第23話 犠牲②

《美咲奈々視点》


 あーしのクラスにイスズが転校してきた。もうクラスのみんなはワーキャーと大騒ぎ、まあ気持ちは分かるけど。あーしみたいな女から見ても、イスズの可愛さは一線を画しているしね……


 そんで、今はお昼ご飯の時間。あーしは友達に断ってイスズとノノあーしの妹と瑠璃ちゃんの4人で集まり、屋上で仲良く弁当を広げていた。


「ふぅ……流石に疲れました」

「イスズ、大人気だったもんねぇ~。あーしも捌いていくの疲れたよぉ」

「おねぇちゃん、大丈夫だった?」


 ノノが心配してくれてる!やーん、可愛い~!!くりっとしたお目々と軽くウェーブのかかった栗色の髪が、とってもゆるふわ系なイメージを醸し出していて超、最高!


「心配してくれてありがとうノノ~!やっぱりあーしの妹可愛い、写真10枚ぐらい撮って良い!?」

「奈々さん、おにーちゃんと同じこと言ってるよ……」


 瑠璃ちゃんがため息をつく。えぇ!?あ、あーしがヒイロと似たもの同士!?そ、それって良好な夫婦関係の……!

 思わず顔が熱くなる、ホント……どうしちゃったんだろあーし……


 思い返すのは今日一日のヒイロの事。イスズが転校してきた事に驚いているのを見てサプライズが大成功して嬉しかったし、イスズに話しかけたそうにしていたヒイロを見てるとモヤモヤした。


 休み時間にイスズが囲まれている横でさっさと移動したヒイロの後ろ姿を見てちょっと安心しちゃったのはナイショ。


 はぁ……なーんでヒイロの事好きになっちゃったんだろう?いや、色々とピンチだったあーしをかっこよく助けてくれたけどさ……他にもあーしら家族が危ない目に遭いそうな時に、文字通り命を賭けてまで守ってくれたし。


 見た目はただのフツメンで髪はボサボサだし、あーしが近付くとすぐきょどる典型的な陰キャ。あーしみたいな女子は、本来はヒイロに見向きもしないと思う。

 でも、一度ひとたび決意を固めた時のヒイロは本当にかっこよくて……頼もしくて……


 あーあー!止め止め!頭を振って顔に集まった熱を逃がす。呆れた目で瑠璃ちゃんが見てくるけど、きっと気のせい!あーしらは弁当を食べながら雑談をする。


「小嵐さんと結局、話す機会がありませんでした……」

「ヒイロも一緒に食べに来れば良かったのにねぇ~」

「おにーちゃんなら……ほら、こんな有様ですよ」


 瑠璃ちゃんがスマホを操作して私達に画面を見せてくる。そこには……


『おにーちゃん、私達とご飯食べなーい?』

『私達って?』

『私と希乃ちゃんと奈々さんと伊鈴さん』

『殺す気か?』


 こんなメッセージのやりとりがあった。もう、ヒイロって本当に女の子と接するの苦手だよねぇ。こんなんじゃデートの一つも……って違う違う!あーしってばすぐそっちの方に意識が行っちゃうんだから!


「いっそのこと、みんなでヒイロのとこ行っちゃう?」

「え?おにーちゃんがいつもご飯を食べてる場所知ってるんですか?」

「え?瑠璃ちゃん聞いたこと無いの?」

「はい……」


 あーしも記憶を掘り返してみるが、ヒイロが教室とか食堂でお昼ご飯を食べている所を見たことが無い。いや、今まで気にしてなかったから居たのかもしれないケド。


「仮に教室で食べていた場合、私はすぐに囲まれてしまいますし……」

「あ……西園寺さん、有名だもん、ね。私のクラスでも、噂になってたよ」

「そーそー。希乃ちゃんと喋ってたら声のうるさい男子が『美人な先輩が転校してきたああああ!』って叫んでました」

「美人ともてはやされるのは悪い気はしませんが……やはり、物珍しさからくる注目でしょう」


 私からすればみなさんも私以上に魅力的ですしね、と微笑むイスズ。その微笑む姿が絵になりそうなぐらい芸術的な時点で、あーしの方が魅力的って思うのは無理かなぁ……


「うっ!凄い破壊力。おにーちゃん、よく伊鈴さんとまともに喋れたね……」

「綺麗……すごい、美人さんだぁ」


 ノノも瑠璃ちゃんもイスズの笑顔にノックアウト。仕方ないね、うんうん。あ……イスズが照れた顔してる。


「し、知らない人よりも親しい人から面と向かって言われると……その、こそばゆいと言いますか何と言いますか。あまりからかわないで下さい!」


 距離も感じてしまいますし……と顔を赤くして必死に言ってるイスズ。あーダメだこれ、深窓の令嬢が親しげにあーしら平民に語りかけてくる感覚って言うの?こう、イスズと話しているだけで特別感が湧いてくる。


 そういや今までイスズが同年代の子と話しているところって瑠璃ちゃん、ヒイロ以外に見たこと無かったっけ。瑠璃ちゃんはすぐに親しくなって距離を詰める事が出来るコミュ力のオバケだし、逆にヒイロはイスズと会話する時があんまなかったし……


 今日イスズが転校してきてクラスメイトとお話をしているのを見てきて、あーしらが普通じゃ無いって事を改めて思った。そりゃそうだよね、普通社長令嬢と親しげに話す機会とか無いもん。


「あーし、ダンジョンは嫌いだけどダンジョンに拉致られた事だけは感謝してるよ今……」

「ええ!?」

「おにーちゃんがダンジョンに連れ去られて良かったー」

「な、なんて不謹慎なことを!?」


 瑠璃ちゃんがすっごい不謹慎なことを言ってるけど、『どうせおにーちゃんの事だから笑って許すでしょ』、と瑠璃ちゃんは舌を出してウインクする。うっわ小悪魔!それに……と瑠璃ちゃんは遠い目をして話を続ける。


「おにーちゃんが居なかったら、奈々さんと伊鈴さんとこうして話すことが出来なかったし。妹としては危ない目に遭う兄を怒る気持ちと、命を賭けて奈々さん達を護った兄が誇らしい気持ちで複雑なのですよ……」

「瑠璃ちゃん……」


 あーしらは今ここに居ないアイツの事を思い出す。バケモノに襲われて犯されそうになってた所に颯爽と駆けつけるヒイロ、かっこよかったなぁ……こう、なんて言うの?絶望して全てを諦めそうになった時にさらっと救ってくれる物語の勇者様みたいな。


 実際は左足を刺されて大量出血で意識不明になるし、イスズと一緒に戦ってるときも足はガクガク震えていたし。物語の勇者様からはほど遠い弱さだったけど、だからこそあーしを助けに来たのはものすごい覚悟だったんだ……と今なら思う。


 この前だってそう。だって自分が死にかけたダンジョンにもう一回行くって言い出したんだよ?あーしらを護るために。ホント、どこまでもお人好しなんだから……


「彼には感謝の気持ちでいっぱいです。彼がいなければ、今こうして平和にみなさんとお昼を囲む事すら出来ていなかったのですから」

「あーしら、ヒイロに何にも返せてない……」


 ヒイロには感謝しかない。何あげたら喜ぶんだろ……あ、あーしとか!?あ、あはは〜、なんちゃって。


「あー……おにーちゃんは多分受け取らないと思いますよ?感謝もお礼も」

「「え?」」


 あーしとイスズがヒイロに何か返さないと、と考えていると瑠璃ちゃんがバッサリと切ってきた。え?なんで?

 頭に疑問符が浮かぶあーしとイスズにため息交じりに瑠璃ちゃんが話す。


「おにーちゃんって、死ぬほど自己肯定感が低いんですよ。自分の事を『痛いオタク』『陰キャ』と言ってしまうぐらいには……ああ、死ぬほどってのは比喩じゃないですよ?文字通りです」

「え、でも」

「『聞いたこと無い』……でしょ?おにーちゃん、それを他人に言うことすらも他人を不快にすると思ってるんですよ」


 私がこうしてみんなに陰キャとかオタク!とか言って触れ回ってるのも、おにーちゃんの為なのですよ。そういって瑠璃ちゃんは自分の食べかけの弁当を見つめる。


「自分の幸せを追い求めない……おにーちゃんの原動力はいつも他人なんです。誰かが困ってるから、誰かが危ない目に遭ってるから、誰かが助けて欲しがってるから。おにーちゃんは自己犠牲の塊なんですよ……その根底にあるのが自己肯定感の低さ。どうせ感謝やお礼をおにーちゃんに言ったって、『ぼ、僕なんかがお礼だなんて……』とか言って逃げるに決まってます」

「そんなことッ!」

「あるんですよ、おにーちゃんなら。他人と自分を天秤にかけようともしない……おかしいと思わなかったんですか?みんなで海外移住をすれば済む話なのに、命を賭けて自分が死にかけたダンジョンにわざわざ行こうとしたのか。まともな装備も無く、頼みの綱であった警察がダンジョンの入口で弾かれて、それでも一人でダンジョンに潜りに行ったのか」


 そう吐き捨てるように瑠璃ちゃんは言う。あーしの妹ノノがいきなり重い話になってオロオロしているが、あーしとイスズはそれを気遣えないほどに衝撃を受けていた。


 確かに、よく考えたらおかしいよね……おとーさん達は海外に逃げればそれで済むと話を纏めていたのに、ヒイロがダンジョンに行くって言い出して。

 イスズも何か思い当たる節があるのか眉をひそめていた。


「おにーちゃんが伊鈴さんや奈々さんにクラスメイトがいる時に近付かないのも、どうせ『空気が読めない僕が伊鈴さんや奈々さんに近付いたら悪評が立つ』とか思ってるんじゃ無いですか?」

「どうして……瑠璃さんはこの話を私達に?」


 イスズが瑠璃ちゃんに聞く。瑠璃ちゃんはモソモソとご飯を食べながらこう言った。


「だって、おにーちゃんが危ない目に遭ったとき……私は助けてあげられないから」

「っ!」

「今回のことだってそう。伊鈴さんが居なかったら、おにーちゃんは死んでたって聞いた。そして多分、おにーちゃんはそれでもダンジョンに行く気がする……」

「そんな……でも、あんなに死にかけていて?」

「言ったじゃないですか、『他人と自分を天秤にかけようともしない』って。多分今も、一人で考えてるんじゃ無いですかね。亡くなった方達をどうにかして地上に返してあげたいみたいな事」


 だから、おにーちゃんを1人にさせちゃいけないんです。そういって瑠璃ちゃんは弁当を置いて……あーしらに頭を下げてきた!?


「ちょっ……!瑠璃ちゃん!」

「今までは、私が見ていたから良かった。でも、私はダンジョンに行けない……おにーちゃんが危険な目に遭いそうな時も!私はっ!おにーちゃんを止めることも出来ないっ!」


 瑠璃ちゃんがボロボロと涙を落とす。瑠璃ちゃんは多分、ヒイロがダンジョンに行くって言ったときに止められなかった自分を後悔しているんだろう……だからこうして、頭を下げてあーしらにお願いしているんだ。


「だからお願いします……危険な場所に奈々さんと伊鈴さんを行かせてしまう事を承知でお願いします。ぐすっ……おにーちゃんを、1人で、行かせないでください……」


 たった一人の、おにーちゃんなんです……瑠璃ちゃんはそう言って、もう一度頭を下げた……

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