第18話 暗雲④

――――グギャアアアアア!!

「ぐっ……おおおおおおお!!」


 美咲さんと出会い、西園寺さんと三人で死闘を繰り広げたこの場所で、僕は一人でゴブリンと戦っていた。僕が放った先制攻撃は惜しくもゴブリンの持っていた骨でガードされ、そこから近距離で殴り合いの様相をていしている。


――――グギャッ!

「かはっ!……んなろぉ!」

――――グッ……!


 ゴブリンの横振りが僕の脇腹に入る。あまりの衝撃に一瞬だけ呼吸が止まるが……あの左足を刺された時ほど痛くない!僕はすぐさま警棒でがら空きになってるゴブリンの頭部を殴りつけた!


 予想外の反撃に面食らったのか、モロに頭に警棒を食らったゴブリンはフラフラと後退する。僕はそこに追撃をしようと試みるが、脇腹に食らった一撃が身体に響いて左足が痛み前に踏み出せない……ッ!絶対アザになってるよこれ。


 ゴブリンが刃物を持ってないお陰か、前ほどの怖さは無い。それでも十分怖いけど……でも!


――――グギャア!

「っ!力比べならっ、もう負けない!」


 ゴブリンが突進してきて骨の棍棒を僕の頭に叩き込もうとするのを、両手で握った警棒で受け止める。力は拮抗……いや、僕の方が若干勝っている!


「っだあああああああああああ!!」

――――ッ!?


 僕は思いっきりゴブリンの腕をカチ上げ、がら空きになった胴体に思いっきり膝蹴りをかます!ゴブリンは体長が子どもぐらいしか無いから、慣れてない警棒を使うよりこれが一番ダメージを与えられる。


 腕をカチ上げ、一発入れる……僕がここでゴブリンに左足を刺された時と同じだ。ここで戦った時の記憶が、三人で戦った時の記憶が!僕を動かしてくれる!

 がっくりと僕の目の前で膝をついたゴブリン、行ける……行けるッ、行け……るッ!?


――――ッ、ゲヒャ


 こいつ、笑って……?トドメを刺そうと僕が警棒を振り上げた時、膝をついたゴブリンが笑う。次の瞬間、僕の身体は横に吹き飛ばされた!

 なんだ?何が起こった?横腹への強い衝撃と、地面を転がったときの擦り傷が今になって痛みを訴える。僕は地面に転がったまま顔を上げる、とそこには……


――――ゲヒャッ

――――グッ……ゲゲッ


 もう一匹の、ゴブリンがいた。刃物を持っている方のゴブリンが、僕を見つけて思いっきり横から突進してきたのか……何をされたのか理解できると共に、僕の頭は否が応でもさっきの行動が悪手であったことを知らせてくる。


 そうか、稼いだ時間を使い切ったのか僕は……ッ!なんでゴブリンが膝をついた時に逃げなかったんだ僕は!?殺れると『思ってしまった』、『目的を間違ってしまった』!後から後から後悔が襲ってくるが、時間切れだ。


 もう逃げられない……膝をついたゴブリンが立ち上がり殺気を込めて僕の方を見ているその姿は、先ほどのような油断はみじんも残っていない様に感じた。


 絶望、恐怖。僕の思考が鈍くなっていく。ああダメだ、近付いてくるゴブリン達を見ながら『諦め』の感情が僕を満たしていく。


 ははっ……油断したら起死回生の一手を打たれたのも含めて、あの時ゴブリンと戦った時とそっくりじゃないか。その結果がこれ……さっきの突進で思わず警棒を手放してしまったのか、唯一の武器すら失ってしまった。


 骨の棍棒を持っていたゴブリンが、近くにあったその警棒を拾い上げる……最悪だ、終わった、僕は何も出来ずにここで死ぬんだ。


 ……そう言えば、あの時の僕もそう思っていたっけ。でも、スマホのライトで助けてくれる西園寺さんはここにはいない。


 黒く塗りつぶされていく思考の中で、思い返すのはあの日の死闘。2週間も前の事なのに、あの時の事は一瞬たりとも忘れていない。そう、僕は確かあの壁で……壁、で?


 鈍っていた思考が急速に加速していく。走馬灯のように流れていたあの日の死闘の記憶に、僕は一縷いちるの希望が見えた気がした。


 ここは僕たちが戦った場所で僕はここに『ある物』を落としていった……それは僕があの日に捨てようとしていた物で、僕を最後まで守ってくれた物。


 あのゴブリンの刃を弾いてくれて、弱かった僕を助けてくれたっ!


 唯一の武器は無くなったけど、僕はこの場所にもう一つ武器を置いていったはずだ!?


 まだ終わっちゃいない……折れそうになった心にまきをくべる。二対一で絶望的な状況には変わりないけど、僕にはまだ希望が残っている!


 擦り傷や打撲でボロボロになった身体を地面から引き剥がす。そして近付いてくるゴブリン達と距離を取りつつ囲まれないように、ゆっくりと地面に赤いシミが広がっている壁に近付いて行く……あった。


 錆び付いてちょっと凹んじゃってるけど、は確かにここにあった。僕はを拾い上げて、握りしめる。


「これで、状況は戻ったね」


 僕はニヤリと笑う。そう、あの時と同じように……フライパンを構え、目の前にはゴブリン。守るべきものが美咲さんからスマホになっただけだ。最悪な状況から、絶体絶命の状況まで戻る。


 デジャブって言うんだっけ、これ?壁に寄った時点で、僕の中に逃げるという選択肢は消えていた。あの時ゴブリンに勝ったという記憶が、恐怖をわずかながら抑えてくれている……!


 まだ動ける、まだ考えられる!僕はまだ、抗える!


「絶対に生き残る……ッ、あああああああああああ!!」

――――グギャッ!

――――ゲヒャアアアアアア!!


 心の中に残った恐怖を、咆吼ほうこうと共に吐き出すと、怒り狂ったように二匹のゴブリンも雄叫びを上げる。言葉は通じて無くても、敵対する意思が伝わったのだろう……怒りに任せて突進してくるゴブリン達を見て、僕は笑う。


 、と。


 そこからはあまりにも一方的な戦いだった。もちろん、僕がやられる側。警棒でボコボコにされ、刃こぼれした武器で肉をえぐられる。


 警棒を持ったゴブリンの振り下ろしをフライパンでガードすれば、刃物を持ったゴブリンが隙だらけの僕の足を切りつけるし、刃物のゴブリンの動きに注意すれば、警棒を持ったゴブリンが腕やら足やらを滅多打ちにしてくる……!


 身体がボロボロになっていく、痛みで動きが鈍くなっていく。でも、僕は必死に動き続けた……少しでも隙を見つけたら思いっきり脳天をフライパンで殴ってやったし、そこから連携が崩れた瞬間を狙ってもう一方のゴブリンの目に砂をかけて目くらまし。


 ここまで動けたのは、まさしくLv.1の恩恵。叩かれてアザはいっぱい出来てるし、刃物で刺されて色んなところから出血してる……でも、動けないほどの重傷じゃ無い。浅いんだ、攻撃が。


 骨は折れてない、身体の深いところまでは切られてない!激化する戦闘の最中に、傷ついていく両者。ゴブリンも息が絶え絶えになって武器を振り下ろす動作にキレが無くなってきた……僕も、フライパンを持ち上げる事すら億劫おっくうになってきているけど。


「ぜぇ……ぜぇ……」

――――ゲ、ゲヒャ……

――――ッグ……


 三者全員がフラフラだ。ゴブリン達は全然倒れない僕に、苛ただしげな表情と少しの恐怖を見せる。怖いだろう?恐ろしいだろう?人間、命を賭けたら何だって出来るんだよ……!


 僕は既に、自分の全力を出している。ゴブリン達のスペックを考えると、これでも僕はゴブリンには勝てない……でも、それはゴブリンも全力を出していた場合だ。


 僕を獲物と見ていたお前達にはどうしても『獲物のくせに』という思考が抜けない……どれだけ油断をしないと思っていても、人間を格下に見ている前提が変わらない!だからお前達は無意識に手を抜いて、僕に


 これが僕が一縷いちるの希望から紡いだ作戦。彼らゴブリンが『捕食者である』という自意識による油断が、『自分が上だ』という傲慢が!僕とゴブリンの差を埋めてくれている!


「皮肉な、ものだね……最初から、最後まで……油断した者から、死んでいく」


 ぽつりと僕は呟く。この戦いは全て油断で始まり、油断によって窮地に陥り……そして油断によって拮抗状態にまで持って行ってる。そう言えば、僕がダンジョンに来たことすらも、油断の上にあったのかもしれないね。


 さて、ここまでボロボロになったゴブリンが何をするのか、僕は知っている。血走った目、何が何でも殺してやるというその目……僕は知ってる。


 まさにデジャブ、あの時のゴブリンもそんな顔していた……あの時と違うところは、僕の両足はまだ立っていること!


――――グギャアアアアアアアアァ!

――――ゲヒャアアアアアア!!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


  決死の覚悟で突っ込んでくるゴブリン達。僕も負けじとフライパンを振りかぶる!

 そして――――




――――――――

【後書き】

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

 今日は年末ということで、今年もありがとうございましたという挨拶を……と思いまして。


 ☆でレビューを下さった方や作品のフォローをしてくださった方、そして何よりここまで読んでくださった方のお陰でこの『ハードモード』はここまで伸びることができました。


 本当にありがとうございます。

 新年も初日から更新していきますので、来年も『ハードモード』をよろしくお願いします!


 また、カクヨムコン8に参加中なので☆や作品のフォローで応援していただけると幸いです。


 それではっ!

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