第6話 死闘②
――――ゲヒャッ
「ぐっ……あああああああああああ!」
太ももを刺された!痛い痛い熱い熱い痛い!!焼けるような痛みが左足に走る。油断した油断した油断した!僕はゴブリンの前だというのに、唯一の武器であるフライパンを落としてしまう。
「こ……!い……ぁ…!」
西園寺さんが何かを言ってるのが聞こえるが、痛みで意識が飛びそうになってる僕にはモヤがかかったように酷く
危機的状況で、限界まで引き延ばされた時間。スローモーションで刃を振り下ろすゴブリンの姿を目で捉えながら、高速で過ぎ去っていく僕の過去。これが走馬灯ってやつ……?
結局、何も出来なかった。女の子を逃がすことも、西園寺さんが逃げる時間を稼ぐことも……僕が生き残ることも。僕はやっぱり何処まで行っても痛いオタクのままで、物語の主人公に憧れただけのちっぽけな人間だった。
ごめん、お父さん、お母さん、瑠璃……僕、ここで死ぬみたいだ……。死に直面して恐怖で思わずぎゅっと目をつむる、その寸前。
――――グ……ッ!
ゴブリンが何かを嫌がるように左目を閉じた。意識が僕から一瞬だけズレる……さっき僕が西園寺さんを見てしまった様に、今ゴブリンが何かに意識を逸らして武器を振り下ろすのを
『『自分を卑下する者に
意識が一気に覚醒する。やられたままでいいのか小嵐緋色!?このまま殺されて良いのか小嵐緋色!最後まで諦めなかった奴が
加速していく時間の
――――ゲヒャ……ッ!
地面に倒れていた状態から繰り出した狙いが
「はぁ……はぁ……」
「小嵐さん!」
荒い息を吐きながら、危機的状況を脱した僕に西園寺さんが駆け寄ってくる。僕は西園寺さんの肩を借りながら何とか立ち上がることが出来た。
「ごめんなさい……!ごめんなさい……!私が不注意にも声を上げてしまったばかりに……こんな大ケガをっ!」
悲痛な顔をして僕を見る西園寺さん。そこにはさっきまでの凜とした彼女の姿は無く、何か思い詰めているような顔をした西園寺さんがいた。西園寺さんのせいじゃないですよ、と僕が言おうと西園寺さんの方を見ると、胸ポケットから何か光っている。
「西園寺さん……それは?」
「え?……ああ、
「いえ!助かりました。あの一瞬が無ければ僕は……あそこで死んでいました」
あの一瞬の隙。ゴブリンが何かを嫌がるように左目を閉じたあの行為は、西園寺さんがスマホのライトをゴブリンに向けたものによるものだった。ホント、この西園寺伊鈴って人は……ピンチの時に駆けつけてくれる『勇者』そのものに違いない。僕が感心していると、西園寺さんが驚いた顔をしている。そんな意外だったかな……?
――――グ……ガ……
ゴブリンがうめき声を聞いて一気に現実に引き戻される。ゴブリンは頭をふらつかせながら立ち上がろうとしている!僕は焦りながら西園寺さんにここから離れるように言った。
「西園寺さん離れてください!まだ意識を失ってない!」
「このまま肩を貸した状態で戦うのは危険ですね……かといって足を負傷した小嵐さんと腰が抜けている彼女を連れて逃げれる可能性は低い」
焦っている僕とは違って冷静に現状を分析してくれている西園寺さんには本当に頭が下がる。でも、そのせいで自分が完全にお荷物になっている事を再認識してしまった。
クソッ!僕があの時油断しなければ……!結局、決意を新たにしたのは良いけど文字通り今の僕は足手まとい。左足をかばって情けなく彼女に寄りかかる事しか出来ないっ!
「……ここで、戦うのがいいと思います。いえ、戦いましょう」
西園寺さんが意を決したように僕にそう言った。彼女の中で何かあったのか、先ほど見せていた思い詰めた表情は無くなり、不良少年君と
勝機は無い、作戦もない……それでも僕は、西園寺さんのその決定を受け入れることが生き残るための最善策だと確信できる程に、彼女の言葉には重みがあったんだ。
「小嵐さん、ごめんなさい。あなたに肩を貸したまま戦うことが出来ないので、一旦壁に寄りかかる事は可能でしょうか?」
「わかりました」
「ね、ねぇ!逃げよーよ!」
僕たちが目の前の脅威と戦うために後ろの壁に下がろうとしたとき、そんな声が聞こえた。よろよろと立ち上がるゴブリンを警戒しながら声が聞こえた方を見ると、さっき助けた女の子が西園寺さんに向かってそう言っていた。
「あんなん敵うわけ無いって!あーしとあんたなら逃げ切れるでしょ!?アイツ、キレてソイツ狙ってるみたいだしっ!」
僕を指さして半狂乱で騒ぐ彼女。水を差すこと言うなよ……と若干思うけど、あの子もゴブリンに色んな意味で襲われそうになってたから仕方ないとも思う。
一刻も早く逃げたいはずだ、彼女の言っていることはこの状況において正しいとも言える。
だが、西園寺さんは彼女の言葉を歯牙にも掛けず
「いえ、私は逃げません。小嵐さんがいた方が生存率は上がると思っています……それに」
と彼女が微笑む。
「たとえ何も出来ない『ろくでなし』だとしても、私は小嵐さんを追いかけた時点で、人を見捨てる『人でなし』にはなりたくないと、そう思いましたから」
「……っ!」
最初に私があなたを見捨てようと提案した手前、あまり強くは言えないんですけどね……と微笑みが自嘲気味になる彼女。それでも結局、西園寺さんは僕と女の子を助ける判断をした。ならば僕が西園寺さんに言う言葉は決まっている。
「西園寺さん。あなたは自分の意思で僕と一緒に残ることを決めたのです。あなたは流されなかった……立派な人ですよ」
「っ!あなたって人は……これは、一本取られましたね」
「な、なんなのよ……意味分かんない……」
僕たちだけしか通じないやりとりを見て、訳が分からずそう呟く彼女。ごめんね?ただの痛いオタク君が可愛い女の子に精一杯格好付けてるだけだから。
――――グ、アアアアアアアアアアアアアッ!
「完全に頭にきてますね、あれ」
「小嵐さん、あの生物に心当たりはありますか?」
怒り狂うゴブリンを見て、西園寺さんが矢継ぎ早に僕に質問してくる。
「力はどれぐらいですか?」
「鼻は利く方ですか?」
「戦い方は?」
「何か習性みたいなものは?」
「他に気付いたことは?」
僕も負けじと高速で西園寺さんの質問に答える。ゴブリンが完全に立ち直るまで時間が無い中、僕たちは生き残るために言葉を交わし続ける。
「力は僕の少し上です。つばぜり合いは数十秒保たせることが出来ました」
「鼻は利きます。おそらく襲われた彼女が付けていた香水の匂いを
「戦い方は力押し
「習性としては、単純に男は殺し、女は犯す……といったところだと思います。彼女が殺されず犯されそうになっていたのを見るに、これは確定です」
「目が弱いのか強い光を嫌がっている
うわー……完全に血走った目でこっちを見てるよゴブリン。僕には殺意を、西園寺さん達には劣情を。刃物は怖い、僕の血で濡れるゴブリンの武器は一層恐怖をかき立てている。だから僕はそんな感情を笑い飛ばすように、ゴブリンをにらみつけて不敵に笑ってやった。
――――ゲヒャアアアアアアアアアアッ!
挑発されていると思ったのか、ゴブリンが激情する。西園寺さんが僕に最後の質問を投げかけた。
「まだ……やれますか?」
「ッ!当然!」
足から血は流れ続けているし、不安や恐怖も相まって足はもうガクガクだ。それでも僕は不思議と負ける気だけは、しなかった。
来いよゴブリン、第二ラウンドだ!格好付けたオタク君は……厄介極まりないぜ?
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