第11話 生還③

 春。それは新たな出会いの季節。僕の高校、西城高校も新たな出会いと言うことで入学式が行われていた。


『えー、みなさんご入学おめでとうございます。みなさんとこの西城高校で出会い、そしてこれから色々な経験をしていくことを私は期待しております。時に……』


 校長先生が体育館の壇上で新入生の子達を見ながらながーいお話をしている。僕?来賓席でビデオカメラと共に座って瑠璃を撮ってるよ?西城高校の制服に身を包んでピシッと背筋を伸ばして座っている瑠璃は控えめに言って天使だ。


 来賓席の最前列を獲るために、世の中のお父さんお母さんと熾烈しれつな戦いを繰り広げたかいがあったってもんだよ……!

 入学式が始まる30分前から来賓客の入場が許可されていたのだが、僕たち来賓客は少しでも良い席で入学式を見る!とばかりに校門前で殺気立っていた。先生からの「では、30分前になりましたので体育館の方にどうぞ」という一言で始まったのは校門前から体育館までの短距離走。


 殺気をバチバチに走らせたお父さん達が雄叫びを上げながら全力ダッシュしている中、僕も負けじとばかりに爆速で体育館へと駆け抜けていったのだ。生まれて初めて走っている中でコーナーを攻める事を意識したよ……


「ちょっとあなた!なんで最前列を盗られてるのよ!」

「し、仕方ないじゃ無いかっ。前の坊や、すっごい速かったんだから……」


 僕の後ろの夫婦が小声でケンカしてる。僕のビデオカメラに瑠璃の可愛い姿の映像と夫婦げんかの音声が同居するという謎なものが撮れてしまうから黙って見てて欲しいんだけどなぁ。


 ビデオを構えながら、僕はさっきの席争奪戦の事を思い出す。あのダンジョンの一件以来、変に自分の身体能力が上がっているのを感じていた。ステータスの表記的に、HからGに上がった僕の身体能力は一般人と比べるとかなり強くなっているみたいで……病院から帰ってきたときに家のドアノブを握りつぶしてしまったのは印象に強い。


 箸が折れたり茶碗を割ったりとなかなか日常生活を送るのに苦労したのだが、瑠璃の協力もあって何とか力の調節は出来る様になった。それでも2週間ぐらいの付け焼き刃なので気を抜くと今持ってるビデオカメラも粉砕してしまいそうになるのだが……っ!


 両親が忙しくて海外から戻って来れない今、瑠璃の一生に一度の晴れ舞台を記録に残せるのは僕しかいないんだ!細心の注意を払ってビデオカメラを持っているもんだから肩がバッキバキに凝る。早く終わってくれ校長先生!えー前振りはここまでにしてーじゃないんだよ校長先生!?瑠璃も若干飽きて背筋がふにゃふにゃになっちゃってるから早く終わらせろ校長先生ええええええ!


 結局、校長先生の話が長すぎたせいで後の入学式の行事が巻きになる珍事が発生した以外は僕のビデオカメラも無事に瑠璃の可愛い晴れ姿を撮りきったようだ。進行役をしていた教頭先生が「時間が押しておりますので来賓の方々には後日感謝の言葉を贈らせていただきます」って来賓紹介を2秒で終わらせたときはちょっと笑ってしまったが。


 そして瑠璃は現在自分の教室で担任とクラスメイト達に自己紹介タイム、僕はボケーッと瑠璃が出てくるのを教室前の廊下で待っているのだった。決して瑠璃を束縛しているわけじゃ無いぞ!?瑠璃が「折角おにーちゃんと同じ高校に入学したんだし、一緒に帰ってみたいなーって」と可愛く上目遣いでお願いしてきただけなんだ!待ってめっちゃ可愛くないうちの妹?世界一可愛いんだけど。


 でも西城高校に瑠璃みたいな可愛い子が入学してきたと知られたら、瑠璃とお近づきになろうとする男子が後を絶たないだろう。そうなったとき、僕は力を抑えきれる自信が無い……っ!


「瑠璃に近付く不埒なやからは僕が再起不能にしてやる……」

「ヒイロだとマジで出来るからやめい」

「あれ?美咲さんどうしてここに?」

「あーしも妹の入学式。マジあーしの妹天使過ぎない?目に入れても痛くないんだけど」

「奇遇だね、僕の妹も実は天使なんだ。だからさっきから汚らわしい目チラチラ瑠璃を見ている男子共をどうやって目潰ししてやろうか考えてる」

「落ち着けよヒイロ……」

「じゃあ美咲さんの妹が卑猥な目で男子に見られていたらどうするの!?」

「え?潰すけど?」

「でしょ?」

「股間を」

「美咲さんだとマジで出来るからやめた方が良いよ」


 真顔でそういう美咲さん。ちょっと股間がひやっとなったよ……美咲さんも身内が西城高校に入学してきたらしく、入学式で本来は休日だった在校生の彼女も登校していたらしい。扉の窓から見える瑠璃の教室を眺めつつ、僕たちは雑談をして時間を潰す。


 春休みの間ほぼ毎日といった頻度で美咲さんが僕たちの家に来ていたお陰か、僕も病院に居たときのようにガチガチに緊張することは無くなって、こうして気軽に話せるようになっていた。


「それにしても、かなりキツいね。力の調整」

「そぉ~。あーしもお気にの服何枚か破いちゃったしぃ……」

「そうそう、畳んでた服を広げたら勢い余ってビリッとね」

「これって、絶対あのステータスのせいだよねぇ」

「うん」


 美咲さんがため息をついて画面が割れたスマホを取り出す。そう、美咲さんが僕たちの家に毎日来ていたのは自身の体に起きている異変などの情報をすりあわせてた為でもあった(8割ほど瑠璃に会いに来てた気もするけど)。


 病院で瑠璃を抱きしめていた美咲さんが瑠璃を絞め殺してなかったのは幸か不幸か美咲さん自身の豊かなお胸がクッションになっていたという事実があったから。美咲さんも家のドアノブを握りつぶしてしまい、慌てて瑠璃に連絡……おにーちゃんも何かバーサーカーみたいに物壊すようになっちゃったし、折角ですし一緒に練習しません?ということで集まった流れであった。


 ひび割れたスマホの画面も力の調節が出来てなかったから。ちなみに僕のスマホは片岡さんに画面を見せようと電源ボタンを押してから電源ボタンが陥没して使い物にならなくなっていたよ……


「何とかヒイロと瑠璃ちゃんのお陰で日常生活は送れるようになったけどさぁ」

「毎日気張りながら生活しているせいで、最近は肩こりが酷いよ……」

「あーしもぉ……」


 美咲さんが肩をトントンと叩く……と同時に揺れる胸。美咲さんの肩こりの原因は絶対に力の調節のせいじゃないと思います。その後も雑談に花を咲かせていると、チャイムが鳴って教室から新入生達が出てくる。瑠璃も話しかけようと近付いてきた男子を気にも止めず、僕の方に駆け寄ってきた。


「おにーちゃんお待たせー、あ!美咲さんこんにちは!」

「おつかれ瑠璃ー。さ、帰ろっか」

「瑠璃ちゃんこん~。あーしも妹迎えに行かなきゃ。また明日ねヒイロ、瑠璃ちゃん」


 美咲さんが妹を迎えに別れる。残された僕たちも帰ろうと、今日の晩ご飯を考えながら廊下を歩いていた。


「今日はお祝いに何食べよっか?」

「外食でも良いんじゃ無い?おとーさんとおかーさんに『今日はこれで美味しいもんでも食べるんだ!』ってお金渡されてるし」

「瑠璃は何食べたい?」

「んー……回るお寿司!」

「回らなくても良いんじゃ無いかな今日ぐらい?」


 うちの妹は回るお寿司が食べたいらしい。余ったらそのまま私のお小遣いだし~とウキウキしながら言ってる小悪魔な瑠璃。可愛いなぁもう!


 別に僕も回る寿司でいっかーと靴を履き替え校庭に出る……と、校門にリムジンが止まっているのが見えた。ほえー、今年はお金持ちの子が入学したんだなぁ……僕リムジンの扉の前で執事が立って待っている光景なんて初めて見たよ。あ、僕たちの方を見た。


「小嵐緋色さん、ですね?お嬢様が中でお待ちです」


 僕の客でした。最近このパターン多くない?僕は怖い顔のおじさんとも柔和な笑みを浮かべてる執事とも知り合いじゃ無いんだってええええ!

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