第15話 暗雲①

 僕は今、ダンジョンにいます。アイアムインアダンジョンナウ……アじゃなくてザだったかな?まあ良いか。とにもかくにも僕はダンジョンに戻ってきてしまった、一回目は無理矢理連れ去られて。二回目は必要に駆られて。


『何ボーッとしてるんだ小嵐君?』

「いえ、ちょっとした現実逃避を……」


 耳に付けたイヤホンから片岡さんの声が聞こえる。僕はここが既にダンジョンの中であることを思いだして、手に持っていた警棒を握りしめた。

 ……いや、うん。創さんが『警察にできうる限りのバックアップをしてくれ』と行った結果がだよ。警棒と片岡さんの通信、以上。


「本当にこれだけ何ですか?」

『何度も言わせるな小嵐君。警察も君に懐疑的だし、一般市民に機動隊が着るような高級なものを割く余裕が無い』

「分かってますけど……」


 スマホカメラを胸に固定して、映像をリアルタイムで外に送る。創さんはこのことを知ってるのだろうか?知らないだろうなぁ、絶対。なんだかんだ情に厚そうな人だった創さんがこの事を知ってたらブチ切れてるだろうし。


『とりあえず、君が見たという死体の所まで歩いてくれるか?』

「僕もそうしたいんですけど、なにせ意識を失っていたうえに出口まで転送という形で脱出しましたから……」

『はぁ、君は本当に嫌疑を晴らす気があるのか?ゴブリンだ瞬間転移だ……病院で頭は診て貰わなかったのか小嵐君?』


 ムッ……流石に怒るぞ片岡さん。本当に怒る勇気は無いけどさ、怖いしあの人。そもそもダンジョンが出てきたってだけで、既にファンタジーじゃないか!そう片岡さんにそれとなく反論してみるが……


『我々は世界の反応や洞窟に行った人の戯言ざれごとを聞いて、地殻変動によって突然現れた洞窟を「ダンジョン」と呼称しているに過ぎない。君が現れてダンジョンの入口がいきなり現れ、どういうわけか我々だけが弾き出される現象は初めてだが、な』


 と片岡さんには取り付く島も無い。そう、本来は僕と一緒に警察の人達が数人ついてくる予定だったのだが……ダンジョンの入口で弾かれたのだ。何回か突入しようとおまわりさん達が奮闘していたけど、結局入れずに諦めたという訳ですよ。


 結局、警察のバックアップは警棒と片岡さんの通信のみ。ホント現実ってやつはさぁ!


「じゃあ何かファンタジー的な事象が起こってると考えれば全部片づくじゃないですか……」

『君は高校生にもなって物理を習わないのか?力場や磁力といったものが関係しているんだろう。そういう事はお偉いさんに任せて、君は今やるべき事をするんだ』


 そう言って会話を切る片岡さん。大方、精神異常者と喋ってると頭がおかしくなると思ったんだろう……悲しいなぁ、病院に居たときから僕たちはホントの事しか喋ってないというのに。


 でも、スマホカメラにあのゴブリンを映せば考えも変わるだろう。僕はしっかりと胸にスマホがあることを確認して歩き出す。目的は無いけど、取りあえず真っ直ぐ進んでみるのが良いだろう……西園寺さんが初めてダンジョンに来たときに言っていた『風向きと血の匂い』ってのを信じてみる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。いやゴブリンって小鬼と書くし、鬼が出るのは確定か……」


 自分の言葉にツッコんでも何も言ってくれない片岡さんに寂しさを覚えつつ、真っ直ぐ歩いて行く。ゆっくりと、そして耳を澄ませて……自分以外の足音は聞こえてない、罠も今のところない。ここには罠なんて無いのかな?なんて気が緩みそうになるけど、ここはダンジョンで現実。焦るな僕……


『もっと早く歩けないのかね小嵐君』

「これ以上は無理です片岡さん」

『我々も暇じゃ無いんだが。西園寺グループの社長が直々にお願いしてきたからこうしてダンジョンの入口でモニタリングしているんだ。もう地上では日が暮れそうだ』


 代わり映えのない画面を見せられている我々の身にもなってくれよ小嵐君、と片岡さんが呆れ混じりにそう話す。分かっているのか?ここはダンジョンなんだぞ?ここで!僕は!死にかけていたんだぞ!?


 他人事の様に話す片岡さんに僕の怒りのボルテージは上がっていく。そして、改めて親身になって僕を心配してくれていた創さんの特別さに気が付いた。

 片岡さんと通信をするために耳に付けたイヤホンからは、他の警察の談笑が聞こえる。「暇だなー」「おいよせよ、一応人の命がかかってるんだから」「ゴブリンがー!ダンジョンがー!」「ははっ、似てる」ってさ。


 これが普通なんだ、僕たち子どもの話は誰も信じてくれない。必要なのは、彼らの目を覚まさせるほどの証拠。いつのまにか死の恐怖は小さくなり、代わりに怒りの感情が僕の中には大きくなっていた。絶対に、見せてやるからな……僕がここで体験した『現実』ってやつを。


 そんな思いを胸に歩いていると、床に赤いシミが広がっているところに辿り着いた。ここは確か、僕たちが死体を発見した場所だ……


『そこか?』

「は、はい。でも、死体がない」


 そう、死体がなかったのだ。僕は確かにここで死んでるのを見た。まさか、ゴブリンが持っていった……?


 赤いシミをよく見ると、とある方向に伸びているのが分かった。ゴブリンが死体をどこかへ引きずっていったのか……


『死体はどこかへ持ち去られたようだな。血の跡から見るに、致死量の血をそこで流して死んだ』

「その後、どこかに持ち去られたようです。血の跡を追ってみます」


 どこに死体があるのかわからないにしては、真っ直ぐここに辿り着いたとはだな小嵐君……と片岡さんからかなり怪しまれてる中、僕は血の跡を追う。


 多分その先にゴブリンが……管理人を呼称した彼女は「3匹のゴブリン」と確かに言った、はずだ。試練は中止したがゴブリン自体はこの洞窟内に存在し続けていたとしたら。そして、僕の考えるゴブリンの習性が現実と一緒だとしたら……


 僕は、もしかしたら見るかもしれない凄惨な光景を想像し覚悟を決める。血の跡をゆっくり歩いて追いかけていくと、気付けば僕たちが初めに目を覚ました大部屋に入っていた。


 そして僕は目にする。……しかも、複数。


「……っ!」

『おいおい、白骨死体……しかも複数人?風化だとしたら、いったい何時いつの死体だ?』

「片岡さん……彼らは、この2週間で、白骨化したんだと。思います」

『はぁ?人間の死体が白骨化するまでに何年かかると思ってるんだ?』

「それは、土に還った場合ですよね?」

『ま、まさか……』

「ええ、食ったんですよ。僕たちが脱出して、今ここに僕が帰ってくるまでの2週間の中で!ゴブリンが!」


 僕は近くに無造作に積まれていた無機物をスマホのカメラに映す。財布、家の鍵、服の切れ端……食べるのに邪魔だったのだろう、かなり乱暴に引き裂いたあとが残っている。


 覚悟はしていた。だが、腐った肉片の匂いと、頭髪が残った頭蓋骨があまりにも僕には飲み込みきれず……


「うっ……おぇ……」

『これは、歴戦の警察でもキツイ現場だな』

「はぁ……はぁ……ふぅ。これで、わかりましたか?少なくとも、僕たち以外にこういう事をする生物が存在するってことが」


 僕は吐き気を抑えながら通信している片岡さんに語りかける。しかし、片岡さんから帰ってきた返答は無言だった。

 死体を見て冷静になり、怒りよりも恐怖が大きくなってきていたところに一人にされた僕は、急に不安と焦燥に駆られる。どうにか声を聞きたいと、繰り返し片岡さんに話しかけた。


「片岡さん?片岡さん!?返事をしてください片岡さん!」

『…………』


 イヤホンから帰ってきたのは……無音だった。そんな、どうしよう?も、戻らなきゃ。僕のやることは終わったんだ、後はここから真っ直ぐ地上に向かって帰るだけ、


――――ゲヒャ

――――ゲヒャヒャッ


 その時、あの声が聞こえた。僕が忘れたくても忘れられない、緑肌の悪魔の声が。あぁ、僕はなんて愚かなんだろう……なぜ気が付かなかったんだ!?


「罠を、警戒してゆっくり進んでいたんじゃ無いのか僕……っ!」


 振り返ると、ゴブリンが立っていた。それも2体……僕が入ってきた入口側の通路を塞ぐように。

 絶体絶命の危機。それも、初めてダンジョンで戦った、あの時以上に!


「片岡さん!片岡さん!?……くっそぉ!!」


 無音を貫き通すイヤホンを乱暴に耳から外し、僕はゴブリンと相対する。ここには、西園寺さんも美咲さんも居ない。僕は正真正銘……1人だ。

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