてきてくれたのだ。

クララにはフェレーヴェルの才能がある。

信じられない気持ちだったが、同時にうれしくもあった。


 マダム・マノンは、その後も長々と説明を続けた。

 クララは、シャトー・カルーゼルの話を聞けば聞くほど、ここで勉強してフェレーヴェルになりたいという気持ちが強くなっていくのを感じた。


 マダム・マノンは最後に、講堂の入口付近の掲示板にクラスの割り当てが貼ってあるのでそれを見て自分のクラスを確かめてから自分の教室に向かうこと、もしフェレーヴェルになる気がなくて今すぐ帰りたい人は彼女に申し出ること、それから注意事項をいくつか言って話を終えた。


 クララとレーナは講堂の入口付近へと歩いていった。

早く自分のクラスを知りたくてたまらない。

それに、レーナのクラスも。

 クララはレーナと同じクラスになれるよう、大して信じてもいない神様に祈った。


 もちろん、家に帰ることなど露ほども考えなかった。

 せっかく、フェレーヴェルとやらになれるチャンスがあるのにそれを逃す手はない。

 クララは例え、父のスティーブンに反対されてもシャトー・カルーゼルに入学したいと思っていた。

 クララはもともと、夢を追いかけたり、両親に反抗したりする子供ではなかった。むしろ、学校の先生にも心配されるほど、反抗心や野心とは無縁な子供だった。

これまでにクララが唯一夢中になったのはバレエだったが、それもスティーブンの仕事が上手くいかなくなって、レッスン料が払えなくなり、やめてしまった。

 しかし、今このとき、クララはフェレーヴェルになることだけは諦めたくないと思った。

 どんなに厳しい道であろうと構わなかった。


 クララは生まれて初めて夢をもち、野心に燃えていた。


 二人は掲示板の方へと急いだ。

 しかし、人が多すぎてちっとも前に進めない。

確かマダム・マノンは、20人くらいのクラスが3つあると言っていた。

と、言うことは、1年生は全部で約60人いることになる。

この講堂にはどうやら1年生でない生徒もいたらしく、彼らはもう自分のクラスを知っているのだろう、掲示板を見ずに講堂から出ていった。


 「すごい人混みね。もうちょっと人がいなくなるまで待ちましょうか。」


クララは言って、レーナの方を向いた。ところが……


……いない!


 隣にいたはずのレーナがいつの間にかいなくなっていた。

人混みに流されてはぐれてしまったのだ。


「レーナ、レーナ?」


 クララは慌てて辺りを見回した。だが、レーナの姿はどこにも見えない。

クララは、もっと周りがよく見えるようにと、つま先立ちをした。

ちょうどその時、掲示板のところから引き返してきた生徒がクララにぶつかった。


「あっ!」


 つま先立ちをしていたクララは咄嗟にバランスが取れず、よろけた拍子にしりもちをついてしまった。


「あっ、ごめん!大丈夫?」


という訛りのある声がして、手が差し伸べられた。

見上げると、ストロベリーブロンドの少年が、クララを覗き込んでいた。


「ありがとう。」


 クララは少年に手を貸してもらって立ち上がった。

少年はまん丸の目と、バラ色のほおで、愛嬌のある顔立ちだった。

訛りからして、オーストラリアかニュージーランドの生まれだろう。


 「ホントごめん。僕が前を見てなかったもんだから。けがはない?」


「うん、平気。私の方こそ周りを見てなくて悪かったわ。友達とはぐれちゃったのよ。」


「そりゃ、大変だ。その友達ってどんな格好をしてるの?良かったら探すのを手伝うよ。」


「ありがとう。レーナっていうんだけど、わりと小柄で、髪は赤っぽい茶色、ポニーテールにしてるの。可愛らしい前髪もあるわ。あとは、青いワンピースを着てて、目がくりっとしてる。」


「オーケー、ちょっと待ってね。」


 少年はそう言うと、辺りを見回した。

 数秒後、少年は右の方を指差して、


「あの子かい?」


 と、言った。クララがつま先立って見てみると、確かにレーナだった。


「そうよ、あの子だわ!」


 クララは笑顔で何度も頷いた。


 「レーナ!」


クララが呼びかけると、レーナの方もクララを見つけて、人混みをかき分けながら、こちらに戻ってきた。


「ごめん、ごめん。イギリスの友達と似た髪型の人を見つけたから思わず追いかけちゃった。もちろん、赤の他人だったけどね。」


「いいのよ。」


 それから、クララはレーナを見つけてくれた少年にお礼を言った。


「役に立てて良かった。じゃあ、僕はこれで。」


少年はそう言って去って行った。


 「親切な子ね。名前はなんていうの?」


レーナが聞いた。


「ああ、やだ、もう!名前、聞き忘れちゃった。」


「えーっ!せっかく新しい友達ができたかもしれなかったのに!」


レーナは呆れてぐるりと目を回した。


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