6. クラブ活動見学

「ねえ、クララはどのクラブを見学したい?」


「うーん、どうしようかしら。」


 今は昼休み。

クララとレーナはカフェテリアのテーブルにクラブ活動のリストを広げ、どのクラブを見学するか考えていた。

 向かいの席では、ザカリーとダグラスが二人と同じようなやり取りをしている。

クラブ活動のリストはこんな感じだった。


《クラブ活動リスト》

・ フェンシング・クラブ

・ アーチェリー・クラブ

・ 馬術クラブ

・ 槍投げクラブ

・ オーケストラ・クラブ

・ バレエ・クラブ

・ オペラ・クラブ

・ 楽器クラブ

・ パーティー・クラブ

・ 演劇クラブ

・ 絵画クラブ

・ 彫刻クラブ

・ 小説クラブ

・ ポエム・クラブ

・ 薬草クラブ

・ 自由研究クラブ


「私は、アーチェリー・クラブと、楽器クラブ、あとはパーティー・クラブが気になるかな。」


レーナが言った。


「いいね。印をつけておきましょう。私は……、そうだなぁ、小説クラブを見学してみたいわ。」


 正直なところ、小説クラブに入りたいわけではなかった。

だが、せっかくだからクラブ活動はやってみたい。


「それだけ?」


「うーん、だって他に気になるクラブもないし……。」


「バレエ・クラブは見なくていいの?バレエ、習ってたんでしょ?」


「そうだけど……」


 確かに、レーナの言うとおり、バレエ・クラブを見学したいとも少し思った。

だが、最後にバレエを踊ったのは、もう1年以上前のことになる。きっと体がなまっているだろう。

 それに、またバレエをやめることになったら耐えられない。

前にバレエをやめたときは、翼を失った鳥のような気分だった。

とてつもなく空しくて、とてつもなく悲しかった。

もう一度そんな経験をしたら、クララは胸が張り裂けてしまうと思った。


「本当は、見学したいと思ってるんでしょ?見学したからって入部しなきゃいけないわけじゃないんだし、とりあえず行ってみようよ。それに、私だって見てみたいと思うもの。バレエって綺麗だから。」


 レーナに言われて、クララはうなずくしかなかった。

だが、本当はレーナに感謝していた。

もし自分一人だったら、決してもう一度バレエを見る勇気がなくて、見学しようとは思わなかっただろう。



 リーン、リーン、リーン……


 授業終了のベルが鳴って、生徒たちは一斉に教室の外に出た。

六時間目の授業が終わったのだ。

 午後の授業は、数学と夢占いだった。

 数学は普通の数学だ。

シャトー・カルーゼルでは、夢を作るための勉強だけでなく、地上の学校で教えてもらうはずの勉強もちゃんとする。

 ただし、そういった授業は普段は1、2、3時間目にしかない。それ以降はフェレーヴェルの勉強に使うのだ。

 だから、授業が進むスピードは地上の学校の二倍。

今日は初めての授業だったが、クララは授業について行くのが大変だった。

 もっとも、それはまだいい方で、クラス・ジョーヌの生徒の中には、授業の内容を理解するのを放棄した生徒さえいた。

 夢占いと聞けば、自分が見た夢を占うものだと考えるだろうが、フェレーヴェルにとってはそうではない。

 夢占いはどんな夢を届けるべきか占う授業なのだ。

さらに、普通の夢占いと違って、授業で教えられる夢占いはかなりの確率で当たるらしい。

 クララは最初、そんなことを信じていなかったが、夢占いの先生がレーナの好きな食べ物を占いで当ててしまったから、占いは当たるものだと思わざるを得なかった。   

 クララは改めて、地上の常識は雲の上の世界では通用しないのだと思い知らされた。


 「最初はどこに行く?」


「うーん。部室の場所から考えると、パーティー・クラブが一番よさそうね。その後はバレエ・クラブで、次がアーチェリー・クラブ、それから小説クラブ、楽器クラブの順番かな?」


レーナは、クラブのリストと学校の地図を見比べながら言った。


「そうね。じゃあ、早速パーティー・クラブを見学しに行きましょう!」


 クララはなぜか、急にワクワクしてきた。

地上の学校では、委員会には入っていたものの、クラブ活動はやったことがなかったのだ。


「超高速の数学と、怖いぐらい当たる夢占いの後に、よくそんなにテンションが上がるわね。」


レーナはクララの様子を見て笑った。


 パーティー・クラブの部室はイスト・エルの端にある塔の中にあった。

またイスト・エルに入る気にはなれなかったので、二人は塔の外側にある螺旋階段を使うことにした。

 アプロンドル・バティモンを一度出なければならないが、イスト・エルを通らないですむ。

  螺旋階段を登ってパーティー・クラブの部室に着くと、香水とケーキの甘い香りが二人を迎えた。

 部屋に入ったクララは18世紀のヴェルサイユ宮殿にでも迷い込んだような気分だった。

 そこでは、部員たちがドレスやマントで豪勢に着飾り、上品に紅茶をすすっている。今はティーパーティーを開いているところのようだった。


「見学の子たちね。どう、パーティー・クラブは?このクラブでは、ティーパーティーや舞踏会だけでなく、現代的なクリスマスパーティーやちょっとした誕生日パーティーなんかもやるのよ。大きなパーティーのときは、部員以外の生徒もパーティーに参加できることがあるの。それから、紳士や貴婦人の礼儀作法や、当時の風習なんかも勉強して、かなり本格的なパーティーを開くこともあるわ。」


顧問の先生が説明してくれた。


 「何だかよさそうね、クララ。私、このクラブに入ろうかしら。」


レーナが言った。


「私もそう思ったんだけど、ちょっと部費が高すぎるわ。」


クララは部室の壁に貼ってあるポスターを示した。

 残念ながら、クラブ活動のための資金は、シャトー・カルーゼルへの寄付金では賄ってもらえない。

 だから、クラブに入った生徒は、クラブごとに異なる部費を払わなければいけない。


「25ラッター?ラッターってどれくらいだったっけ?」


 レーナが言った。

 雲の上の世界では、地上のとは違ったお金の単位が使われる。

 今日、数学の時間に先生が雲の上の世界のお金の価値について教えてくれた。

 雲の上の世界には三つのお金があって、1ラッターが20ペルク、1ペルクが250メヌイとなっている。


「大体、1250ドルくらいかしら?」


 クララはパッと計算した。


「じゃあ、1250ポンドくらいってこと?!それはさすがに高いわね。」


 レーナは小声で言い、首を振った。



「25ラッター?!たったそれだけ?!」


 聞こえよがしに大きな声がした。

予想通り、メグ・スチュアートがポスターを見ていた。


「25ラッターって1000ドルとちょっとじゃないの。こんなに贅沢なクラブなのに部費は安いのね。気に入ったわ。私、入部しまーす!」


「勘弁して。」


 レーナは早くも部室を出ていこうとしている。

クララにもそれが最善に思えた。 

 ということで、二人は速やかにパーティー・クラブの部室を出た。


 二人は塔の外側にある螺旋階段を上った。

次はバレエ・クラブに行く予定だ。

そして、バレエ・クラブの部室はパーティー・クラブの部室のすぐ上にある。

 螺旋階段を上っていると、聞き覚えのあるバレエのレッスン曲が聞こえてきた。

クララはそのあまりの懐かしさに、いてもたってもいられなくなり、螺旋階段を駆け上った。

 幼い頃からバレエを習っていたクララにとって、バレエのレッスン曲はとても馴染み深いものだった。

 以前はこの曲を聞くと、不思議と落ち着くことができたものだ。

 バレエ・クラブのスタジオでは、部員たちがセンター・レッスン(バーを使わないレッスン)をしているところだった。


 華麗に舞うバレリーナたちを見た瞬間、クララは心臓を射抜かれたかと思った。

レーナが何か言ったような気がするが分からない。

 クララの脳裏には、美しく優雅に回るバレリーナだけが、スローモーションでくっきりと映し出されていた。

 クララは長い間忘れていた、いや、忘れようとしていたあの情熱が一気に蘇ってくるのを感じた。


 ―ずっと出来なかった技が出来るようになって、自分が上達したことを知るあの喜び。


―汗にまみれ、足がもつれそうになっても踊り続けるあの苦しみ。


―そして、頭のてっぺんから足の先まですき間なく意識を張り巡らせて踊るときのあの胸の高鳴り……


 クララはやっと知った。自分とバレエを切り離すことはできないということを。バレエを諦めようとしていたのは大きな間違いだったことを。

 バレエ・クラブを見学し終わったあとも、クラブ活動見学は続けた。

だが、クララの心は何を見ても変わらなかった。


 もう一度バレエを踊ってみせる


クララはそう心に決めていたのだ。

 もちろん、バレエ・クラブの部費は安くはないし、他にも揃えるものがたくさんある。

 だが、何があろうとバレエを諦める気はなかった。

 

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