第7話 死闘③

《美咲視点》


 あーし美咲みさき奈々なな、16歳。華のJKまっただ中の普通のギャル。いや、可愛く無い制服を着崩して個性を出してみたり、腰まで伸ばした髪を金髪に憧れて染めたりしてたらいつの間にかギャルの仲間に入れられてただけなんだけどぉ……


 高校デビュー!だなんてはっちゃけていたらいつの間にかギャルだなんて言われるし、股が緩そうだなんて偏見を勝手に持たれて近付く男子はみんなあーしの身体目当て……ふざけんな!馴れ馴れしく喋りながらあーしの胸とか太ももとかチラチラ見てるの分かってるかんな?


 胸元開けてるのも、スカート短くしてるのも全部あーしのお・しゃ・れ!男を誘ってるだなんて巫山戯ふざけたこと言ってきたバカには股間を蹴り上げてやった。


 男ってホント下半身で物事を考えてるって言うかぁ……さかった猿かよ!確かにあーしは同学年の女子よりおっぱい大きいけどさ……最近またブラきつくなってきたし。


 いやそんなことはどうでもいいんよ。あーしが言いたいのは男ってのは自己中のエロ猿ってコト!化粧やファッションの話が合う友達はそれこそギャルだし、学校でそういう話が出来るのは楽しいんだけど、性に奔放ほんぽうなのかしょっちゅう顔が良い男子を誘惑してはソーユーコトしてるし……


 小さい頃に少女マンガで読んでいたような優しくて頼れる男子っていうのは幻想だった。ナンパしに来る大学生や社会人のような大人も、みんなあーしの谷間を覗いてくる。あーしより背が高いから自然に見えてしまうとしても、あーしの目はそんな下に無いが?


 それはこの訳わかんない場所だって同じだった。鴻上コーガミとか名乗った不良は自己中なガキだし、一緒に付いてきた陰キャ共はまともにあーしと目を合わせられないクセして、あーしが疲れてしゃがみ込んだらパンツ見ようとそっと立ち位置調整してくるのがキモすぎるし……!


 だからあーしは分からなかった。


――――ゲヒャアアアアアア!

「小嵐さん!思いっきり右に弾いてください!」

「無茶言ってくれますね西園寺さん!」


 コガラシ?と呼ばれた男子が足から血を流しながらも獰猛どうもうな笑みを浮かべてバケモノの武器を、壁に寄りかかりつつもフライパンで迎撃げいげきしている。


 すぐ横にいるサイオンジ?っていう女子も、コガラシという男子なら出来るという確信を持っているかのように次々指示を出していた。


「な、なんなのよ……意味分かんない……」


 ただでさえケガした男なんて足手まといの何物でも無いじゃん!ケガなんてしてなくても男なんて信用しちゃいけないのに!あの時だって……!

 あーしはあのバケモノに襲われた事を思い出す。目の前で切り刻まれる人……一瞬の静寂の後、叫び声と混乱があーしの耳をつんざく。


 どけ!あけろ!そんな怒声が洞窟の通路内に響き渡り、肩や腕をぶつけられてあーしはたまらず尻餅をついた。そんな逃げ遅れたあーしを見て、あのコーガミって奴は何かを思いついたかのようにニヤリと笑って立ち止まり、あーしと目線を合わせるようにしゃがみ込んで……


「お前、俺を逃げる時間を稼いでこいよ。女なんだから、股開いて誘惑でもすればあの化け物に抱かれて時間ぐらい稼げるだろ」


 何も出来ないお前がやれる、唯一のことなんだからなぁ?そう言い放った。は?……何を、言ってるの?およそ人間から言われたとは思えないその言葉を理解するまでの間に、あーしはソイツに横っ腹を強く蹴り上げられ……


――――ゲヒャッ!


 倒れたあーしの目の前には、そのバケモノが獲物を見る様な目をして舌なめずりをしていた。


――――ゲアアアアアアアアアアアッ!

「小嵐さん!突進してきます!気合いで避けてください!」

「指示がアバウトすぎませんか!?」


 あーしはその時、正しく『現実』ってものを知った気がする。必死に逃げてもじわじわと近付いてくる恐怖、我が身かわいさにあーしを棄てた男共の怒り、つまずいて倒れたところに覆い被さってきたバケモノがあーしの服を乱暴に引き裂いた時の絶望感。


――――グッ!?

「折れた!」

「ボロボロな刃物が固い壁に対して強い力がかかったんです。そりゃ折れますよ」


 女は弱い。独りよがりに強がったって、強者を前にして強い男がいなければ何もかもを奪われる……純血も、命も。あーしの友達はこういう時に命が取られないために、強者である男が必要だったんだと、あのバケモノに犯されそうになったときに悟った。


――――グッ……!ガアアアアアアアアアアッ!

「させるか!……グッ…ギ……!」

「小嵐さん!このっ……!離れなさい!」


 でも今の状況は何?お世辞にも強そうには思えない体格の男子が、弱いはずの女子と一緒に、不格好ながらバケモノと渡り合ってる。


 今だって、折れた武器を投げ捨てて女子の方に飛びかかってきたバケモノを男子が身をていしてかばい、その時に取り落としたフライパンを、女子がすぐに拾っては男子の首を絞めるバケモノに殴りかかっている。


「怖く……無いの……?」

「はぁ?怖いに決まってるじゃないですか!」

「かはぁッ!はぁ……はぁ……さっきから、膝、ガックガクですよ?僕」


 あーしの思わず口から漏れ出た呟きに、バケモノから目をそらさずに応える二人。色々と限界が近いのか、気にしている余裕が無いのか口調が荒い。じゃあ何で……?


「『人でなし』にならないと決めたなら!助けるって決めたなら!何も出来なくたって何かをやるんです!たとえそれが意味が無かったとしてもっ!」

「……っ!」

「怖かったとしても、動かなきゃ。僕たち3人の命がかかってる……ッ!痛いから怖いからって立ち止まってたら、僕一人の命じゃ済まないんだよっ!」

「「だから足掻あがく!」」


 気付いたら止めどなく涙が溢れていた。あーしが間違ってたんだ……あのバケモノの前では男でも女でも関係ない、ただの人なんだ。


 あーしは独りよがりに強がって、男と同列に語って欲しいくせに、頭のどこかでという前提があったから……分からなかったんだ。


 サイオンジという彼女は、非力であのバケモノと真面まともに戦えないからこそ考え、ケガをしていながらも戦う彼を必死にサポートしようとしている。


 コガラシという彼も、あーしら3人の命がかかっているからこそ耐え、対等な立場で彼女の指示を必死に遂行しようとしている。役割は違えど、2人は今死力を尽くしているんだ……生き残るために。だからあのバケモノとだって、戦えているんだ。


 でも、『現実』はそんなあーしらを鼻で嗤うかのように絶望を見せてくる。


――――グ……ゲゲッ……!

「嘘だろ……?まだ動けるのかよ……」

「武器も折った、滅多打ちにもした、それでもまだ向かって来るのですか…ッ!?」


 そのバケモノはフラフラとしながらも身体を起こす。既にバケモノは満身創痍まんしんそういっぽい……でも、その時コガラシも限界が来たのか足から崩れ落ちた。


「小嵐さん!?」

「血を流しすぎた……足に力が、はい、らない……!」


 ハッと気付いて、コガラシが崩れ落ちたところの地面を見ると、既に大量の血を流しすぎて血だまりが出来ていた。そんな……これじゃぁ!


――――ゲヒャ……ッ


 バケモノが勝機を見いだしたかのように笑う。近くにあった折れた武器の刃の部分を掴み、手から流れ落ちる血も気にせず2人の方に近付いていく。フラフラと足取りは覚束おぼつかないが、それでも2人とバケモノの距離はゆっくりと縮まっていた。


「くっ……」

「……小嵐さん、後は、任せてください」


 コガラシの左足を上着でキツく縛って止血したサイオンジがフライパンを持ってそういう。コガラシを守るように、バケモノの前に立っている彼女の足は震えていた。

 怖いのに、逃げれた最後のチャンスだったかもしれないのに……彼女はもう、決めてしまったんだ。


 あーしは?こうやって震えて遠くから見ているだけ?何もせず守られるのが当然だなんて考えて、ここでみんな死ぬの?


「きゃっ!」

「西園寺さん!」


 バケモノが飛びかかり、力任せに彼女を押し倒す。その目は獲物を見る様なものではなく、何が何でも殺してやると血走っている!

 何か無いの!?何か……!その時、この状況に既視感デジャブを感じる。武器を振り上げるバケモノ、馬乗りになっている人……横から光るライト……!?


『目が弱いのか強い光を嫌がっている素振そぶりを見せていました。洞窟内よりも強いスマホのライトの光でも有効打だと思います』


 あーしはこの時、逃げるときにスマホのライトを付けっぱなしにしていた事に感謝した。服が引き裂かれた時に地面に落ちた自分のスマホを掴む。あーしだって……『人でなし』で終わりたくない!


――――グ……ッ!


 ゴブリンが何かを嫌がるように左目を閉じた。意識が彼女から一瞬だけズレる……既視感の通り、一瞬の隙が産まれる!


「ッ!やああああああああ!!」


 サイオンジがその隙を見逃さず、思いっきりフライパンをバケモノの頭に振り抜く!そしてついに……


――――グ……ガ……


 そのバケモノは、ずり落ちるように彼女の身体から離れ……煙のように消え去ったのだった。

 勝った……の?

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