第1話 異変①

 ダンジョンという言葉を聞いて、みんなは何を思い浮かべるだろうか?

 モンスター、宝箱、そして冒険……ダンジョンというものは、無限の可能性を秘めている。


 ある人は強さを求めて、ある人はダンジョンに眠る財宝を求めて、ある人はスリルを求めて……ダンジョンに魅了される人は少なくない。


 そんな僕も、ダンジョンに魅了された人の一人。僕が昔から読んでいた本の物語には、主人公が格好良く強大なモンスターを倒してヒロインを救ったり、ダンジョンの奥に眠る財宝を見つけたり。


 そんなワクワクとドキドキがある『冒険』というものに、僕はとても憧れていた。そのせいで、クラスメイトからはライトノベルが好きなちょっと痛いオタクだと思われちゃってるけど……。


 いつか僕も『冒険』をしてみたい!心おどるような『冒険』を!なんて思っていても、現実にはそんなダンジョンなんて存在しないわけで。


 本に描かれていた物語はフィクションだからこそ、僕もそうなりたいと思って妄想してしまうのだと高校生になった今、分かってしまう。


 確かにダンジョンに魅了される人は少なくないだろう。でも、それは「ダンジョンが存在したならば」の話。


 その前提が存在しない現実において、さっき言った僕のひとがたりはそれこそ、「ライトノベルが好きなちょっと痛いオタク」の妄想フィクションに他ならない。


 だがそんな妄想フィクションはある日、突如として現実リアルへと変貌へんぼうした。なんと、ダンジョンが世界各地で同時多発的に出現したのだ!


 ここ、日本でもダンジョンの入り口が多数発見された。SNSを見ていると、アメリカのダンジョンには本の中でしか見たことが無いスライムと思われる敵対生物モンスターを発見したなんて噂もある!


 ここに前提はくつがえった!「ダンジョンが存在しない」という前提が!

始めよう、僕の『冒険』を……僕だけの『冒険』を!今日から僕は、冒険者だ!


「はーい離れてー。ここから先はダンジョンにつき立ち入り禁止でーす」


 日差しが温かく感じるようになって春の兆しが見えているが、やっぱり夜はまだ寒い3月の終わり。家の窓から見える距離にあるダンジョンには、おまわりさん達が立ち入り禁止のテープを貼って民間人が誤って侵入しないように見張っている。


 おまわりさんの中の数人はダンジョンの入り口の方を見て、いつでも銃を抜けるように厳戒態勢げんかいたいせいを敷いていた。


 ……はい、まあ。現実はそんな甘くなく。ダンジョンに気軽に行ける冒険者っていうのは刃物や弓を町中で堂々と持てる異世界の中での話であって、日本だと普通に銃刀法違反だし、そもそも危険なダンジョンに民間人を自由に行かせる訳ないし。


 僕もこうやって家の窓から見ていることしか出来ない。現実のバカヤロー!


「まあ、分かってるけどさー。冒険ってそうじゃないじゃん」

「おにーちゃん、またダンジョンの話~?ご飯だよー」

「あーい、今行くー」


 ぶつくさ文句言ってたら妹の瑠璃るりに見られてしまった。おにーちゃん反省。


 海外では続々とダンジョンの情報が出てきており、敵対生物が存在したやら未知の物質成分を含んだ物品が発見されたりだとかで賑わっているというのに、日本は安全重視!って全然ダンジョンの探索が進んでいない。


 というか日本政府の意見としては「何馬鹿なこと言ってるんだ?」という感じ。つまりはダンジョンなんてなんてスタンスを貫いてるというわけで……


 こうやって凄い近くにダンジョンがあるというのに、あんな風に厳重に入口を封鎖しては国の対応を待つばかりだ。


 はぁ……とため息をついて窓から見えるダンジョンから目をそらし、僕は自室を出る。僕の冒険は、結局いつまで経っても物語フィクションから出ないまんまだ。


【起動――ダンジョン『オルレウスの遺志』】


 妹の瑠璃と二人で夕食を囲う。両親は昔から仕事上、あちらこちらを転々とする転勤族だったんだけど、僕たちが高校生になって身の回りのことを1人で出来るようになってからは僕たちが住める場所を用意して頻繁に海外出張していた。


 別に親子仲が悪いわけじゃないよ?ちょこちょこサプライズで帰ってくるし、毎回帰ってきてはよく分かんないお土産買ってくるし。

 それに夫婦仲に至ってはもう…僕たちが直視できないほどにはアッツアツですよ、ええ。『俺たち、年がら年中ハネムーン行ってるのと同じだぜ!』『まあお父さんったら~!』と、昨日電話で散々惚気のろけられた。


 ……まあ、『緋色ひいろ瑠璃るりがしっかりやってくれているから、お父さん達は帰る場所があるんだーって、頑張れるんだぞー?』って言われたときはちょっと感動したけど。


「ズズズ……あ、そだ瑠璃。おとーさん達、今どこにいるか連絡付いた?」

「ふも?ひふぁはめひふぁひふふっへ(いまアメリカにいるって)」

「ふーん、今アメリカなんだ」


 はしたないから口の中全部食い切ってから喋りなよー、と一応注意だけしながら飯を食べる。今日は豚の生姜焼きとお味噌汁~。


【ダンジョン入口付近二多数ノ生命反応アリ――Error。ガ居ナイタメ、次ノ段階二移行不可】


「瑠璃ー、生姜焼きのおかわりある~?」

「ダメだよおにーちゃん。明日のお弁当用に残りの生姜焼きは冷蔵庫!」

「ええー!頼む瑠璃!一切れ、一切れだけで良いから!」

「そしたら明日のおにーちゃんの弁当に入ってる生姜焼きは一切れ少なくしますぅ~」

「くっ……明日は昼ご飯の前に体育があるから我慢せざるを得ない!」


 瑠璃が作った料理はどれも美味しい。おにーちゃんはもう瑠璃無しでは生きてけないよ!だが妹に胃袋を捕まれてる兄というのも、ちょっと情けないというかなんというか…。


 いや!世の中は料理男子がモテるとか言われてるけど知るか!これからは一家に一人『瑠璃』なんだ!可愛いし、料理できるし、しゃべり相手にもなってくれる!流石に全部任せっきりなのも悪いので皿洗いは僕が引き受けるけど。

 ……なんで妹はこんなにも可愛いのに僕の顔って普通なんだろうね?生命の神秘だ。


【『オルレウスの遺志』カラ『ダフネの追憶』へ。資格者探索サーチノ承認要請――――許可】


「おにーちゃーん?私デザート食べたーい」

「んー?冷凍庫にアイス残ってなかった?」

「ちょっとお高めのデザートが食べたいのー!」

「おにーちゃん今月ライトノベル買いすぎてお財布厳しいんだけど…」

「むぅ~!買って買って買ってー!」


 ソファーに寝っ転がってテレビを見ていた妹がそう言って、三つ編みのおさげを激しく揺らしながら駄々をこねる。おねだりする瑠璃も可愛いなぁ…じゃなくて。おにーちゃんのお財布結構ピンチよ?コンビニのちょっとお高めのデザートでも痛いぐらいには今ピンチなんだよ?

 でも妹が可愛すぎるから買っちゃう~!


「じゃあ、お皿洗い終わったらコンビニ行ってくるから、それまでに何系のデザートがいいか決めといて~」

「やった~!おにーちゃん大好き!」


 はい大好きいただきましたぁ!おにーちゃんの皿洗いが体感15%ぐらい速くなっちゃうよ~!体感だから実際には速くなってないのがポイントね。


 エクレア~、プリン~、ハー〇ンダッツ~♪とテレビを見ながら買ってもらうものを考えてる妹の声を聞きつつフライパンを洗う。このフライパン、結構底が傷ついてきたし買い替え時かなぁ…


【資格者探索ヲ開始――半径2km圏内二資格者4名。基準値マデ残リ6名】


「瑠璃ー、このフライパン底がもう傷だらけだし新しいの買わなーい?」

「んー?ああ、そのフライパンもう長いこと使ってるもんねー。卵焼き作る時に底にひっついて焦げちゃうし…新しいの買おっか!おにーちゃんデザート買いに行くついでに捨てといて~」

「あーい……って、フライパンってカテゴリー的にどのゴミに入るんだろう?燃えないゴミ?」

「結構そのフライパン大きいから多分粗大ゴミだよ~」


 じゃあコンビニの途中にある粗大ゴミ置き場に捨ててくるか…っと、洗い物終わり!棄てるって言ってもこれまで我が家の飯を作り続けてきたフライパンだからな、今まで美味い飯作ってくれてありがとうという感謝の気持ちを込めて水気を拭き取る。


 ……美味い飯作ってるのは瑠璃だし、感謝すべきなのは瑠璃に対してかな?まあいいや。


【資格者10名。基準値ニ達シタタメ、第一次選定ノ開始ヲ『ダフネの追憶』へ申請――――許可】


「んじゃ取りあえずコンビニ行ってくるかぁ……瑠璃、決まった?」

「んー……2つじゃダメ?」

「瑠璃はおにーちゃんのお財布にトドメ刺したいのかな?」


 上目遣いをしてお願いしてくる瑠璃。くっ!なんて魔性の女なんだ!?つい買ってしまいそうになるじゃないか……しかしだ妹よ。コンビニのデザートは高いんだぞ!2つも買ったらおにーちゃんのお財布はただの袋に大変身だ!


「お願いおにーちゃん!プリンとパフェでとっても迷ってるの!」

「じゃあ、どっちか買ってくるから、また今度もう一つの方自分で買ったら?」

「おお~、おにーちゃんナイスアイデア!」


 まあ、おにーちゃんが無駄遣いしなければ2つとも買えてたけどね~とチクッと刺してくる妹。い、良いじゃないか!それに瑠璃も僕の部屋からライトノベル持って行って読んでるんだから無駄遣いじゃないやい!


【コレヨリ、第一次選定ヲ開始シマス】


「んじゃ、行ってきまーす」

「いってらっさーい」


 僕は財布とフライパンを持って家から一歩出た。その瞬間……意識が暗転する。


【資格者の皆様に、さちあらんことを。そして……『オルレウスの遺志』を見つけてくれることを願って】

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