2. 雲の上で
気がつくと、クララは雲の上にいた。
そこが雲の上だとわかったのは、足元にふわふわした白いものがあり、周りが空色だったからだ。
小鳥は澄ました顔でクララの肩に乗っている。
「ねえ、ここはどこなの?今、何が起こったの?」
小鳥はそれには答えず、ついてきてというようにクララの前を飛んだ。
クララは恐る恐る足を踏み出した。
雲は積もりたての雪のようで、少しでも力をかけすぎると足が沈んでしまう。
完全に体が埋まるとどうなるかは考えないようにした。
少し歩くうちに、クララは雲の上を歩くことに慣れてきた。
コツは雲の気持ちになってフワフワと歩くことだ。
体をこわばらせず、雲に体重をあずけるようにして歩けば、足は雲に埋まるどころか、地面を歩いているときよりもずっと軽くなる。
クララはすぐに学校や家のことは忘れて雲の上を歩くことを楽しみ始めた。
間もなく、だたっぴろいだけだった雲の平原の上に、ぽつりぽつりと建物が見えてきた。雲の上の世界では、建物も植物も、全てがどことなく雲らしい雰囲気をまとっていた。
小鳥は次第に賑やかさを増していく村をどんどん進んでいった。クララは周りの景色に目を奪われつつ、遅れないようについていく。
やがて小鳥はクララを雲の大地の端に連れて来た。そこで雲の大地は崖のように突然途切れ、そこから数十メートル先に別の雲の大地があった。
向こう側の雲の大地までは、クリーム色の丸石でできたアーチ形の橋が伸びている。
小鳥はクララに橋を渡るように言った。
クララは橋を渡り始めた。
さっきまで雲の上を歩いていたから、石の上を歩くと妙に固くて変な感じがする。
橋の向こう側は雲の大地というより、雲の上に浮かぶ島だった。
というのも、雲によって大地が造られているのではなく、雲の上に地上で見るのと同じような草の生えた大地が広がっていたのだ。
そして、島にそびえ立つように建っているものを見たとき、クララは歩くことさえ忘れてしまった。そこにあったのは言葉にできないほど素晴らしく、壮大な城だった。
中央に一番高い塔や建物があり、その周りをたくさんの建物、渡り廊下、広間、塔が囲んでいる。
正面には大きなアーチがあり、橋から伸びる小道はそこを通って城に入るようになっている。
小鳥に急かすように手をつつかれてクララはようやく我に返った。
クララは、この小鳥は初めてあった時からずっと自分をこの城につれて来させようとしていたのだと分かった。
クララは半分夢を見ているような気分で歩き始めた。
アメリカのド田舎に住む少女が城を見る機会なんてないに等しいのだから当然だ。その上、この城は地上にあるどんな城も比べものにならないほど美しいのだから。
橋を渡りきって城の入り口となるアーチのすぐ下までくると、驚くべきことが分かった。
城の中庭にはクララと同い年くらいの子供たちがたくさんいたのだ。
不思議そうに辺りを見回している子もいれば、何人かずつでかたまって、おしゃべりをしている子たちもいる。
「小鳥さん、私、どうすればいいの?」
クララは他にどうしようもないので小鳥に聞いた。
しかし、小鳥はこれで自分の役目は果たしたとばかりに飛んでいこうとした。
「あっ!待って!」
クララは叫んだ。が、遅かった。小鳥は姿を消してしまった。
後には小鳥が落とした尾羽だけが宙を漂っている。
手を伸ばすと、小鳥の尾羽はクララの手のひらに落ちてきた。
それはまるで、あの小鳥が別れの挨拶をしてくれたかのようだった。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかしら?」
急に可愛らしいイギリス訛りで声をかけられて、クララは驚いて振り向いた。
「何か?」
そこにいたのは同い年くらいの女の子だった。
クララはその子のハシバミ色の瞳を見た瞬間、何か特別な絆を感じた。
「私はレーナ・トンプソン。変に思うかもしれないけど聞いて。」
クララはうなずいた。
「私、白い子猫を追いかけて穴に落ちちゃったのよ。気づいたら雲の上にいて、子猫 に案内されてここまで来たの。
白い子猫はどこかに行っちゃうし、どうしたらいいのか分からなくて。
教えて欲しいんだけど、ここはどこで、これから何が起ころうとしてるの?」
クララは目をぱちくりさせた。
青い小鳥が白い子猫であること以外、レーナはクララとまったく同じ状況に陥っている。
クララがそのことをレーナに伝えると、レーナも同じように目を丸くした。
もしかすると、二人の周りにいる子供たちも、みんな同じ経験をしたのかもしれない。そう思うと心強かった。
それからしばらく、二人は他愛のない話をした。
「私が小鳥に会ったのは、学校に行く途中のことよ。森の近くの道を歩いてて……。」
「えっ、森?通学路のそばに森があるの?」
「うん。だってド田舎だもん。」
「いいなぁ、私も自然がいっぱいのところに行ってみたいわ。ウィンチェスターじゃ大自然なんて、滅多にお目にかかれないもの。」
「そう?私は都会に憧れるけど。増して、イギリスなんて最高じゃない!しかも、ウィンチェスターだなんて!」
『アーサー王』が大好きなクララにとって、イギリスは憧れの国なのだ。
それもウィンチェスターはキャメロット城があったと言われている地域の一つだ。
「私たちって正反対ね。私はアメリカに行ってみたいと……」
その時、城からベルの鳴る音が聞こえた。
「どういうこと?これって学校のチャイムよね?」
「待って、待って。じゃあ、ここは学校っていうこと?」
二人が戸惑っているうちに、中庭では早くも次の動きがあった。
向かって右側の建物に、子供たちがぞろぞろと入って行くのだ。
そこは中央の一番高い塔を囲む建物の一つで、クララの目に入る中では一番大きそうな建物だった。
「何か始まるみたいだけど、行ってみる?」
「うん、とりあえず行ってみましょう。」
レーナは言うが速いかクララの手首を軽く掴んで歩き出した。
レーナの決断の速さに驚きつつ、クララは歩きながらここが雲の上の世界でなければいいのにと思った。
ここが、クララが通っている学校の中庭だったら、レーナとは大親友になれただろう。
レーナの明るくて親しみやすい感じも、物怖じしないところも、クララはすごく気に入った。
クララは知らなかったが、レーナの方もクララとは気が合いそうだと思っていた。
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