第二章 人形達の舞踏会

第8話 一人称(1)

 太陽が上がりかけ、まだ闇が広がる、どこかの書籍しょせきで読んだ日の出前といった状況の中、私α1(アルファ・ワン)は同国の仲間と共にその目的地に集合する。

 ちなみに、私たちの属する国はN国と呼ばれ、過去に存在した日本という国のアルファベットの頭文字をとったものらしい。

 目的地はそのタツノオトシゴの頭部に当たる地域。もっとも北部の場所だ。

 ここは私たちが拠点を置いているところと同様の光景が広がっている。

 どの様な光景かと言うと、ボロボロで今にも倒壊しそうな高層の建物━高層ビル、とか言う名称がついているそうだ━がポツリポツリと並んでおり、その間を通る、整備もされていないアスファルトの道は、いくつも亀裂きれつが入り、汚水が中から飛び出している。

 その道の上にいくつも佇むのは、修理できそうにないボロボロの車たち。

 その道、いや周りの建物にも、名称のよくわからない物体にも、全体的に青くしげった雑草が包み込んでおり、辺り一面に見えるのは緑のみ。

 そんないつもの風景の中で行うのは、行なわされるのは、C国と呼ばれる国から派遣されてきた同類との戦い。

 前回と異なり、今回彼らは航空輸送によってここに運び込まれ、戦闘を行なわされるらしい。

 ちなみに前回は、私たちN国側がC国に向かい戦闘を行なわされた。

 

 輸送機の中で黙って移動する時間は相当に長く、僕にとっては退屈だった。

 本でも読めればいいのだが、他星から体の制御を奪われると眼球のみを自由に動かすことしかできなくなり、手など本を読むために必要な器官は操作不能になる。

 隣に座っている同類と話でもできればいいのだが、前述の通り口も動かすことが不可能、それすらもできない。

 仕方なくあたしは、今読んでる本を・・・っていうか、この世界にこのN国に残っていた本なんてわずかしかないんだけど、それをひたすら思考までは制御できなかったのだろう脳に思い浮かべて読んでいる。

 ちなみにその本というのは、何百年前に存在したという二人の神についてのものだ。

 今、私たちの手元にある本の3分の2が神がらみ思想がらみのものばかり。

 他の同属の本にはまるで雲の上にいるような、神聖な生き物だったり能力が出てくる。

 それが何とも胡散臭うさんくさい。

 だが、この本に関しては別物で、なんというか俺たちと近しく感じる何かがある。

 いや、近しく感じるというのとは異なり・・・

 という風に、輸送機の中の暇な時間をその時その時に読んでいる本の内容を思い浮かべ、考察しながら過ごしている。

 今日も同様のことをしようとしたが、その前に共に乗っている同類の顔を、どんな表情をしているのかが気になり、ふと見てしまった。

 表情において誰も変わらないその姿を。

 だが、その瞳に浮かぶ感情は三者三様。

 ちんはそこから彼らの感情を読み取る。

 ウチを呼びにきてくれたβ3(ベータ・スリー)の目には、気合の色がこもっている。

 わしの次のナンバーを持つα2(アルファ・ツー)は、目を閉じ、仏教の書物に書いてあった瞑想めいそうの様なことをしている。

 いつもは明るく冗談を言ってあっしらを楽しませてくれるγ4(ガンマ・フォー)は、今にも泣きそうに瞳をうるませている。まあ、これまで90体以上死亡させた操縦者オペレータくのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 らの生殺与奪せいさつよだつの権利を持っているのは、われらではない。

 操縦者オペレータだ。

 ゆえ吾人ごじんらがこれから生き残るか死ぬかを決めるのは、彼ら操縦者オペレータの腕にかかっている。

 ちなみに今、生殺与奪の話をしたが、戦闘によって我や彼らが死んだ場合、どうなるのかを説明しておこうと思う。

 もし、小生しょうせいが死んだ場合は五号機以降━やつがれたちを乗せた輸送機は全部で七機あるのだ━の普段、生産プラントにおいて農作業を行う同種が新たにα《アルファ・ワン》1の称号を冠して、操縦者オペレータの支配下にはいるというシステムが取られている。

 まあ、予備として運ばれる彼らは一言で言えば、我らが消耗した場合の代替品だいたいひんという扱いになっている、ということだ。

 これは本で読んだ昔の人間とは違い、俺らの肉体の機構及び形容が全て同一であるがゆえに、成り立つものだ。

 だが、同時に以前の人間と同じように、我輩らの命も一つの体につき一つとなっている為、必要な措置ではあるだろう。

 不才ふさいは目線を正面に写し、再び先ほどまで読んでいた本の内容を思い浮かべた。

 これから何の抵抗もできずに処刑場に向かうのだから、γ4の様に自身に迫り来る死をなげいても仕方がない、という思いからだった。

 いや、それは少し違うか。

 己等おいら操縦オペレートする人間の腕が良いからこその、この安心感なのかもしれない。

 おいどんも、もし担当するのがγ4の様に下手へたくそな操縦オペレートをする操縦者オペレータだったとしたら、γ4の様に瞳をうるませていたかもしれない。

 処刑場に向かうのに、わえの命はある程度保障されている。その矛盾故に、おりゃあこうして本の内容を冷静に思い浮かべて、この何の面白みも無い遊覧飛行を退屈ながらも、リラックスし、楽しめているのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、私たちを黄泉よみの国へと運ぶ船は死処ししょ辿たどり着いた。

 この日の結果は、不肖ふしょうは生き残ることができたが、β3は3体死にγ4は8体死んだ。

 またいい感じに恩着せがましいのと、やかましいのが死んでしまった。

 俺様は拠点に到着すると再び、お気に入りの場所に戻り、読書を開始した。

 荒れ果てた地、あっしらの肉体━厳密には肉体では無いのだが、これ以外にふさわしく形容する単語がないのでそうしておく━が支配された世界。

 それはまさしく昔、有機的な肉体を保持していた人間が言った反理想的な暗黒世界そのもの。

 何かの小説で読んだディストピアと言われる様な世界でも、おらはこうして本を読んで過ごす。

 この時間が何よりも、娯楽のないこの世界において、わっちが見出した唯一の楽しみだからだ。

 その有意義な時間を、次の支配開始の時間までゆっくりと、孤独に楽しもうと思っていたのだが、そこに一人、いや一体と言うべきか・・・。

 ああ、もう面倒臭い。一人でいいや。

 が、近づいてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る