第二章 学校探検

1. 朝

 ジリリリリ、ジリリリリ……


いつもより一時間早く鳴った目覚まし時計の音で、クララは目を覚ました。

シャトー・カルーゼルはクララが今まで行っていた学校よりも遠いので、その分早くでなければいけない。

 だからクララは今日から早起きすることにしたのだ。

最初は眠かったが、今日もシャトー・カルーゼルに行くことを思い出すと、一気に目が覚めた。

 クララはベッドから飛び起きると、急いで顔を洗って、腰まで届く長いブリュネットの髪を一つに編み込み、朝食のコーンフレークを食べた。

 それから、今まで通っていた地上の学校に電話をかけて、風邪を引いたからしばらく学校にはいけないと言っておいた。

 これで当分は、地上の学校の心配はしなくていい。

スティーブンはまだ寝ているので、「用事があるから早く家を出る」とメモを残しておいた。

 家を出ると、クララはすぐに走り出した。

遅刻しそうだからではない。

またシャトー・カルーゼルに行くと思うとワクワクして、走らずにはいられないのだ。

 小鳥を追いかけて入った森までくると、クララは首にかけていたペンダントを取り出した。

 実は、スターヴィリック先生は昨日、生徒たちにプレゼントをくれた。

彼の話によると、魔法動物には異次元間移動能力があり、その一部が手元に残ることで、能力分離法則が作用して、その個体と同じ力を使えるらしい。

 つまり、クララの場合はあの青い鳥。

青い鳥には雲の上の世界とこちらの世界の間を移動する力がある。

 そして、クララはその小鳥の羽を持っている。飛び去り際に、小鳥が落としていったものだ。

 羽は小鳥の一部だから、羽にも小鳥と同じ力が宿っている。

 そのため、羽さえ持っていれば、クララは雲の上の世界とこちらの世界を行ったり来たりできるのだ。

 クララと同じく、他の生徒たちも、孔雀の羽やら子猫のヒゲやらを持っていた。

スターヴィリック先生は生徒たちがそれらを失くさないようにと、特別な魔法をかけた。

 その毛玉だの、たてがみだのを、よく磨かれた半透明の石に閉じ込めたのだ。

先生はその石を、楕円形のオシャレなフレームに入れて、鎖で首から下げられるようにしてくれた。

 クララはペンダントを眺めた。淡い乳白色の石に、小鳥の青い羽がよく映えている。

 雲の上の世界に行くには、ただペンダントを握って、どこに行きたいか願うだけでいい。とても簡単だ。しかし、これには大事なルールが二つある。

 一つ目は、周りの人に見られないようにすること。

地上から雲の上の世界に行くときは、眩しい光が出るから、周りの人に見られないように気を付けなくてはならない。

 二つ目は、いつも同じ場所で使うことだ。

地上のどこでペンダントを使うかによって、雲の上のどこに出るかも変わってくる。だから、迷子になりたくなければ、いつも同じ場所でペンダントを使う必要がある。クララが、スティーブンが寝ているにもかかわらず、家でペンダントを使わずに、わざわざ森の中まで走ってきたのはそのためだ。

 さて、クララはそのペンダントをぎゅっと握り、目を閉じた。

そして、「雲の上の世界に行きたい!」と願った。たちまち、眩い光がクララを取り囲んだ。


 シャトー・カルーゼルにつくと、クララはまっすぐ講堂に向かった。今日はまず、制服をもらうことになっている。

 シャトー・カルーゼルでは、入学金や学費、教材費、など、学校で必要なお金は、ほぼ免除される。

 雲の上の世界では、誰もがフェレーヴェルの教育に力を入れているので、必要な資金は寄付で賄うことができるのだ。

 もちろん、その分、学生たちは努力しなければならないし、将来はフェレーヴェルとしてお金を稼いで、シャトー・カルーゼルに募金することが求められる。


 講堂に入ると、そこは昨日、入学式をしたのと同じ場所とは思えないほど様変わりしていた。

 講堂を埋め尽くしていた椅子は全て片付けられ、代わりにハンガーにかかった制服と着替え用の衝立、そして折り畳み式の細長い鏡でいっぱいになっていた。

 講堂の中央では生徒たちが長い列を作り、どこかから呼ばれてきたらしい服屋さんたちに、順番に制服を合わせてもらっている。

 列といっても、綺麗に並んでいるわけではない。

 4列か、場所によっては5列くらいで何となくかたまっているといった方が正確だろう。

 クララもそのかたまりの1番後ろに並んだ。

 クララはすぐにあることに気が付いた。

 斜め前に、ストロベリーブロンドの頭が見えているのだ。

 ストロベリーブロンドなど、そうそういるものではないし、あの少年かもしれない。クララは思った。

 あの少年とはもちろん、昨日クララにぶつかってきて、レーナを探してくれた少年だ。

 思い切って声をかけて見ると、やはり、あの少年だった。


「ハーイ、君はあのときの……あの子だね。ほら、レーナのお友達の……、」


 そういえば、少年の方もクララの名前を知らないのだ。


「クララよ。」


「よろしく。僕はキャメロン・シンガー。クラス・ベールなんだ。君は?」


 キャメロンは握手をしようと手を差し出した。


「クラス・ジョーヌよ。」


 クララは差し出された手を握りながら言った。


「クラス・ジョーヌの担任って確か、変わった先生だったよね?スター何とかって言  

 ったっけ?」


「ええ、スターヴィリック先生よ。確かに変わっているけど、私は好きだわ。それにしても、耳が早いのね。」


「僕の兄さんはシャトー・カルーゼルの5年生なんだ。兄さんからいつも聞いている  

 からちょっと知ってるってわけ。スターヴィリック先生って演劇クラブの顧問だよ

 ね?」


「そうらしいわ。」


「実は僕、演劇クラブに入りたいと思ってるんだ。君は、何か気になるクラブはあ 

 る?」


 特にないというのが本当のところだった。

 強いて言えば小説クラブが面白そうだが、クラブに入っていなくてもしょっちゅう本を読んでいるのだから、入る意味がないような気がする。

 それに、まだどんなクラブがあるのか良く分かっていない。

何と答えようかと悩んでいると、ちょうど列が進んだ。

キャメロンが並んでいた側が一気に進んでしまい、もうおしゃべりは続けられなくなった。


「また今度!」


 キャメロンはそう言い残して、人混みの中に飲み込まれていった。

 列が進んで、クララは制服を合わせてもらった。クララは細身だから、わざわざお直ししてもらわなければいけなかった。

 夏服は、チェック柄の紺のミニスカートかスラックスに、ブラウスと、紺のネクタイ。そして、目の覚めるようなきれいな空色のブレザーだった。

 ブレザーの左胸のところには、校章のワッペンがついている。

 おそろいで、靴下と、紺地に空色のリボンがついた帽子もあった。

 冬服は、落ち着いたピンク色のロングスカートかスラックスと、同じ色のベスト、袖口のふんわりしたブラウスだ。

 ベストの左胸にはもちろん、校章の、前足を上げたユニコーン。

 そして、冬服にはマントもついている。丈は腰くらいまでのものと、足元まであるものの2種類があって、どちらか好きな方を選べる。

 クララはもらったばかりの制服を眺めた。夏服は今すでに着ていて、冬服は紙袋に入れてある。

 ようやく自分もシャトー・カルーゼルの生徒の一人になれたようで、クララはうれしくなった。

 跳ねるように講堂を出て、クララはクラス・ジョーヌの教室へ向かった。


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