4. サラの嫉妬

「ミス・ブルック、ミス・ブルック!」


「は、はい?……はい!」


 窓の外を見るともなく眺めながら空想の世界に浸っていたクララは、一気に現実に引き戻された。

 クララは、時々これをやらかす。授業中にフワフワと頭が空想の世界に行ってしまうのだ。

 6時間目で、さらにレーナとケンカ中で気分が落ち込んでいるとなれば、空想をせずにはいられない。


 クララの慌てた様子に、クラス中がどっと笑った。

クララは顔を赤らめながら、先生にもう一度質問するよう頼んだ。


「夢を数時間だけ保管するときに使う溶液を何と言うか答えなさいと言ったのよ。」


 夢を保管する薬を作る「調合学」という授業のガーフィールド先生が呆れ顔で言った。


「はい、レヴェタッサーです。」


 クララは即座に答えた。

ボーっとしてはいても、授業で習ったことはある程度頭に入っているつもりだ。

それでも先生が先を促すような顔をするので、クララは付け足した。


「薄いピンク色の液体で、夢を封じ込める力はあまり強くありません。一時的に夢を保存するだけのものですから。その代わり、材料は手に入りやすいものだけですし、

作り方も簡単です。

 レヴェタッサーは、雨雲の繊維を混ぜた砂糖水と、雲の上の世界でしか実らないフルーツの皮からできます。私の考えでは、砂糖の代わりに温めた蜂蜜を入れるとさらに効果が強くなると思います。」


クララはさらっと言ってのけた。ガーフィールド先生はその答えに満足そうに頷いた。


「自分の考えまで述べるとは素晴らしい。しかも、温めた蜂蜜によって効果が強くなるのは本当ですよ。

 しっかり話を聞いているなら、それを態度で示してくださいね。」


先生はクララをたしなめ、再びクラス中が笑った。

 しかし、今度の笑いには少なからず、クララの答えに対する感心が含まれていた。  

 クララははにかみながらも微笑んだ。元々勉強はできる方だったが、フェレーヴェルの勉強は特に得意だ。


 「嬉しいことに、そのレヴェタッサーを使う機会があと2週間で訪れます。雲の上の世界では、春、夏、秋、冬をそれぞれ盛大に祝う習慣があります。それには複雑な理由がありますが、その話はまた今度にしましょう。

 もちろん、シャトー・カルーゼルでもフェスティバルを行いますが、今日から2週間後の9月23日がちょうど秋のフェスティバルの日なのです!」


 ここで、教室中が歓声につつまれた。フェスティバルと聞いて皆、大喜びしている。

 9月23日と言えば、バレエ・クラブのオーディションの二日後だ。


「春のフェスティバルでは、4人ずつのグループを作り、それぞれが夢を作って交流し合います。夏のフェスティバルでは、各クラブが出し物をします。」


クラス・ジョーヌの生徒たちは楽しいフェスティバルを思い描いて幸せな気分になった。


「そして、秋のフェスティバルでは、美味しい食べ物を売る屋台が立ち並び、自分たちでも屋台を出します。

 また、シャトー・カルーゼルでは全てのフェスティバルで、自分たちでコスチュームを作るという習慣があります。

 それに、プロのフェレーヴェルをお呼びして一日限りで夢の店を開き、上級生は夜遅くまでダンスを踊るんですよ。1年生の皆さんは、夕方には帰らなければなりませんがね。」


 ここで、たくさんの反論の声が上がった。上級生は夜遅くまで起きていてもいいのに、下級生は駄目なんて不公平だ。


「冬のフェスティバルは残念ながらありません。クリスマス休暇と被ってしまうからです。でも、皆さんはお家で楽しいクリスマスを過ごせますからね。」


「さて、レヴェタッサーの話に戻りましょうか。先ほど、秋のフェスティバルではプロのフェレーヴェルをお招きすると言いましたね。

 その際、店で買った夢を見るには、専用の部屋に行かなくてはなりません。その時に、夢を入れておくために必要なのが、レヴェタッサーです。

 ですから、皆さんは秋のフェスティバルまでにレヴェタッサーを作れるようになる必要があります。分かりましたね?」


生徒たちは頷いた。上級生のように夜遅くまでフェスティバルを楽しめないのは不満だが、秋のフェスティバルはとても面白そうだ。


 先生はレヴェタッサーの説明をしようとしたが、ちょうどその時、チャイムが鳴った。6時間目の授業が終わったのだ。

 クララはレーナに声をかけようとして、慌てて立ち上がった。

 立ち上がった拍子に、クララは机の端に積み上げていた教科書やノートを全部床にばらまいてしまった。


「ああっ、もう!」


 へまをしたばかりだというのに、またもやクラスメイト達に笑われるようなことをしてしまった。


「ふふっ」


後ろの席のサラ・キングが、クララをせせら笑った。サラはメグの親友で、ぶりっ子だ。自分がプリンセスだと思い込んでいるのではないかと、クララは密かに思っているほどだった。

 クララは思わず大嫌いなサラを殴りたくなった。


 そのとき、


「はい、どうぞ。今度からは気をつけろよ。」


 と、声がして、少年が落ちた教科書をクララに差し出してくれた。

彼の名はヒュー・クリーヴランド。ヒューは金髪でとてもハンサムだ。


「ありがとう。」


 クララはヒューから教科書を受け取って、レーナを追うために急いで教室を出ようとした。


「ちょっと!ブルック、待ちなさいよ!」


 サラが甲高い声でクララを呼び止めた。


―まずい!


振り返ったとき、クララは咄嗟に思った。

 気づけば、この教室には、もうクララとサラしか残っていなかったのだ。人目がなければ、サラは何をしてくるか分かったものではない。


「あんたって案外あくどいのね。ヒューの気を引くためにわざと教科書を落としたんでしょう?」


「違うわよ!」


 もちろん、これは本心だ。

 確かにヒューはイケメンで性格も良いが、おつむが足りない。ヒューの気を引くつもりはなかった。


「私の目はごまかせないわよ。悪いことは言わないから、さっさと白状しなさい。」


「はあ?勘違いもいいところだわ。だいたい、どうしてヒューの気を引かなきゃならないのよ!もしそうだったとして、何であなたが気にするの?まさかヒューのことが好きなんじゃないでしょう?」


そこでクララは、ハッとして口をつぐんだ。


「もしかして……」


 サラの表情を見れば、クララの言ったことが図星だったことは一目瞭然だ。サラはヒューのことが好きだったらしい。

 クララの心の中で、警報器が鳴りだした。


―逃げろ!サラに殺される前に!


 クララは自分の直感に従い、サラが衝撃を受けている間に大急ぎで教室から出た。

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