4. 鎧
2人が隣の教室に入ると、またもや思いがけないことが起こった。
その教室にいたクラス・ジョーヌの生徒は、たったの二人だった。
一人は小柄で青白い顔の男の子。もう一人は背の高いアフリカ系の男の子だ。
「ザカリー!ダグラス!」
そう、その二人の生徒とは、紛れもなくザカリーとダグラスだ。
「何でここにいるの?みんなはどこなの?」
クララの質問に対し、ザカリーは肩をすくめた。
「ちょっと気になったから入って見たんだ。みんながどこにいるかは知らない。」
クララとレーナは呆れて顔を見合わせた。
「男の子って何ておバカさんなの!」
「おっと、いっしょくたにしないでくれよ。俺は半分(ってかほとんど)強制的にここに連れてこられたんだぞ。」
ダグラスが抗議する。
「どっちだって大して変わんないわよ!」
クララは怒った。
「俺たちだって、君たちに邪魔されるのは不本意なんだ。なあ、ダグラス?それより、せっかく抜け出したんだから楽しもうぜ?」
ザカリーは、その教室にある色々な物をいじり始めた。
そこは机も椅子もない教室で、中央に丸テーブルがあり、見たこともない物たちが雑然と積み上げられている。
「おい、これ見ろよ。超カッコイイぜ。」
ザカリーは教室の奥の鎧を眺めた。
上から下まで一式揃った立派な銀の鎧で、手には剣を握っている。
ザカリーはその鎧にそっと触れた。
そのときだ。
急に鎧が動いて、みんなが事態に気づく間もなくザカリーを捕まえてしまった。
残りの三人は、驚きと恐怖のあまり動けなくなった。
みるみるうちに鎧はザカリーを羽交い締めにし、彼を潰そうとし始めた。
「キャー!」
レーナがそれを見て悲鳴を上げ、
「助けてくれー!」
ザカリーが叫んだ。
最初に行動を起こしたのはダグラスだった。
「レーナ、ザカリーに声をかけてやってくれ。できるだけ安心させてやるんだ。こういう時は暴れない方がいい。」
ダグラスはまず、レーナに言った。
「う、うん。」
レーナはびくびくしながら鎧に近づいた。
「君が落ち着いていないとザカリーも安心できないぞ。」
それから、ダグラスはクララにも指示を出した。
「クララ、何か丈夫そうな棒を探してくれ。テコにして鎧の腕を動かすんだ。さあ、早く動いて。鎧がザカリーを締める力がどんどん強くなってる。」
彼の言うとおり、鎧はギシギシと恐ろしい音を立てながら、ザカリーをだんだん強く締め上げていく。
ザカリーは苦しそうなうめき声を漏らした。
「分かった。」
クララは素早く答えると、パッと辺りを見回して、鎧が握っている剣に目を止めた。
「あれは?」
ダグラスに聞くと、彼は、
「いいね。問題はどうやってあれを取るかだな。」
と、言った。
一方、レーナはザカリーを安心させようと頑張っている。
「大丈夫よ、ザカリー。すぐに助けてあげるから。暴れちゃダメよ。」
レーナはそう言ってザカリーを羽交い締めにしている鎧の腕に触った。
その途端、再び鎧が動いて、レーナのことも捕まえようとした。
レーナは慌てて飛びのいた。幸い、レーナに危害は及ばなかった。
それを見たクララはあることを思いついた。
クララがダグラスとレーナにその作戦を話すと、二人はそれを実行しようと言った。素早く役割を決め、三人は早速それぞれの仕事に取り掛かった。
クララは丸テーブルにおいてあった箱を持ってきた。
箱の中には毒々しい黄緑色のボールがたくさん入っている。
普段なら、そういう色の物は触るのがためらわれるのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
クララは次々とボールを取って鎧に投げつけた。
投げると、ボールは割れて、中に入っている嫌な臭いの液体がこぼれてくる。
実は、鎧が二回目に動いたとき、クララは鎧が動くタイミングの法則に気が付いたのだ。
鎧は何かに触れると反応して、触れた物を捕まえようとするらしい。
だから、ボールを投げつければ鎧の気をそらすことができると思ったのだ。
クララの考えは間違っていなかったようだ。
ボールを投げつけられた鎧はボールを捕まえようとして、ザカリーを羽交い締めにする力を緩めた。
それでも、まだザカリーが鎧から抜けだすことはできない。が、それは想定内だ。
クララがボールを投げると同時にレーナとダグラスはそれぞれ、反対方向から鎧に近づいた。
鎧の力が緩んだところでレーナが、鎧が持っている剣を抜き、ダグラスにそれを投げて渡す。
剣を受け取ったダグラスは、鎧の気がそれている間に、テコの原理で鎧のザカリーと鎧の間にすき間を作った。
もちろん、その間もクララはボールを投げ続ける。
すき間ができたところでレーナがザカリーを引っ張って、ザカリーはようやく鎧から解放された。
クララがボールを投げるのをやめると、鎧は自然と元の姿勢に戻った。
「大丈夫、ザカリー?」
レーナが心配そうに言った。
「胸が締めつけられる気分だ。」
ザカリーは言った。それを聞いてみんなは大笑いした。
しかし、息をつく暇もなく、新たな災難が訪れた。
教室の入り口に、先生が姿を現したのだ。
厳しそうな顔をした白髪の老人だが、その何とも言えない雰囲気から、彼がシャトー・カルーゼルの教師であるとは明白だった。
先生はただでさえ厳しそうな顔をさらにしかめて、教室を見回している。
教室はと言えば、あちこちに割れた黄緑色のボールの残骸が転がっているし、ボールに当たったせいで、棚に並んでいた物がほとんど床に落ちている。
そして、クララは手を、レーナとダグラスは足元を、ザカリーは全身を、ボールの中のドロドロで汚している。
おまけに、ボールの中身と、棚にあった薬瓶の中身が混じって、教室には吐き気をもよおす程の悪臭が満ちていた。
「君たちの名前を教えてくれるかな?」
先生はしわがれ声で言った。みんなはそれぞれ、自分の名前を言った。
「君たちは、コンバチェッサーの訓練を受講している生徒かね?」
こんばちぇっさー?
クララはそれが何のことなのかよく分からなかった。
恐らく、他の三人も同じことを考えていただろう。
それなのに、ザカリーは、
「そうです。」
と答えた。クララは慌てて、
「違います!」
と言った。
先生はザカリーとクララの顔を見比べて、どちらを信用するべきか迷っていたようだが、結局クララを信用することにしたらしい。
先生はクララの方を向いて言った。
「コンバチェッサーの訓練を受けないのなら、なぜここにいるんだね?」
「私たちは違います。みんなとはぐれちゃって、間違ってここに来たんです。」
とクララが答え、
「学校探検の最中に、ちょっと気になったから来てみたんです。」
とザカリーが答えた。
「君には聞いとらん。」
先生はザカリーに向かってぴしゃりと言った。
「それで、君たちが来た時から、この教室はこんな風だったのかね?」
先生は問い詰めるような口調で言った。
クララは何と答えたらいいのか分からなくて戸惑った。
クララは今まで、どちらかというと優等生タイプだったから、こうやって罪を問われた経験がなかったのだ。
結局、クララは自分の直感に従って本当のことを言うことにした。
ただし、他の三人の印象が悪くならないように、話し方には気をつけた。
「いいえ。この教室がぐちゃぐちゃになったのは私のせいです。私がボールを投げたんです。ごめんなさい。」
先生はそれを聞いてさらに顔をしかめた。
「ミス・ブルックと言ったかな?君にこの学校のルールを教えてやろう。そもそも一年生はイスト・エルに来てはいけないし、勝手に教室に入るのも許されていない。ボールを投げて貴重な薬品をこぼし、大切な書類をバラバラにしてはいけないことは言うまでもない。そして、こういうことをした生徒は当然、罰則を受けねばならん。」
「それは違う!」
急にザカリーが口を挟んできた。
ザカリー、お願いだから、これ以上私の立場を悪くしないで
クララは心の中でそう願った。
ところが、ザカリーが次に言ったことは予想外のことだった。
「クララは悪くない。悪いのは俺です。俺が勝手に鎧に触ったのがいけなかったんだ。信じられないかもしれないけど、あの鎧は動くんです。俺が触ったせいで鎧が動いて俺を捕まえたんだ。それで、俺が助けてくれって言ったから、クララとレーナとダグラスが助けてくれた。クララがボールを投げたのは鎧の気をそらすためだったんだ。だから、クララだけを責めないでください。」
続けて、ダグラスも言った。
「ボールを投げるアイデアには俺も賛成しました。だから、俺にも責任があります。」
もちろん、レーナだって黙ってはいない。
「私も賛成しました。クララだけに罰則を与えるのは間違っています。むしろ、クララは褒められるべきなんです。私はパニックで何も出来なかったけど、クララはすぐにザカリーを助けようと作戦を立てました。」
クララはみんなの言葉に心が温まるのを感じた。
先生はしばらく、四人の顔を見回した。
みんなの言っていることを信じたのか、信じていないのか、怒っているのか、いないのか、その表情からは何も読み取れない。
心臓の音が聞こえそうなくらいの沈黙の後、先生は言った。
「明日の8時に、シャトー・カルーゼルの中庭に来なさい。四人ともだ。それから、アプロンドル・バティモンを出てすぐのところで、スターヴィリック先生とクラス・ジョーヌの生徒たちが見つかるだろう。」
先生はそれだけ言うと、教室を出て言った。
「とにかく、大変なことになっちまったな。」
ダグラスが言った。
「明日って、土曜日じゃないか!罰則を受けるためにわざわざ土曜日に学校に来なきゃいけないなんて最悪だよ。」
ザカリーが言った。
「これだけですんでラッキーだったじゃない。もっと悪い事態になってた可能性だってあったもの。それに、真新しい制服をボールの中身で滅茶苦茶にすることだけは免れたわ。少なくとも、私とクララとダグラスはね。」
レーナはちらりと、全身をボールの中身でぐちゃぐちゃにしたザカリーを見た。
彼は鎧に捕まっていたから、もろにボールの中身を浴びてしまったのだ。
「みんな、私をかばってくれてありがとう。それとダグラス、あの対応の速さにはびっくりだわ。あなたがいなかったらザカリーは今頃ペシャンコね。」
クララの言葉に、ダグラスは照れたように頭をかいた。
「そうかい?俺は父さんが消防士だから、事故があった時の対応とか、ちょっと知ってるんだ。さすがに鎧と戦う方法は知らなかったけどね。」
「それより、学校探検に戻ろうぜ。」
ザカリーはもし鎧に潰されていたらと想像してしまったのか、身震いした。
クララ、レーナ、ダグラスはその様子を見て笑いながら、ザカリーは顔を赤くしながら、四人はイスト・エルを後にした。
明日、どんな罰則が待っているのかは分からないが、この四人が集まればどんなことでも乗り切れる。
クララはそう思った。
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