2, 事件その1

 今日は9月21日。

つまり、秋のフェスティバルの二日前で、同時に「お試し期間」が終わる二日前でもある。

依然、クララはまだ誰にもシャトー・カルーゼルのことを話せていない。

今まであまり考えないようにしてきたが、今は嫌でもそのことを考えてなければならなかった。

 いいニュースもある。

昨日のバレエ・クラブのオーディションには、クララは無事に受かることができた。レーナ、ザカリー、ダグラスにそのことを話すと、3人ともとても喜んでくれた。


「おはよう、諸君。」

「おはようございます、スターヴィリック先生!」


 朝のホームルームで、スターヴィリック先生は大事な話をした。


「今日は秋のフェスティバルの二日前だ。

そこで、私は諸君に大事なものを渡したいと思う。それはすなわち、秋のフェスティバルの入場券だ。

フェスティバルの会場は皆知っての通りだが、例年通り、会場の入口には受付が設けられる。これから渡す入場券は、その受付を通るためのものだ。シャトー・カルーゼルの生徒以外の人がフェスティバルに混ざっては困るからね。」


 スターヴィリック先生から渡された入場券は、複製できないような複雑な作りで、それぞれの名前が書いてあった。

 自分で持っていて、万が一失くしては困るので、クララは入場券をロッカーにしまっておいた。


 4時間目の「調合学」で、クラス・ジョーヌの生徒たちは、夢を保管するためのレヴェタッサーを作った。

 「調合学」のガーフィールド先生は、生徒たちをランダムに3人ずつのグループに分けた。

不幸なことに、クララはヒュー、ザカリーと同じグループになってしまった。ザカリーは問題しか起こさないし、ヒューは頭が空っぽだから何の役にも立たない。

その上、クララがヒューと同じグループになってしまったことで、ますますサラの恨みを買ってしまう。

 当のサラはと言えば、ネリー、レーナと同じグループだった。

サラは、ちょっと太めだからというだけの理由でネリーを嫌っているし、クララと仲がいいからレーナのことも嫌っている。

 恐る恐るサラの方を見ると、サラは恐ろしい形相でクララを睨んできた。


「あいつ、メデューサかよ。」


 ザカリーはサラを見ると、石になって固まるジェスチャーをした。


 レヴェタッサーの調合はクララの予想通り、悪夢と化した。

クララはヒューにレヴェタッサーの作り方を手取り足取り教えつつ、ザカリーが面倒を起こさないように見張っておかなくてはならなかった。

 しかし、何とか砂糖水を作り終え、雨雲の繊維を入れる段階まで進むことができた。


「雨雲の繊維はきっかり4.253gだよな。」


 ザカリーが言った。ザカリーはトラブル・メーカーだが、記憶力だけは天才的なのだ。

 ザカリーの言葉を聞いたヒューは雨雲の繊維を砂糖水に入れようとした。


「待って!」


 クララは思わず大きい声を出してしまった。

 テーブルの真ん中にある雨雲の繊維が、何か変だということに気が付いたのだ。

ヒューは驚いて飛び上がった。


「うわあ!ビックリした。どうしたんだい?」

「ごめん。でも、その雨雲の繊維が何か変だわ。ちょっと貸して。」


 クララは雨雲の繊維を触って見た。

それは灰色で、髪の毛に近い触り心地だった。


「確かに、これは何かおかしい。雨雲の繊維はひんやりしてザラザラなはずだろ?」


 ザカリーも雨雲の繊維を触って首を傾げている。


「多分、これは猫の毛か何かだわ。おかしいわね。

ガーフィールド先生が間違えるはずはないし、他のグループはちゃんと雨雲の繊維を使っているみたいだもの。」

「だとすると、誰かがすり替えたってことになるな。

犯人は他のグループで、俺たちに秋のフェスティバルを楽しませたくない人だ。」


 ザカリーは難しい顔をして言った。

ザカリーの言うことが本当なら、犯人には心当たりがある。

 しかし、どうやって彼女が犯人だと証明すれば良いのだろう。


「とにかく、クララが気づいてくれてよかったよ。これで僕たちもレヴェタッサーを作れるね。」


 ヒューの能天気さに呆れつつも、クララは先生に新しい雨雲の繊維をもらい、レヴェタッサーを作り終えた。

 ヒューやザカリーが同じグループだった割に出来はよかった。が、結局、雨雲の繊維のことはうやむやになって終わってしまった。


 今回はクララが気づいたから良かったものの、そうでなかったらひどい目に合っていただろう。

 クララとしては、サラがこれ以上嫌がらせをしてこないことを願うばかりだった。しかし、クララはまた、その願いは実現できないだろうと薄々思ってもいた。

そして、残念ながらクララのその考えは正しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る