第20話 決死行②

 息が荒い、視界が霞む。足は覚束おぼつかないし、刺された所からは止めどなく血が溢れてる。寒い……この感覚もデジャブだっけ。

 なんとか僕はゴブリン達を倒した。だがその代償に貰ったものは、この脇腹から伸びるボロボロの刃物。


 仕方なかったんだ、これしかゴブリン達を倒す手段が無かった。あの時と同じように受け流して壁に当てようとする隙も体力も無かった僕がとった手段は……ゴブリン達の渾身の攻撃を、わざとくらうことだった。


 渾身の攻撃、刺さる刃物とモロに入る警棒の感触。勝ちを確信したゴブリン達の決定的な油断が、結果的に僕が思いっきりフライパンをゴブリンの頭に叩き付ける隙になった。


 刃物をもったゴブリンはその攻撃でダウン、警棒を持っていたゴブリンはそれに動揺して思わず横を向いてしまう。僕は返す刀でそのゴブリンの顎を、フライパンでカチ上げてやった……


「結果的には、成功、したけど……帰る、までの体力は、計算してなかったや……ゴホッゴホッ!」


 口から吐き出される血反吐。思わず倒れ込み、固定が外れて手に持っていたスマホが落ちる……

 まずい、これが無いと西園寺さんや美波さんの容疑が晴れない。壊れてないかな?壊れてない、良かった。


 僕の体力も限界だ、僕は片岡さんが聞いている可能性に賭けてスマホに語りかける。


「片岡さん、聞こえて、いたら、お願い……します。僕の、映像を……ッ!がはっ!」


 話している途中に血反吐を吐く。もう、どれぐらいの血を流した?寒い、目を閉じて楽になりたい、でも。せめて伝えないと……!


「はぁ……はぁ……僕の、映像を、証拠として……ぐっ、使って、下さい……」

「瑠璃と……お父さん、には、ごめんなさい、と」

「創さんには、『僕の責任です』と……言って、いただければ」


 あと誰がいたっけ……ああ、西園寺さんと美咲さんだ。あの二人には感謝しか無い、美咲さんが居なければ僕は最初にダンジョンに拉致されたときに死んでいたし……西園寺さんが居なければ、今僕がこうやって言葉を紡いでいることは無かっただろう。


「西園寺さんと、美咲さん……ぁ」


 声が出ない、まだ、まだ伝えてないのに……っ!でも僕の身体は既に限界を迎えていた。歩いていると思っていた身体はいつの間にか地面に倒れており、僕のまぶたはだんだんと下がっていく。


 やだ……いやだ……死ぬのはやっぱり、やだよ……瑠璃のご飯を食べたいし、お父さんにもう一度会いたい。涙が止めどなく溢れてくる。

 生きたい……生きたいよぉ……!誰か、助け……て……


 暗くなっていく視界。意識が完全に失う前、僕の耳に聞こえてきたのは不明瞭な人の声だった。


「……さん」


《西園寺伊鈴視点》


「小嵐さん……!小嵐さん!」

「…………」


 ダンジョンを真っ直ぐ進んでいくと、まだ入口からそう遠く離れていないところで小嵐さんを発見する。小嵐さんは自力でここまで……!


 小嵐さんの容態を確認するが、意識を失ってぐったりしている。息を確認すると、呼吸音が浅い。早くしないと小嵐さんが死んでしまう!


 私は小嵐さんに刺さっている刃物に触れないように小嵐さんを横抱きに抱える。ダンジョンから帰ってきてからかなり力が強くなっていたお陰で、私は小嵐さんの体重を一人で抱えられるようになっていた。


 私は近くに落ちていたスマホを拾い、小嵐さんの身体に乗せる。イヤホンの線が垂れているのを見て、私達が話しかけても届かなかった理由を察した。


「お父様!聞こえますか!?」

『伊鈴!大丈夫か!』

「はい、小嵐さんがすぐ近くまで自力で歩いていた様ですぐに見つけることが出来ました」

『そうか……小嵐君の容態は!』

「かなり酷いです。呼吸が浅く、身体も冷え切っている……!」

『救急車はすでに来ている!伊鈴も小嵐君を連れて帰ってくるんだ!』

「はい!」


 私はすぐさまイヤホンを抜いて外に居るお父様と連絡をとり、小嵐さんを出来るだけ揺らさないようにダンジョンの入口に向かって走る。

 小嵐さん、あなたはなんて無茶を……!絶対に、助けますから。あなたは!絶対に!


 ダンジョンの入口の光が見える。外にはお父様が心配そうに見ている姿があった。

 私がダンジョンから脱出すると、お父様が近寄ってきてケガが無いか見てくる。


「伊鈴!伊鈴ッ!」

「お父様!私は大丈夫ですから、小嵐さんを!」

「そう、そうだな。早く!小嵐君を病院に!」


 お父様はすぐさま指示を出して救急隊員が持ってきた担架に小嵐さんを乗せる。そして救急車に私とお父様、片岡さんが乗って病院へと向かった。

 救急車に乗って病院に向かっている間、無言の時間が流れる。静寂を打ち破ったのは、お父様だった。


「それで、どう責任をとるつもりだ片岡警部?」

「…………」

「彼がもし死ねば、私は彼の父に殺される。私はそれを承知で、警察に信頼を置いて彼を送り出した……だが結果はこうだ。君の怠慢と、君たち警察の無能さが招いた事だ」


 静かにお父様がキレる。私も、警察に関しては今日の出来事でかなり信用していない。子どもだから、錯乱しているからと、私達の言葉を軽んじた。

 その結果、彼は物的証拠を取るために死地におもむくはめになり……今死の淵をさまよっている。


「私は、言いましたよ。警察の方に、ゴブリンに殺されかけたと。まだゴブリンは残っていて、ダンジョンは危ないと……っ!」

「わ、私も今混乱して……」

「あなたはっ!私達の言葉を信じなかった!」


 私は傷だらけのスマホを取り出す。小嵐さんのものです。ここにはダンジョン内であった全ての映像が記録されている……これがあれば私達の容疑も晴れます、が。


「今私は、これを警察に託しても良いのか迷っています……」

「なっ!?」

「当たり前じゃ無いですか!もしこれを警察が消したら?もしこれを警察が加工映像だと言って相手にしなかったら!?」

「そ、そんなことはしない!」

「その信用が無いって言ってるんですよ!!」


 もう限界でした。涙がポロポロと落ちる……小嵐さんが文字通り必死になって撮ってきたものを、子どもの戯言といって相手にしない警察に渡して何になりますか?

 子どもの良く出来たイタズラだと鼻で笑われれば、今死にかけてる小嵐さんは何のためにダンジョンに行ったのですか!?


「伊鈴……小嵐君を見ていてくれ。片岡警部、私も伊鈴の意見に賛同だ。あれほどまでに杜撰ずさんな捜査と軽薄な嘘……一市民としても今の警察を信用できるとは到底思えない」

「しかし……ッあの映像があれば事件の捜査が進むんですよ!?」

「それも分かっている。伊鈴達にかけられている容疑を晴らすには、あのスマホで十分だろう」

「ではっ!」


 希望が見えてパッと顔を輝かせる片岡さんを、お父様が容赦なく現実にたたき落とす。


……そうじゃないのか?」

「…………」

「ろくな機材も無い、見たところ小嵐君にまともな装備も持たせてない。子どもの戯言、装備を支給するのは勿体ない……そんなところか?」

「……はい」

「ならばそんな君の失態の数々を補うために、今彼のスマホを渡すという事が、我々の感情的に出来ないことも、分かるよな?」

「はい……」


 はぁ……と深いため息をつくお父様。絶対に小嵐さんのスマホは渡しませんからね!彼が命をかけて取ってきた証拠なんです、彼の努力を無駄にはさせません!

 お父様は少し考えた後、片岡さんに一つの提案をします。


「このスマホにあるデータをコピーした後でスマホ原本を警察署に送る。そのデータコピーの過程で、記録した映像を片岡警部と当事者に見せる……私達からの譲歩はそこまでだ。いいな、伊鈴?」

「……絶対に、映像記録を信じてもらうことも追加でおねがいします」

「分かった。条件を受け入れます」


 片岡さんが了承する。小嵐さんのスマホが必要になったのは完全に片岡さんの失態です。私はお父様の甘すぎる対応にも怒りを覚えましたが、彼がそもそも私の容疑を晴らす為に危険なダンジョンに潜ったことを思い出し、ぐっとこらえました。


 お願い、死なないで小嵐さん……あなたの努力は報われるべきだ。そうじゃなきゃ、いけないんです。だから、お願いします……

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