第26話 不思議①

「やあ、小嵐君。もう一度君の元気な姿を見れて嬉しいよ」


 創さんが笑顔で僕にそう言ってくる。そういえば、病院に入院してから今まで1回も会ってなかった……まあすんごい大企業の社長なんだから何回もそう会うこと自体がおかしいんだけどね?


「仕事はすべて部下に投げてきた!」

「いやダメでしょ!?」

「私の部下は優秀だから問題は無いさ。社長がいないと仕事が回らない状況こそが逆に危ないとは思わないかい小嵐君?」

「は、はぁ……そういうもんなんですか」


 まあ、私の自論だがね!はっはっはー、とかなりテンションが高い創さん。なんだかんだ言って西園寺さんの嫌疑が晴れて肩の荷が下りたんだろう、すっきりした表情をしている。


 そんななか、片岡さんがプロジェクターに自分のパソコンをセットしている。いや、なんか凄い焦ってUSBの差し込み口を表裏何回もミスってるんだけど……あるよねそういうこと、結局3回ぐらいミスするんだよ。


 なんかすごい可哀想なので僕は時間稼ぎも含めて創さんと雑談を続ける。がんばれ片岡さん!


「そ、そういえば!なんで西園寺さんが西城高校に!?」

「ん?私は西城高校にいないが?」

「あ、そういうボケは良いんで」

「ふむ、伊鈴が西城高校に行った理由は……ぶっちゃけ本人の希望だ」


 え?は?西園寺さんが西城高校に来ることを望んだ?そんなバカなぁ。まあ、それだけじゃないんだけどね、と創さんは話を続ける。


「私も考えていたんだ。今回の事件があったとき、片岡警部の様に一部の警察は認識を変えてくれたが全体としてはまだまだ『ダンジョンなんて存在しない』という考えが主流だ。そしてダンジョンで起こることは全てがイレギュラー……なにかダンジョン絡みで問題が起こったとき、また君たちは槍玉にあげられる可能性は高い」

「そんな……」

「そう悲観するな小嵐君、だからこそすぐに君たちを保護するために、1カ所に集まれる状態が理想だったんだよ」


 誰かに電話すれば、すぐに全員に伝わるようにね。そう創さんはいった……確かに、僕たちはまだ高校生で政治や情勢なんかは分かんない。


 対応が遅れて危ない目に遭うなんて事は二度とごめんだ……その考えを創さんはくみ取っていたのか、事前に1カ所に集まれる場所、すなわち西城高校に西園寺さんを転校させたというのが今回の西園寺さんの転校の真実だった。


「伊鈴がてっきり話していたと思ったんだけど……」

「あ……その、ずっとクラスメイト達に囲まれていて話しかける隙が無かったと言いますか」

「はっはっは!伊鈴は親目線を抜きにしても美人だからな!どうせ男子生徒達からの人気も凄かっただろう?」


 まあ、不埒なことをする輩が現れたなら私が西園寺グループ全てを使ってでもブチ殺してやるがな……?と殺気を漏らす創さん。あの、ちょっと、ゴブリンよりも殺気が強いんですけど創さん!?


 でも少し、気が楽になった。ずっとダンジョンに行くことを考えて肩肘を張っていたのが分かる……僕の肩の力が抜けた感覚があった。

 そんな時、片岡さんがパソコンのセッティングを終える。結局片岡さんは何をプロジェクターで見せたいんだろう?


「準備が終わりました!」

「よし、では片岡警部。始めてくれ」

「はい!」


 こうして始まったのは……片岡さんによるプレゼンテーションだった。まずどういった経緯で僕がもう一度ダンジョンに潜ることになったのか、そして僕がダンジョンでやってほしい目的の説明。


 遺品を回収することで、映像だけで無く物的証拠を揃えて事実を被害者団体に突きつけるとのこと。ちゃんと鑑識にもその遺品を鑑定してもらい、人が関与していない事を証明した上で完全に僕たちの関与の否定を行う……とのことだ。


 そして次に、警察のバックアップの話。どういった装備を持たせ、どういったサポートをするのか?それを事細かに創さんに話している片岡さん。


 僕は詳しいことは何も分からなかったから黙って聞いてるだけになっちゃったけど、代わりに創さんがズバズバと片岡さんに質問を投げかけている。


「今の警察なら装備のグレードをそこから2段階は上げられるはずだ、何故それにしない?」

「『ダンジョン課』に振り分けられる予算の都合上ここまでが限界でして……」

「チッ……私の方から援助としていくらか流す。それでグレードを上げるんだ」

「わ、分かりました!それで……」


 次々と決まっていく事柄に目を白黒させる僕。いや……まだ僕行くかどうか決めてないんだけど?


 混乱している僕を余所に、片岡さんのプレゼンテーションが終わった。難しい顔をして顎に手を添えている創さん……あ、西園寺さんが考えているときの癖だ。


 無言の時間が流れる。片岡さんもそわそわしながら創さんの言葉を待っていた……創さんは少し考えた後、僕に質問を投げかけてくる。


「結局、小嵐君がダンジョンに行きたいかどうかだ。君は、もう一度行っても良いと、思っているかい?」

「え……と。最初は、思ってたんですけど。警察署で被害者団体の人達に会ってケンカしちゃって、今はどうしようか、決められてない状態です」

「ケンカ?」

「そこは私から」


 ケンカというワードに反応した創さんに、片岡さんがさっき警察署であったことを創さんに聞かせる。創さんは全てを聞き終えると、僕に向かって頭を下げた!?


「すまない、酷な質問をしてしまったね。君がそんなにも思い詰めていたとは……気が変わったよ。君をダンジョンには行かせない、絶対に」

「……え?」

「最初は完全に容疑を晴らすことこそが君たちの安全になると考えていたが、君の遭った境遇を考えるとこれ以上ダンジョンに行かせるのは小嵐君自身の精神が危ない」


 そもそも、遺品を持って帰っても彼らが受け入れるとは思えない……だったら意味の無いリスクなど、負う必要も無い。そう話を締めくくる創さんは、僕を本気で心配してくれているようだった。


 僕は迷う。本当に創さんの言ったように、何もしないで良いのだろうか……?それで僕は、良いのだろうか?


 結局ダンジョンに行きたくないのって、僕が行きたくないって気持ちなだけで……ダンジョンに行けば何かしら進展があるわけで。

 僕は気持ちを優先して、やらなきゃいけない事から逃避しようとしているんじゃないか……?


「僕は、えっと……大丈夫ですから。遺品を回収するだけなら、僕は行きますよ」

「ほら、やっぱり言ったでしょ?おにーちゃんは絶対にダンジョンに行くって」


 僕がダンジョンに行くと言った次の瞬間、会議室の扉が開いて瑠璃が入ってくる。え?なんでいきなり?しかも瑠璃の後ろから西園寺さんや美咲さんまで!?


「瑠璃!?どうしてここに!?」

「伊鈴さんが会社の人におにーちゃんと警察の人が来たって聞いたから、私達は急いできたんだよ!」

「全く……あなたという人は、どこまで優しくあろうとするのですか小嵐さん?」


 呆れた目をして西園寺さんが僕の方を見てくる。いや、瑠璃さんの言っていたことを考えるとそうじゃないんでしたよね……と今度は哀れみの目を向けてくる西園寺さん。目だけで感情伝えてくるの凄すぎません!?


 創さんもここに西園寺さん達が来るのが予想外だったのか固まっている。そんな中、瑠璃達がつかつかと僕の方に詰め寄ってきた!?


「おにーちゃん、あのね?取りあえず正座しよっか?」

「え?いや……」

「正座」

「い、椅子もあるし座らない?」

「せ・い・ざ」

「正座、します……」


 有無も言わさず床に正座を強要する我が妹。西園寺さんも美咲さんもそれが当然だというように座った目をしながら僕の方を見ている。いや、あの……


「はぁ……なんでおにーちゃんは全部一人で決めようとしちゃうの?」

「いやね?瑠璃……」

「今お説教中なの!おにーちゃんは黙って聞く!」

「はいぃ!」

「ねぇ、なんであーしらに相談とかしてくれないの?そんなにあーしら信用無い?」

「そうですよ小嵐さん。昼頃からずっと何かを思い詰めたような顔をして、奈々さんの呼びかけも聞こえずに」


 あ、誰か呼んでいたような気がしていたけどあれ美咲さんだったんだ……僕を取り囲んで三人は口々に僕にお説教してくる。


「あなたが他人を巻き込みたくないという気持ちは十分に伝わっていますが、もっと他人を頼りなさい」

「そうだよ!あーしらを大事にしてもらってるのは分かるけどさ、それでヒイロが死んじゃったら意味ないじゃん!」

「そもそも被害者団体にあんな目に遭わせられて、それでも『何とかしなきゃ』って気持ちになってるのがもうダメ!おにーちゃんのアホ!」


 うっ、痛いところを的確に突いてくる。確かに僕は西園寺さんや美咲さんは家族から大事に思われているんだから巻き込んじゃいけないって思って、それでずっと一人で考えちゃって……いつのまにか自分は孤独だと勘違いしていた。


 自分だけが何とかしないとって一人で全部抱え込んでいたのかもしれない。でも仕方ないじゃ無いか、


「そうだね、ごめん。今度はちゃんと、相談するよ」


 僕はそう言って申し訳なさそうに笑う。嘘だ、相談なんかするつもりなんてない。瑠璃達を安心させて、その後でもう一度片岡さんと話し合わないと……


「嘘ね」

「嘘だ」

「あ、おにーちゃん嘘ついてる!」


 でも、彼女たちは僕の薄っぺらい嘘をいとも簡単に見破ってきた。マジ?


「本当に申し訳ない気持ちがあるのなら、普段の小嵐さんならよ」

「あーし……それ、嫌い。いっぱいいっぱいなのに、無理して笑ってるヒイロは凄い見てて痛々しい」

「おにーちゃん、いい加減にしないとキレるよ?」


 三人から凄まじい怒気が溢れてる。僕はそこからみっちり1時間彼女たちにお説教された。西園寺さんからは切々と、美咲さんからは泣きながら、瑠璃からは実際に頬を叩かれながら。


 どれも心に来るお説教だったけど、美咲さんが泣かれるのが一番辛かったよ……

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