第5話 Br Bl Po (2)

「どう言うことだ?」

 菱田ヒシダは聞き返す。

「俺が単身で突っ込む。その散弾銃を寄越よこしてくれ」

「はあ!?マジで言ってんのか?」

 菱田は頓狂とんきょうな声を出した。

 それもそのはず、敵突撃銃部隊は確認しただけでも三十はいる上に、遠方に狙撃手スナイパーまで控えている。しかも、射手位置はいまだに特定されていない。

 その中を突っ込むのは、自殺行為以外の何物でもない。

「マジで言ってる」

 α1(アルファ・ワン)はβ3(ベータ・スリー)の方を向き、弾倉マガジンの交換を行いながら言った。その声にはこれまで何百回と行われてきたゲームの戦いで、戦死数一桁ひとけたという猛者もさの自信があふれていた。

「でもなあ、お前・・・」

「まあ見てろ。の神業を」

 α1にβ3から引き継いだ、散弾銃とショットシェルベルトを装備すると、片手には突撃銃アサルトライフル、もう一方の手には戦闘コンバットナイフという出立いでたちで敵のすきうかがう。

 菱田ひしだから見れば、突撃銃アサルトライフルの片手打ちなど照準が合わず反動リコイル制御も効かないため、敵に正確に着弾させることが事実上不可能。現実の世界だったら、腕が吹っ飛ぶ可能性もある。

 それゆえに、考えもしないほど無謀むぼうな戦術だった。

 だが、同時に男心くすぐられる戦術でもある、とも感じてはいたが。

 そうこうしている間に敵突撃銃アサルトライフル部隊の斉射せいしゃが終わり再装填リロードし始めた。

 相手は学生。部隊全員がいっぺんに弾切れになることの危険性など、軍人ではないため理解もしていない。

 孝徳はそれを好機と見て飛び出させた。

「行ってくる」

「ちょっ・・・おま」

 飛び出すと同時に飛んできた、一発の弾丸。それは先ほどの狙撃手スナイパーが放ったものだった。

 孝徳は操るα1の重心を低くさせ、地面をスライディングさせることにより回避し、そのまま敵群に突っ込んでいく。

 敵たちの多くは慌てて再装填リロードを行い、槓桿コッキングレバーを引くことができていない。そのままこちらに銃を向けて引き金を引いたとしても、撃つことなど不可能だ。

 α1はそのうちの一人のあご突撃銃アサルトライフル銃口マズルを当てると、引き金を引き、キルした。

 そして次々とリロードを終えることができていない敵兵に向かっていき、戦闘コンバットナイフで首を切り裂き突撃銃アサルトライフルで頭を吹き飛ばす。

 そのスピードは支援射撃を行う菱田には捉えることができないほど速い。

 一体どれほどの速度でキーボードを叩いていることやら。

「マジか・・・・速すぎるだろ」

 突撃銃アサルトライフルが弾切れになると、HOWA5.56を投げ捨て、敵兵の使用するAK-47を影のように黒く表示される敵死体から奪い取り、牽制けんせい射しつつ接近。

 これまた敵兵から奪い取った自動拳銃をゼロ距離で頭部に発砲、キルする。

 そうしているうちにα1は狙撃手スナイパーの死角に入ったのか、狙撃が止む。

 孝徳はα1を駆り、ついには彼らを全滅させた。

 菱田はその圧巻の光景に息を呑んだ。

「すげえ・・・さすが我が校の一位だぜ」

 しかし次の瞬間、菱田の画面がブラックアウトする。

 例の狙撃手にられたのだ。

「くそっ!悪いα1!」

 孝徳はその光景をチラリと見て舌打ちした。

「俺はこのまま最前線に出て戦車を強奪する!復活リスボーンしたらお前もこいよ!」

「了解!」

 ブラックアウトした画面から聞こえる孝徳の指示。それに応えると、復活リスボーン画面へと切り替わった。

「γ4(ガンマ・フォー)、狙撃手の位置が判明した。データを送るから殺せ」

 素早いタイピングで、戦闘を行いながらデータを和佳に送信する。

「了解・・・って2000ヤードも離れているじゃない!?無理よ、この距離で当てるの!」

「無理でもやれ!」

 和佳カズカは孝徳からの無茶振りにため息を一つはく。

「ほんっとにゲームになるといつもこうなんだから・・・」

 和佳はデータに記された位置をスコープでのぞく。そこには確かにボルトアクションライフルを構える狙撃手の姿があった。

 和佳は孝徳の情報取得の正確さに驚くとともに、照準をその小さい敵に合わせる。

 一般的にFPSの中では風の動きや、弾丸の重力により弾道が放物線状を描くことまでは再現されていないのだが、なぜかこのゲームではそこまで丁寧に再現されている。

「2キロ先の敵に当てるには・・・今・・・風速が南北にかけて7ノット・・・大体、軟風なんふうね・・」

 和佳は持ち前の数学力と知識で最適な弾道をはかっていく。

 スコープから見える位置を調節しながら、最適の場所に銃口を向ける。

「ここだわ・・・」

 和佳は算出した後、マウスの左クリックを押そうとするが、人差し指が寸前で止まる。

 もし外せば、こちらの位置が割れてしまう可能性がある。そうなった場合、打ち返されるのは必至ひっしで、それにより戦死すればさらに成績を落とすことになる。

「γ4、狙撃まだか!?」

 菱田からの声がヘッドホンに響く。

「俺が前線に出るためにはその地点を通るしかないんだ。早く撃ってくれ!」

 なんとも身勝手な。

 だが、それは仕方がないこととも言える。

 他の道筋ルートは、絶賛大規模交戦中で、通過するのには適していない。それならば、孝徳が道を開き、狙撃手が一人しかいないこのルートを通るのが最も確実で、相手の裏をかくことができるルートだ。

「今やってる・・・もうちょっと待って」

 菱田から「わかった」と一言飛ぶ。

 和佳はそれに対して一つ息を吐くと、照準を定め、もう一度左クリックしようとする。

「ええい!ままよ!」

 覚悟を決め、左クリック。放たれた弾丸は計算通り、敵狙撃手スナイパー頭部に吸い込まれていく。

 はずだった。

 敵狙撃手は何故なぜか上半身を動かし、γ4が放った弾丸をかわす。

「嘘!?なんで!?」

 敵狙撃手は、この付近に敵がいないことで、場所の移動を行おうとしていたのだ。その動作の一環で頭部を動かし、運良くも弾丸を避けたというわけである。

 敵狙撃手は、自身の後方に空いた弾痕をチラリと見たのち、γ4の方を向く。

「・・・ッ・・・!」

 スコープ越しではない、肉眼で捉えたように向き続ける。

 和佳は敵狙撃手のその動作に恐れおののき肩を跳ねさせる。

 しかし、すぐさま気を取り直し、慌ててボルトを引き、次弾装填の動作に移った。

 その一時の間の内に、γ4の持つライフルスコープが割られる。

「この一瞬のうちに、どうして!?」

 和佳がかけた時間よりも何倍も早く、弾道を換算し、狙撃を行なってきた。

 この狙撃手は、この画面の向こうにいる人間は間違いなく和佳の何倍も腕の立つ狙撃手だ。

 和佳の脳内が真っ白になる。

 このままでは、次で仕留められる。

 そう脳が危険信号を発する。これはただのゲームであるが、脳はまるで彼女が戦場にいるかの如く。

 ここで和佳が最もするべき行動は、γ4を後退させ、敵狙撃手の射線から外れることだった。

 だが、パニック状態になった彼女はそこまで頭が回らない。

『無理でもやれ!』

 孝徳の声がいきなりフラッシュバックするように脳内で再生される。

 和佳はその一言を思い出したことで、自身がやるべき最善の選択を見失い、γ4を前進させた。

 スコープのないその狙撃銃で、2000ヤード先の小さな点のような敵を見据みすえ、引き金を引く。

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