第8話 死闘④

 勝った……のか?静まりかえる洞窟の小部屋。静寂の中には3人の荒い息づかいしか聞こえない。

 さっきから頭がフラフラする。心なしかボーッとしてきたような……


「小嵐さん……小嵐さん!聞こえていますか!?」

「な、何とか生きてます……血を失いすぎて貧血になりかけてるっぽいですけど」


 西園寺さんが僕の頬をペチペチしながらそう問いかける。どうやら目の焦点も合わなかったようだ……気が抜けて意識を失えば、それこそここから脱出できない。僕はまだ終わってない、と今一度気合いを入れ直す。


「と言っても、もう歩く余力も残って無いんですけどね……ははは」

「意識がない人ならともかく、まだ意識のある人なら掛ける体重的に運びやすいですから……」

「あ、あーしも運ぶ!」


 助けた彼女がそういって、西園寺さんとは逆のほうの肩を持つ。服を破かれているもんだから、胸が……


「さ、西園寺さん。僕の上着を彼女に……」

「え?あ……み、見んな変態!」

「ぶべらぁ!」

「あ……ごめん」


 思わず身体を隠すために両手を使ってしまった彼女。もちろん重力に従って顔から床に激突する僕。意識が朦朧もうろうとする……待って?ゴブリン倒した後の方が死にそうじゃない?


 一旦座って身体が上手く動かない僕の代わりに西園寺さんに脱がしてもらう。若干恥ずかしいが仕方ない、彼女の身体全体を覆う布地は僕の上着しか無いのだ……汗臭くないよね!?必死に走って逃げたりぬかるんだ地面に倒れたりしてたからちょっと気になるんだけどそれ。


 その時、ピロンッという無機質な音声が3つ同時に発生する。スマホが今になって通じたのかな?早速助けを呼ぼうと僕たちはスマホを見ると、その画面には奇妙なものが映っていた。なんだこれ……ステータス?


――――――――――――

名前:小嵐緋色


LV.0→Lv.1

HP:1→20

MP:0→6

STR:H4→G1

VIT:H1→G1

DEX:H2→G1

AGI:H5→G1

INT:H5→G1

《スキル》

《称号》

・『オルレウスの資格者』

――――――――――――


 そこには僕の名前と数値化されたであろう僕の身体能力が。訳が分からん……


「何でしょう、これ?」

「うへぇー、あーし英語嫌いなんですけどぉ~」


 2人も自分のスマホを見て、いきなり現れたステータス表記に困惑する。そんな『何か知ってる?』みたいな視線を僕に送られても、僕もさっぱりなんですが……

 そりゃゲームのステータスですよ!なんて言ってしまうのは簡単だけど、待ってるのは美少女達のあきれた顔だよ?


 一部界隈ではそんな顔されるのがご褒美だなんて思う変態さんも居ると思うけど、残念ながら僕はノーマルなのでただただへこむだけだ。


『この度は資格者の獲得、まことにおめでとうございます』

「うわ!」


 スマホから無機質な女性の声が突然聞こえて、取り落としそうになる僕。心臓に悪いよ……彼女たちもいきなり音声が流れてきた僕のスマホを見ようと近付いてくる。


「小嵐さん?」

「なんか聞こえなかった?資格者がどーとか?」

『申し遅れました。わたくしこのダンジョンを管理しております、《おるれうすちゃん1号バージョンすりぃ~!》でございます』

「ッ!?」


 たった一言でツッコみたいワードが3つぐらい出てきたよ!?やっぱりここはダンジョンだったんだとか、ダンジョンを管理しているとか、1号なのにバージョン3なのかとか!

 待って……理解が追いつかない。西園寺さんも混乱しているのか眉をひそめている。


「だんじょん?かんり?」


 もはやダンジョンという言葉すら初めて聞いたのかってぐらい頭をかしげるもう1人の女の子。いやニュースとかでやってたじゃん……


『今回、あなた達をここへ呼んだのは私でございます。あなた達含め資格者候補の10人は試練をし、それを乗り越える事で資格者へと……』

「待ちなさい。今あなた、ここに呼んだのは私と言いましたね?」

「西園寺さん……?」

「ひぃ……!鬼の顔しちゃってるよぉ」


 そこには鬼がいた。怒りのあまり固く握りしめた拳が震えている。や、やめてね?その拳振り下ろしてもダメージが入るのは僕のスマホだけだからね?無機質な女性の声は、淡々と西園寺さんの疑問に答える。


『はい』

「っ!あなたはッ!何をしたのか分かっているのですか!?人が死んでいた!あなたがやったことは殺人幇助ほうじょ、立派な犯罪なんですよ!」

『いえ、ゴブリンと戦い打ち勝つ事こそが試練の内容になっていましたので正確には殺人罪が適用されます』

「……っ!」


 今……彼女はなんて言った……?『ゴブリンと戦い打ち勝つ事こそが試練の内容』?じゃあ、僕たちが襲われたのって……コイツのせい?


「ふ、ふざけるな!そっちの身勝手な目的のために僕たちは死にかけたって言うのか!?」

『はい』


 事もなにげに肯定するコイツ。やろぉ……ッ!僕たちの怒りを逆なでするように、コイツは言葉を続ける。


『予想外でした。まさか


 複……数、人?それに、ゴブリン三匹?あの洞窟にいた10人のうち、僕たちが見た死体だけじゃなく、他にも……?


 あまりの残酷さと絶望さに、僕たちの心が折れる。こんなにも一匹倒すのに死を覚悟して、大けがも負って、あと二匹?しかも、もう西園寺さんは体力が残っておらず、もう1人の子も精神的にギリギリ。僕だって血が足りなくてまともに立ち上がることすら出来ない。あまりもの現実に、僕たちは口を閉ざす。


「……」

『ですので、試練を中止いたしました。この問題は各ダンジョンに通達し、共有いたしますのでご安心ください』

「っ!?」


 試練を、中止?じゃあもう、戦わなくていい、ってこと?絶望の中でひょっこりと現れた希望に、僕たちは食い入るようにスマホを見る。


「試練を中止したって事は、あーしらはもうあのバケモノに襲われない?」

『はい』

「ウチに、帰れる?」

『はい。私が出口まで案内いたします』

「良かった……良かったよぉ~……」


 帰れると分かって安心したのか、僕の腕に抱きついて泣き出す女性。む、胸が当たって!?あ、あばばばばば……


 西園寺さんも、コイツの言うことを信じても良いのか疑問に感じながらもホッとした表情を見せている。出口があるであろう方向も『自分の予想』で、もし間違っていたら僕たちが助かる未来はない……そんな不安を抱えていたんだろう。


 高校生が下す決断とそれにともなう責任にしては、あまりにも大きすぎるものだったと思う。


『1分後、資格者候補の生存者を全て多数の生命反応のあるダンジョン入口に転移されます。今回は私の不手際によって多大なご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます』


 そう言って、僕のスマホからはアイツの声は聞こえなくなった。呼びかけてみても反応無し。アイツ、言うだけ言って逃げやがった!その場に残された僕たちは、お互いに顔を見合わせる。


「とにかく……帰れ、そうですね」

「う゛ん……!よがっだよぉ!」

「まだ油断は出来ませんが……難局なんきょくを乗り越えたのは確かでしょうね」


 緊張の糸が切れる。その瞬間、僕の意識は暗くなっていく……寒い。


「小嵐さん?小嵐さん!」


 西園寺さんの声がひどくくぐもっていて聞こえづらい。あ、そうか……僕、死ぬのか。血を流してから何分経った?いったいどれぐらいの血を流した……?


 ボーッとして視界が歪む。西園寺さんともう1人の子が必死に僕に声を掛けているのが分かるけど、上手く声が出せない、や……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る