第四章 重荷

1. 入部試験

 今日は水曜日。

 クララとレーナは六時間目が終わって、生徒でごった返しているアプロンドル・バティモンのウェスト・エルを歩いていた。

 今日は、レーナのアーチェリー・クラブの入部試験がある。アーチェリー・クラブはバレエ・クラブと違い、部員数が多いので、入部試験で希望者の3分の1くらいが不合格になる。だから、レーナは緊張のあまり石像のように固くなっていた。

 クララはレーナのために入部試験を見に行くことになっていた。ザカリーとダグラスも一緒だ。

 それより、心配なのはレーナの方だ。レーナは意外とあがり症らしく、さっきから入部は諦めるだの、やっぱり絵画クラブに入るだのと呟いていた。

 そこへザカリーがやってきて、


「やあ、レーナ。今日は入部試験だな。俺たちも見てるから、絶対に不合格になるなよ。」


 などと、ますますレーナが緊張するようなことを言った。

クララはザカリーを睨みつけた。本人は親切で言っているつもりかもしれないが、いくら何でも無神経すぎる。


「もうほっといてよ!あんたは先に帰ってれば?」


 クララの剣幕に恐れ入ったザカリーは、「俺は何もしていない」とでも言うように両手を上げた。

 当然のことながら、クララは本気で怒っているわけではないし、ザカリーも本気でクララを怖がっているわけではない。ただ、ザカリーはクララやレーナとはいつもけんか腰で、不思議なことに三人ともそれが気に入っているのだ。

 グラウンドに着くと、入部試験を受ける一年生がもう集まっていた。

レーナはその1年生たちの方にいかなければならない。


「レーナ、あなたなら絶対にできるから。自分を信じてね。」


 クララはそう言ってレーナをハグした。ザカリーは、


「入部試験におちたら、自由研究クラブに入っていいからな。」


 と言った。


「不合格前提で話を進めるの、やめてくれない?」


 レーナはザカリーの腕を叩いた。

ザカリーは「痛ってえ!」と言って飛び上がったが、顔は笑っていた。レーナが少しは自信を取り戻したようで良かった。

 そこに、ダグラスが走ってやってきた。彼は忘れ物を取りに行っていたのだ。


「ハア、ハア、良かった、間に合ったよ。レーナ、幸運を祈る。あんまり緊張するなよ。」


 ダグラスは優しくレーナの肩を叩いた。


「うん。みんな、応援ありがとう。私、頑張るわ。」


 クララ、ザカリー、ダグラスの三人はグラウンドの端にあるベンチに座った。

 グラウンドにはアーチェリーの的があり、1年生たちがそわそわと試験の始まりを待っていた。

 空は高く、芝生は青々と萌えている。レーナがアーチェリー・クラブに入れるか否かが決まる時が、刻一刻と迫っていた。


 グラウンドにアーチェリー・クラブの顧問の先生が入って来て、入部試験を告げた。


―いよいよだ。


 試験は来た順にやるようで、後の方に来たレーナは後ろから三番目だった。

 試験のルールは簡単だ。離れたところから矢を2本射て、どちらかが的に当たったら合格だ。ただし、的の縁に当たったときは不合格となる。矢は少なくとも一番外側の円の中には入らなくてはいけないのだ。

 入部希望者たちが次々と前に出て、矢を射っていく。矢が的に当たったものは意気揚々と、外れたものはがっくりと肩を落として、彼らは帰って行った。

 クララは、レーナが肩を落として帰るもののうちの一人にならないように祈った。


 列が進んで、ついにレーナの番が来た。

クララは自分のことではないのにも関わらず、心臓がドキドキした。

 レーナは弓を構えた。初心者だから、まだフォームが覚束ない。

クララ、ザカリー、ダグラスの三人は声の限り声援を送った。レーナが持つ弓につがえられた矢が、少しだけ震えている。


しっかりして、レーナ!


 クララは心の中で叫んだ。

レーナが弓弦を離した。

矢が弓から飛び出した。

矢は惜しくも的のすぐそばに落ちた。的をかすりはしたが、当たらなかったのだ。

 だが、まだチャンスはある。レーナが二本目の、また、最後の矢を弓につがえた。レーナは弓弦を引いた。

そして、矢は放たれた。

静かなグラウンドに、矢が飛ぶ音だけが聞こえる。

矢は、的の端の方に当たった。


「円に入ったのか?外れたのか?なあ、どっちなんだよ?」


 ザカリーがうるさく聞いてくる。彼は目が悪い。

クララは身を乗り出して的に目を凝らした。しかし、角度のせいか、距離があり過ぎるのか、クララにも矢がどこに当たったのかは分からなかった。

 矢は的の縁に当たったようにも、ギリギリ外側の円に当たったようにも見える。

 この、見分けられないほどの小さな違いが、レーナをアーチェリー・クラブに入れるか、否かを決めるのだ。

 こうなったら、レーナが戻って来るまで待つしかない。


 レーナは一度、グラウンドの反対側に行って、借りた弓矢を片付けた。

もし、あの矢が外側の円の中に入っていれば、レーナはこれから自分専用の弓矢を持つことができるだろう。

 クララには、レーナがこちらに戻ってくるまでの時間が1時間くらいあるように思えた。

 待っている間、三人はレーナの矢が的の縁に当たったか円に入ったかという、どうにもならない議論をしていた。それ以外にできることがなかったのだ。クララは、円に入ったと主張したが、本当はそう信じたかっただけだったのかもしれない。

 3マイルはありそうに感じられたグラウンドを突っ切って、やっとレーナがやってきた。

 いつの間にか他の入部希望者たちは帰り、グラウンドにいるのはクララたちだけになっていた。

 レーナはうつむきがちに近づいてくる。


まさか!


 クララは急に、レーナが不合格になったんじゃないかという気がしてきた。

もしそうだったら、何と声をかけようかとクララは必死に考えたが、何も思いつかなかった。

 レーナはクララたちのすぐ近くまで来ると、顔を上げた。

その顔には、輝くような満面の笑みが浮かんでいた。


「合格よ!」


 次の瞬間、レーナはもみくちゃになっていた。

クララ、ザカリー、ダグラスが一斉にレーナをハグしたり、背中を叩いたりしたからだ。


「やった、やった、やった!合格したのね!矢は当たっていたのね!」

「君ならできるって言っただろう。」

「さすがだよ、レーナ!」


 三人は飛び跳ねながら喜びを分かち合った。

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