第2話 異変②

 気がつくと、僕は固い地面の上で寝そべっていた。うん……僕、誘拐ゆうかいされた?まだ意識が覚醒しない中、ぼーっと周りを見渡す。


 僕の周りにも倒れてる人が6人ぐらい居て、起きてる人が3人。徐々に意識がハッキリとしてきて、頭が回り始める…と共に混乱する。


 え!?誘拐?僕お金持ってないよ!?お財布の中コンビニのスイーツ2個買ったら無くなるぐらいには金欠だよ!

 おうちには瑠璃しかいないからお金もそんな無いし……!まさか、人身売買!?


 あわあわしている僕の目の前で、倒れていた人がむくりと起き上がる。ぼーっと周りを見渡して……あ、あわあわし始めた。


 人って他人の慌てっぷりを見ると逆に冷静になるって本当だったんだなぁ、と思う。だって僕、さっきまで慌ててたのに今めっちゃ冷静だよ?


 そして冷静になってくると、さっきよりも周りの状況がよく分かってくる。洞窟っぽい広めな空間に僕たちは居て、前後に道が続いているようだ。


 たいまつやカンテラと言った光源が無いのに洞窟内は周りが見渡せるほどに明るく、よく見ると壁に埋まっている石がほのかに光っているのが分かる……あれは何なんだろう?


「あのー……」


 自ら発光する金属なんて、少なくとも僕は聞いたこと無い…くそっ!こんなことになるなら、寝ずにちゃんと化学の授業をまじめに聞いておくべきだった!


「も、もしもーし」


 それにしても僕たちを誘拐した理由は何なんだ?人身売買とかなら普通は海沿いの倉庫とかに縛られてるイメージがあるんだけど。


「あの!」

「ぅひゃい!」


 思考に没頭している間、声をかけ続けていたらしい。ごめんなさい……自分の世界に入り込んでしまうのはオタクの悪い癖だよホント、気を付けないと。


「ここ……どこでしょうか?」


 そう僕に聞いて来たのは、さっきまで目の前で慌てていた女の子だった。ここはどこ?それは僕も聞きたい。


「わ、わかんない……です」


 ここで格好いい人や物語の主人公なら女の子を安心させる一言を言えるのだろうが、残念ながら僕はオタクである。


 女の子と喋った事なんて、瑠璃を除けば先週日直だった時の『今日彼氏とデートだから代わりに日誌書いといてぇ~』『……ッス。』だけだぞ!まともに会話出来る訳ないだろ!


「……」

「……」


 会話終わったが?やだ…僕のコミュニケーション能力低すぎ?ほら、相手も会話が続かなくて気まずそうにしてるじゃないか!と、取りあえず名前を聞いて話を繋げるんだ僕!


「え……と僕、小嵐こがらし緋色ひいろって言います。16歳です」

「あ……私、西園寺さいおんじ伊鈴いすずです。同じく16歳です」

「……」

「……」


 ダメだ……僕には会話を続ける才能が無い!周りのみんなも起きては他の人と喋って情報共有をしているというのに、僕たちは正座で向かい合って俯いてる事しか出来てないぞ。って、


「って、もしかして西園寺って『西園寺グループ』の……?」

「あ、あはは……やっぱりバレちゃいますか」


 いやバレるも何も、ここら辺で西園寺って言えば超巨大企業『西園寺グループ』しかないじゃないか!


 改めて女の子を見ると、ネットで見たことある顔とそっくりだ。ネットにあった彼女の写真は中学生のものだったのか、リアルで見ると少し成長して美人に磨きがかかっているのが分かる。


 肩まで伸ばしたセミロングの黒髪が、ダンジョンの鉱石の光を反射させていてもはや神々しささえ感じた。


 いやいや、容姿もさることながら重要なのはそこじゃない。『ものづくりに遊びと未来を』というキャッチフレーズで全国展開している西園寺グループと言えば、オタクなら…というかオタクじゃ無くても日本人なら誰しも知っているだろう。


 というのも、この西園寺グループの1つ『西園寺テクノロジー』は、世界で初めて『フルダイブ型のゲームハード』を開発したとんでも会社なのだ。


「じゃあやっぱり誘拐……?でも10人もさらう理由が……」

「どうなっているんだこれは!?」


 僕が再び自分の世界に入りそうだった時、怒りに震えた声が洞窟内に響き渡る。ハッとなって声をした方を向くと、紅い髪を乱暴に掻き上げた少年が血走った目で周りに当たり散らしていた。


「俺はあの鴻上こうがみ様だぞ!俺を舐めたらどうなるか分かってんのか、あぁん!?」


 うわー……絵に描いたような不良だよ。手に持ってる金属バットで壁殴ってる……あ、落とした。そりゃ壁殴ってるんだから手だって痺れるに決まってるじゃん、言わないけど。怖いから。


「不良、こわぁ……」

「確かに怖いです、が……こういった状況でも普段の態度を一貫しているのは凄い胆力と言えますね」

「ほえぇ……」


 僕が思っていることが無意識に言葉に出ていたのか、西園寺さんが同意しながらもそう少年を評価していた。


 僕にはただのわめき散らしている不良少年にしか見えなかったけど、西園寺さんは彼の胆力をあの態度から読み取っている。さすが西園寺グループの社長令嬢、人を見抜く力は人一倍だ。ホントに僕と同い年……?


「クソが……、おい!お前らさっさと起きやがれ!こんなくだらないとこさっさと脱出するぞ!」

「いえ、ここで待った方が良いと思います」


 鴻上…様?が周りの人をまとめ上げ、脱出しようと声を上げる。と、その声に西園寺さんが反対した。……え!?西園寺さん何やってるの!?


「んだてめぇ?女が意見してんじゃねえよ!」

「自分の命がかっている以上、言わせていただきます!」

「ちょ、ちょっと西園寺さん…!?」


 真正面から反対しているよ西園寺さん!あの不良少年めっちゃメンチ切ってるよ!一歩も引かない西園寺さんめっちゃ格好いい!ちょっと振り返って笑みを浮かべて『大丈夫』って言外げんがいに伝えて来るの凄い主人公だよ西園寺さん!


「こんなとこにいつまでも居られるかよ!お前らもそう思うよな?なぁ!?」

「う、うん……」

「まあ、確かに……」


 あ、周りの同調を得て多数派になろうとしてる。ずっる!?ムーブが小物だよ鴻上様!


「いいえ!ここがどこかも分からないのに無闇矢鱈やたらに動くのは悪手だと思います!」

「じゃあ、好きに残れば良いじゃねえか!お前一人でな!!おら行くぞてめぇら!」


 不良少年は周りを引き連れてこの広い空間から出て行く。大多数がそちらについて行くようだ……ぼ、僕もついて行くべきか?


「『現状が何も分かっていないのに、1人の意見で方針を決めたら経営がたち行かなくなる』……彼の行動は誰が見ても愚行ぐこうであるというのに何故!」

「……」


 なぜ誰も疑問に思わないのですか…っ!と、遠ざかっていくみんなの背中を見ながら悔しさと共に拳を握りしめる西園寺さん。僕としても、まだ何もわかっていないうちに動くのは色々な意味で危険だと思う。


 でも…僕はそれを言えない。鴻上…様がやったことは自分の意見を強制的に同意させて多数派の意見として通すことだ。そして日本人の特性上、長いものには巻かれる……僕が反対意見を西園寺さんと出せば、僕もあの状況で村八分にされかねない。

 今なら僕もあの集団に入れる。僕は……僕は……!


「小嵐さん……」


 結局、僕は西園寺さんと残る道を選択した。仕方ないじゃん!女の子を一人こんな訳わかんないところに置いていくわけにも行かないし、もしそんなことしたら瑠璃に嫌われてしまう!そんなのおにーちゃんやだ!もう既にデザートを買う約束もすっぽかしてるんだ!瑠璃にこれ以上嫌われてたまるか!


「ありがとう…ございます」

「いえ……」


 ……会話続かねぇ~!静かになった洞窟内を所在なさげに見渡す。結局、僕たち以外はみんなあの不良少年に連れて行かれたようだ。ノーって言えない日本人だね僕たち。


「私も、薄々は感じているんです。スマホは電波が通じないし、助けを呼ぼうにも方法が無い。この状況で『動く』以外の選択肢は無いだろう、と」

「はい…」

「でも、それでも私たちは10人いたんです。こんな非常時には意見を出し合って議論する時間が最も重要だと思ってた…それなのに……!」


 ごめん西園寺さん。それは僕にも刺さるから……。確かに何を言っても結局は進む以外の結論は出なかっただろう。


 だけど、前の道に行く後ろの道に行く、5人に分けて両方進んでみて情報があったらこの広間に戻ってくる……色々と進むにしても方法があったはずだ。


「ごめん……西園寺さん」

「小嵐さん。あなたは自分の意思で私と一緒に残ることを決めたのです。あなたは流されなかった……立派な人です」

「そんな…僕なんか」


 僕なんか女の子が責められてる時に何も出来なかったヘタレですよ…と言おうとしたとき、西園寺さんが人差し指で僕の口をさえぎる。


「『自分を卑下する者に大成たいせいする道無し』、ですよ小嵐さん。下を向く頭があったら、ここからどうするか。一緒に考えましょう」


 そう微笑みながら言ってくる西園寺さん。『勇者』ってこういう人のことを言うんだろうな……と、僕は思った。


 どんな状況でも前を向いて、他人を尊重し、他人と協力する。一歩もじけず自分が真っ先に矢面やおもてに立つその姿はまさに、勇者に他ならないだろう。


 あと……取りあえず人差し指どけて?可愛い子にそんなことされたら普通にドキドキするから。オタク君チョロいから!勘違いしちゃうからぁ~!

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