【一章完結!】現実でダンジョンを攻略するのはハードモードすぎないか?

夏歌 沙流

第0話 プロローグ

――――ゲヒャッ

「ぐっ……あああああああああああ!」


 太ももに何か異物が入っていく感触がある。それが左足を刺されたという事実を僕が理解するまでに、数秒の時間を要した。


 次の瞬間、左足から伝わるあまりもの激痛に僕は絶叫する!痛い痛い熱い熱い痛い!!焼けるような痛みが左足にはしる。!僕は敵の目の前だというのに、唯一の武器を落としてしまった。


「こ……!い……ぁ…!」


 西園寺さんが何かを言ってるのが聞こえるが、痛みで意識が飛びそうになってる僕にはモヤがかかったように酷く不明瞭ふめいりょうに聞こえる。左足の力が抜けて、足という支えを失った僕は思わず地面に倒れ込んだ。


――――ゲヒャッ


 身体が崩れ落ちてかすむ視界の中、敵がチャンスとばかりに倒れている僕に飛びかかり、馬乗りになる。


 持っている武器を僕に振り上げて、勝ちを確信したのか敵の醜く笑う姿が、僕の視界いっぱいに広がった。


 危機的状況で、限界まで引き延ばされた時間。スローモーションで刃を振り下ろす敵の姿を目で捉えながら、見ていることしか出来ない僕。


 そして脳内では高速で過ぎ去っていく過去の思い出。これが走馬灯ってやつ……?


 結局、何も出来なかった。女の子を逃がすことも、西園寺さんが逃げる時間を稼ぐことも……僕が生き残ることも。


 僕はやっぱり何処まで行っても痛いオタクのままで、物語の主人公に憧れただけのちっぽけな人間だった。


 必死に次の手を考えるが、何も思いつかない。やだ……やだ……っ、死にたくない!まだ死にたくない!

 奇跡、幸運、なんでもいい!何か起きてくれ!何か……っ、神様……ッ!


 後悔、絶望……そんな感情が僕の中をめる。なんであの時、僕は西園寺さんの言葉を素直に従わなかったんだろう?


 女の子の悲鳴が聞こえたとき、僕は助けなきゃって反射的に思った。西園寺さんの『私達も危険な状況にいる以上、まずは自身のことを優先しましょう』っていう言葉が酷く冷たく聞こえた。


 でも違った、西園寺さんは誰よりも現実を見ていて……僕は現実を見落とした。僕だったらどうにか出来る、僕だったら助けられる……その慢心が、その油断が。いやがおうにも現実として僕に見せつけられている。


 どうしてこうなったんだろう?どうして僕はこんな所で死にかけているんだろう?

 本来なら今ごろ僕は瑠璃にコンビニのスイーツを買って、一緒に食べながらテレビを見ていたはずだ。


 今日は僕の大好きなお笑い芸人が出る番組があって、それを瑠璃とみながら笑って……そういえば宿題をまだやってなかったなぁ……って。


 明日の学校に持って行く弁当に入れる豚の生姜焼きが楽しみで、明日発売されるライトノベルの新刊を買うお金が無いなーって苦悩して!


 明日は……明日も……その先も!やりたいことなんていっぱいあった!こんなダンジョンに拉致られる事さえ無ければ!僕は明日も笑って現実を生きていけたッ!


 何が『どうしてこうなった』だ!?いきなりダンジョンに拉致されたんだ、避けようが無かった!

 何が『どうして僕はこんな所で死にかけている』だ!?僕が弱いからだよ、身体的にも精神的にもさ……


 粛々しゅくしゅくと現実を受け入れていく。諦めの感情が僕を満たしていく。


 ごめん、お父さん、お母さん、瑠璃……僕、ここで死ぬみたいだ……。諦めと、死に直面した恐怖で思わずぎゅっと目をつむる。


 過去が流れていた走馬灯はいつの間にか、今日の出来事までさかのぼっていた。僕の、最後の走馬灯。


 ダンジョンというものが世界中に溢れて、リアルとフィクションが混同したこの世界で。


 ただのオタクがダンジョンというものに憧れを抱いて、バカな妄想を繰り返していた……愚かな走馬灯だ。

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