第21話 決死行③

 ……知らない天井、じゃないな。前にも見たことのある病院の天井だ。視界の端で、点滴の袋がプラプラと揺れている。

 前回とは違って、もっとメカメカしい機械が色々僕のベッドの周りに配置されているけど。心電図とか、呼吸器とか。僕の口にも酸素マスクが装着されていた。


 どうやら、僕は助かった……らしい。でも、どうやって?僕はあの時一人だったし、警察の人はダンジョンの中に入れなかったのは見ている。

 ボーッと天井を見上げながら考えていると、ガラッと扉が開かれる音がした。


 身体はまだ動きそうにないので、目だけ音がした方を向くと……そこには西園寺さんが花束を持った状態で固まっていた。


「西園寺、さん……?」


 声がかすれてるし酸素マスクでくぐもる。声を出すのが凄い久しぶりな感覚がある、こりゃあ僕長い時間寝てたな?西園寺さんは固まったまま……涙を流し始めた!?


「ご、ごめ……なさ」


 慌てて謝ろうとするけど声が上手く出せない。僕ホントどれだけ寝てたんだ?西園寺さんは花束を取り落として……僕に抱きついてきた!ッいっだあああああ!?


「……うっ」

「ああ!ごめんなさいごめんなさい!」


 脇腹や腕に鋭い痛みが走って思わずうめく。西園寺さんはバッと僕から離れて何度も何度も謝った。西園寺さんがこんなにも取り乱す姿を見られたのはちょっとレアだったかも……


「イスズどったの~?ってヒイロ!?起きてんじゃん!ヒイロおおおお!!」


 西園寺さんから少し遅れて病室に入ってきた美咲さんが、僕が起きてるのに気がついて……僕に抱きついてきた!二度目えええええ!!


「奈々さん、小嵐さんが死んでしまいますよ!」

「あ、そっか。ごめんヒイロ……」

「いえ……だい、じょぶです」


 大丈夫なわけが無い、超至近距離で美少女二人の顔を拝む事になったから心臓はバックバクですよ。痛みで顔が引きつりそうになるのを必死に我慢する……

 この後、瑠璃に三度目を繰り返され、三人が医者に怒られてるのを横目で見つつ僕は帰ってきた事を実感するのだった。


 彼女たちに抱きつかれた時の身体の痛みや手足の感覚、全て夢なんかじゃ無い。現実だ……生きていたことにホッとしていると、こってり絞られた後の西園寺さんがしょげた顔で僕の方に向き直る。


「まずは、お帰りなさい小嵐さん。こうして生きてまたあなたと話すことが出来るのが、とても嬉しいです」

「ぐす……お帰りヒイロぉ……1週間も目を覚まさなかったんだからぁ……」

「おにーちゃんは妹を心配させすぎです!流す涙も涸れちゃったんだよ!?」


 西園寺さんは穏やかに、美咲さんは涙ながらに、そして瑠璃は怒りつつ……おかえりと、僕を迎え入れてくれた。ただいま。


 僕はその後、お医者さんから精密検査を受けつつ当時の状況を聞かされた。病院に運び込まれたとき、僕は意識不明の重体。身体の各所から血が溢れて止まらず、トドメの脇腹の刃物。


 『正直、今こうして意識を取り戻してまともに受け答えが出来ているのが不思議でしょうがないです』とお医者さんがため息をつきながら言ってしまう程に、僕は生死の境をさまよっていたらしい。


 骨にはひびが入り、特に最後の警棒を持った方のゴブリンの攻撃を受け止めた肋骨は折れていたという。そんな状態で長い距離歩いてたですって?バケモノですかあなたは、とお医者さんから呆れられました。


 僕が精密検査から帰ってきたあと、西園寺さん達から聞かされたのは僕が意識を失ってからの一週間の事。


 西園寺グループの会議室に片岡さん、創さん、頼人さん、西園寺さん、美咲さんが集まり、そして僕のお父さんがビデオ通話で参加して僕のスマホにあった記録映像の上映会を行ったらしい。


 頼人さんは白骨化死体の所で気を失ってダウン、美咲さんは僕がゴブリンに滅多打ちにされてるところで泣き叫んで暴れてしまい別室待機していた家族のもとへ。かなり阿鼻叫喚な上映会だったらしい。


「かという私も、奈々さんがあんな風に取り乱してなければ同じように暴れていたでしょうね……」

「もぉ~、止めてよイスズぅ……あーしも反省してるんだからさぁ」

「子どもにはショッキングな映像だから見ない方が良いって片岡さんから止められたんだよおにーちゃん!酷いと思わない!?」


 瑠璃がぷんすか怒ってる。いや、流石に白骨化死体や僕のスプラッタとか見せられたもんじゃ無いからね……?瑠璃はそもそもダンジョンの当事者じゃ無いから見なくても問題ないし。


「……片岡さんは、『この映像をもとに事件の早期解決をはかる。君たちの嫌疑はまもなく晴れるだろう』と。そして、『すまなかった』とも」

「そう、ですか……」


 やっと、やっと信じてくれたんだ。横で付けっぱなしになっていたテレビには警察の記者会見が映されており、そこには片岡さんの姿もあった。片岡さんは必死にダンジョンという存在を力説している。


『ですから先ほども申したとおり、海外で噂されていたダンジョンの存在は日本でも確認されまして!』

『その証拠はあるのですか!?』

『西園寺グループの御令嬢含む3人は本当に犯人なんでしょうか!?』

『警察まで頭がおかしくなってしまったのか!?』

『落ち着いて下さい!警察側も物的証拠がある上で言っております!西園寺家も被害者であり、事件に関しましてはさらなる調査を行っていきます!』


 マスコミが必死になって警察を質問攻めにしている。被害者団体に乗せられて、自分たちが書いていた記事が全くの嘘である事実を否定したいかのように片岡さんから都合の良い回答を貰おうとさっきから同じ質問を繰り返している。


 でも、片岡さんは決して自分の意見を曲げなかった。あくまで僕たちは被害者であって加害者ではないということ、ダンジョンという存在が日本にも現れて僕たちが何らかの方法でそこに連れ去られたことを何回も主張していた。


「どうやって私達を誘拐したのか分からない、犯人の動機も分からない……そんな何も分かってない状態で、私達の味方をしてくれている」

「警察がヒイロにやったことは許せないけど……あーしはこれを見てちょっと溜飲が下がったかも」

「警察が『私達は被害者』である、という見解を出したのです。被害者団体の方達も騒いではいらっしゃいますが、じきに沈静化するでしょう」


 マスコミや世間のヘイトも確実に私達から警察に向くでしょうから、と話を締めくくる西園寺さん。警察は無能なのか!って叫んでるマスコミの声にうんうんと頷いちゃってるよ西園寺さん……


 そんな中、瑠璃が僕の袖を引っ張ってくる。ん?なんだい?


「おにーちゃん、私ね、今日初めて学校で声をかけてくれた女の子がいたの。『ごめんね』って最初に言われて泣き出しちゃったけど、最後はその子と友達になれたんだ」


 瑠璃がそうはにかんで僕に友達が出来た事を報告してきた。そうだよね……僕がダンジョンに行って意識を取り戻してない一週間、瑠璃はクラスメイトから距離を置かれていたのだろう。


 警察がこうしておおやけに発表してくれたことで、瑠璃はわずかながらにもクラスメイト達に受け入れられたのだ。僕は何よりも、そのことが嬉しかった。


「そうか、そう……か……」


 涙が溢れて視界が歪む。よかった、本当によかった……!瑠璃に友達が出来て本当に!僕のせいで肩身の狭い思いをしただろう、僕は思わず瑠璃を抱きしめた。脇腹や胸が痛いが気にするもんか!


 僕が泣き止むのを待ってから、センチメンタルな話題を払拭するように美咲さんがそういえば!と話題を変える。


「ヒイロ、あーしと同じクラスだったよ!」

「クラス……あ、振り分け……」

「あまりにも濃い体験をしすぎて新学期が既に始まっていることに気がついてなかったね?おにーちゃん」

「うっ……」


 そうだった、入学式の日に意識不明になったんだから一週間も経てば新学期が始まっているじゃないか……もうクラスの中では友達を見つけて集団が出来ているんだろうなぁ。どうやら今年もボッチであることが既に確定しているようです。


 がっくしと肩を落としている僕に、イタズラっぽく笑う美咲さん。なんだ!ボッチ予定の僕をあざ笑ってるのか!?まあ美咲さんに限ってそれはないけどさ。


「じ・つ・は~、さっきお医者さんにヒイロの退院予定日を聞いてきたんだよね~!」

「それ……が?」

「三日後には退院できるって言ってたんよ、んでその日は~……」


 意味ありげに西園寺さんの方を向く。西園寺さんは合点がいったのか納得の表情をしていた。え?なに?何かあるの!?


「学校に来ることを楽しみにしておくと良いよヒ・イ・ロ!」

「ええそうですね、ちょっとしたサプライズですし。リハビリのモチベーションにもなっていただければ」

「おにーちゃんビックリしすぎて死ぬんじゃないかなぁ……」

「え!?じゃあもうあーし言った方が良い!?」

「冗談だとおもいますよ、奈々さん。……冗談ですよね?」


 楽しく笑い合う彼女たち。僕がそれを知ることになるのは、退院して次の日であった……

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