2. コンバチェッサーの訓練
着替えが終わったクララは試着スペースから出てきた。
服は何の飾りも模様もないものだと思っていたが、そうではなかった。
革の膝あてや肘あてがついていたし、ベルトもある。
そして、輝く銀色の糸で綺麗な縫い取りもしてあった。
ガッシュワット先生によると、それは雷雲から作った糸らしい。
雷雲は雷を溜めておくから、とても強いつくりになっていて、そこから紡いだ糸は非常に丈夫だという。
それを今度は太陽の光の川で三晩さらしておく。
そうすることで輝きを帯びて綺麗になるだけでなく、より丈夫にもなるらしい。
全員が着替え終わると、みんなで中庭をもっと奥に行ったところにある芝生の広場に移動した。
そこは芝生の他に何もない場所だが、一つだけ箱が用意されていた。
先生はその箱から、ガラスの杖を取り出した。
箱はどう考えてもそんな長い物が入る大きさではなかったが、クララはもう気にしないことにした。
守護戦士が魔法を使えたり、雷雲から糸を作られたりすることを、いちいち不思議がっていてはきりがないと気が付いたのだ。
ガラスの杖はとても精巧で、軽く、丈夫だった。
長さはクララの胸くらいまである。
「それは訓練用の偽物だ。」
先生は同じ箱からもう一つ、杖を出した。
それはガラスの杖でさえ霞んで見えるほどの代物だった。
四人はため息を漏らした。
クリスタルのように見えるが、それよりも透明感がなく、代わりに内側から微かに光を発している。
長さは先生の顎くらいまでの長さがあり、先端には杖本体と同じ素材で、牡鹿の角のような飾りが作られている。
杖全体には細やかな彫刻が施され、そのせいか何とも表現しがたい風格というか、神聖さというか、そんなものがあった。
「これは幻の泉のそこに眠る宝石、ジェモンテーヌから作られた杖だ。本物のコンバチェッサーだけが持つことを許される。」
ガッシュワット先生は厳かに言った。
「この杖を使うためには、まず、ガラスの杖を使えなくてはならん。ガラスと言ってもこの杖はただのガラスではなくてな。弱くはあるが、ジェモンテーヌの杖と同じ力を持っている。では、これを切ってみるのだ」
先生は槍を地面に突き刺した。
四人の中で一番好奇心の強いザカリーが最初に試した。
ザカリーはあまり力が強そうではないのに、槍は歯切れのいい音とともにスパッと切れた。
先生は折れた槍の上の部分を持ち上げて、地面に刺さったままの下の部分につなげた。
すると、槍の折れていたはずの場所が光って、槍は元の状態に戻った。
「さあ、次。」
先生は何でもないことのように言った。
次はクララの番だ。
クララは助走をつけて力いっぱい杖でガラスを打ち付けた。
手応えがなかったから、杖を空振りしたのかと思った。
ところが、槍はザカリーの時と同じように真っ二つに折れている。
先生はさっきと同じように槍をもとに戻した。
レーナとダグラスも槍を切ることができた。
クララは杖の切れ味のよさに舌を巻いた。
ガラスの杖は先が尖ってはいるものの、剣のように刃があるわけではないし、重いわけでもない。
それでも丈夫そうな槍をこんなに簡単に切ることができるとは、魔法がかかっているとしか考えられない。
「この杖は剣と違い、重さに頼らずに使うことができるが、その分、素早さと技術が必要になってくる。だが、剣のように使うことは滅多にないぞ。ディアブレーヴを追い払うときは、大抵は罠を仕掛けたり、嫌な臭いの液体をかけたり、奴らが嫌いな食べ物を投げつけたりするからな。」
「次は盾の作り方だ。良いか?杖を高く掲げて、持ち手の凹みを強く押せ。」
四人は先生が言った通りにやってみた。しかし、何も起こらない。
「それでは駄目だ。もっと強く構えろ。見ろ、こうだ。」
ガッシュワット先生はジェモンテーヌの杖を高く掲げた。
すると、白い光が、先生の体全体を隠すくらいの大きな盾を作った。
「これを切ってみろ。」
先生は盾を作ったまま言った。
全員が試してみたが、誰一人として盾を切ることはおろか、傷をつけることさえできなかった。
「分かったか?この盾を作ることができれば、相手の攻撃(鳥のフンだとか、虫の大群だとか、スライムの雨なんかだが)から身を守れる。もっと腕を磨けば、いつかは盾も砕ける力をつけることができるが、それはまだまだ先のことだな。さあ、もう一度だ。強く構えて、盾を頭に思い描くのだ。」
そんなことを言われたってできないわ
クララは思った。
ただのガラスの杖から盾が作れるわけがない。
ガッシュワット先生は何でもできるかもしれないが、自分には無理だ。
しかし、先生に言われて四人はもう一度やってみた。
今度はしっかりと杖を掴み、先生が作ったような盾が出てくる様を思い浮かべた。
しかし、今度も何も起こらなかった。
「構えはよくなってきたな。だが、想像が足りん。絶対に盾を作れると信じるのだ。」
四人は何度も何度も試して、何度も何度も失敗した。先生は数え切れないほどのアドバイスをした。
「凹みをもっと強く押せ!」
「杖を握るときは、指と指の間隔を広くするんだ!」
「足を肩幅に開け!そんな立ち方では踏ん張れないぞ!」
「盾を思い浮かべるんだ!大きさ、形、表面の模様まで細かく想像しろ!」
だんだん飽きてきたが、それでも諦めなかった。
あんまり何度も同じことを繰り返したから、クララは時々、何をしようとしているのか分からなくなってしまい、その度に自分を奮い立たせた。
やっぱり無理だと諦めたくなることもあった。
だが、その度に先生に励まされた。
ザカリーは飽きっぽいから、すでに杖を空振りして遊び始めている。
レーナも額に汗を浮かべて集中力を保とうと努力しているが、あまりその努力は実っていない。
忍耐強いダグラスはまだ頑張っているが、始めたばかりの時ほど気合はないようだ。
「君たちの力はそんなものか?あの鎧を出し抜いた君たちが、一番簡単な技さえ使えないのか?何もできないなら、時間の無駄だ。今後の訓練は取りやめにするぞ。」
ガッシュワット先生は挑発するように言った。
このとき、クララはまだ知らなかったが、これは生徒にやる気を出させるためにわざと挑発するという、ガッシュワット先生のテクニックだった。
クララは急に悔しくなった。
せっかく才能を見込まれて訓練を受けているのに、何も学ばずに帰るなんて!
自分の力を証明するチャンスがあるのに、ガッシュワット先生を失望させるだけで終わるなんて!
どこからか今まで自分でも知らなかった力が湧いてきた。
突然、何でもできるような気になってきた。
クララは大きな盾を鮮明に思い描き、杖を高く掲げ、持ち手の凹みを押した。
すると、ついに、杖の先から白い光が出た。
残念ながら、目も眩むような、というわけにはいかなかったし、盾の形にもならなかった。
だがそのとき、クララのガラス杖は、確かに光を放っていたのだ。
「いいぞ、クララ!」
ガッシュワット先生はいつの間にか、クララを名前で呼ぶようになっていた。
「さあ、もう一度やってみるんだ。一度コツをつかめば、あとは簡単だぞ。」
先生の言う通りだった。
何度か練習するうちにやり方が分かってきて、だんだん光も安定してきたし、ぼんやりと盾らしい形も作れるようになった。
クララが杖から光を出したことに勇気づけられて、他の三人もまた練習に力が入るようになった。
先生は休憩をはさみつつ、お昼時までずっと訓練を続けた。
その頃には、ダグラスもぼんやりと盾の形を作れるようになっていたし、ザカリーも一度だけ弱い光を出せた。
レーナはまだだったが、先生によるともうすぐできるようになるらしい。
さすがに四人ともお腹がグーグー鳴るようになると、先生はやっと訓練をやめた。先生はみんなに一言ずつ褒め言葉を送ると、もう帰っていいと言った。
しかし、四人はまだ訓練を続けたかった。
お腹は空いたが、ここで訓練をやめたくはない。
すると、先生はパサージュでピザをおごろうと申し出た。
もちろん、全員の家の状況を確かめてからだが。
レーナとダグラスの家は、両親が出かけているから大丈夫らしい。
ザカリーは孤児院から抜け出してきたというが、何度もやっているからあまり心配されないそうだ。
クララはスティーブンにメモを残しておいたから問題ない。
そこで話は決まった。
クララはパサージュに行くのは初めてだった。
パサージュは入り組んでいて迷子になりそうだったし、あちこちに階段があった。
ガッシュワット先生はもう何度もピザ屋にきたことがあるらしく、迷わずに歩いて行った。
店に着くと、5人で特大サイズのピザを3枚も注文した。
みんな疲れていたから、3枚とも全部平らげてしまった。
激しい運動をしたわけではないが、集中するとお腹が空くものだ。
「さあ、気持ちを切り替えてもう一度だ。杖を構えて盾を作る。やってみるんだ。」
楽しい食事が終わるとみんなはまた芝生の広場に戻った。
ピザでリフレッシュできたので集中力を保つことができ、クララは午前よりもはっきりとした形のある盾を作ることができた。
盾を作れるようになったクララとダグラスはお互いの盾をぶつけて壊し合い、どちらが強い盾を作れるか競った。
ガッシュワット先生に言わせると、こうすることでより強い盾を作れるようになるらしい。
最初は盾をぶつけてようとして、杖を動かしただけで壊れてしまったが、しまいにはどれだけぶつけ合ってもどちらも壊れないほど、強い盾を作ることができるようになった。
レーナは、午後の訓練を始めてすぐに杖から光を出すことができた。
ガッシュワット先生の分かりやすい指導もあって、レーナは盾を作る腕をぐんぐん上げ、遅れを取り戻した。
ザカリーは、杖から出た光を盾の形にするまでに時間がかかった。
しかし、一度盾の形を作ることが出来るようになったら、それを強くするのはとても早かった。
クララとダグラスは、ザカリーが盾の壊し合いに加わったとき、なかなかザカリーの盾が壊れないので驚いたものだった。
「全員が盾を作れたことだし、今日はもう終わりにしよう。みんなよく頑張ったぞ。」
みんなが上達したところで先生は言った。
四人ともまだ訓練を続けたかったが、あまり訓練を長く続けると体によくないと言って聞き入れてくれなかった。
それでも四人が訓練を続けたいと主張するから、先生はみんなを追い返すように帰らせなくてはならなかった。
一日の終わりに、クララはベッドに疲れた体を横たえた。
部屋の天井を眺めながら、クララは今日あったことを思い返した。
朝、罰則を受けるのが嫌で起きるのが面倒くさかったのが随分前のことに感じられる。
今日もスティーブンにシャトー・カルーゼルのことを話すことはできなかった。
クララはもう、シャトー・カルーゼルのことを秘密にしたくはなかった。
シャトー・カルーゼルで自分が体験したことを全部スティーブンに話したかったのだ。
そこでの喜びや興奮を誰かと分かち合いたかった。
雲の上の世界では友達ができたが、地上では、学校に通っていない今、クララはとても孤独だった。
実の父親にこれほど大切なことを隠しておくのも辛かった。
いつまでもシャトー・カルーゼルのことを話せない自分が嫌になった。
せっかく楽しい一日を過ごしたのに、クララはなぜかとても虚しくなった。
そんな複雑な思いを抱えながらも、くたくたに疲れたクララはすぐに眠ってしまった。
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