第15話やるべきことと策謀渦巻く変事

なろほど、確かに魔法初心者の僕でも水になら魔法を使いやすいらしい。

形が流動的故にイメージしたものを投影させやすいということなのだろう。

アレンは魔法の特訓を開始してから数時間足らずでコツを得始めていた。

魔法の力で球状になった水の塊を作り、それを宙へと自在に浮かせられるようになったのだ。

人の顔ぐらいのサイズの水の塊が宙に浮いている。その光景はまるで、生きた水晶のようだ。

「アレン中々やるじゃない。正直魔法初心者にしては出来過ぎなくらいだわ」

突然後ろからクレアに話しかけられる。僕は思わず驚き、そのはずみで宙に浮いていた水の水晶が割れてその下の地面を濡らした。

「もう、急に後ろから話しかけないでくださいよ」

「あ、ごめんなさい・・・。いや、このくらいで集中が乱れるなんて、やっぱりアレンはまだまだね」

クレアは嫌味を言わないと死んでしまう病にかかっているのではないかと思いたくなる。

だが言っていることはその通りなのでぐうの音も出ないのが悔しい。

「そうですね。クレア姉さんの言う通りですよ。でも、今は魔法の自主練をする時間ですよ? それなのに練習もしないで人の魔法にケチをつけてくる人には言われたくないですね」

魔法の基本的なことは全て母さんから教えて貰ったので、あとは各自で自主練をするようにと言われた。

さすがこの国の魔法研究の第一人者なだけあって、母さんの仕事は多岐に渡りやる量も多い。

それ故に母さんの仕事が溜まっているようで生憎とこうして自主練を言い渡された。

「アレン、あんた私の弟分なのにそういうところ可愛くないわね」

「クレア姉さんこそせっかく可愛いんだから、人に嫌味を言うせいでその可愛さも半減してしまいますよ」

「なっ!?」

クレアの顔が一瞬で赤くなった。分かりやすく動揺しているのが伺える。

その様子は最後に会った時のメイちゃんを思い起こさせた。

メイちゃん元気にしてるかな・・・。

「そ、そうねアレンの言う通りだわ。今後はなるべく気を付けるようにするわ」

あれ? なんか意外に素直なとこあるじゃん。

つうか自分で最初に超天才魔法使い美少女とか言って、独特の自己紹介してたのにいざ可愛いって言われたらこの反応なのかよ。

ちきしょう、このギャップなんか可愛いと思ってる自分がいる! なんか悔しい!

もう、アレンてば急に可愛いとか言うんだからびっくりしちゃったじゃない。

もしかしてアレンって私のこと、すすすすすきだったりして!?

でもアレンは可愛い弟分としか思ってなくて異性としては意識してなかったけど・・・。

よく見たらアレンもアン様の子供なだけあって整った顔立ちしてるし、ちょっと頼りないところもあるけど実は優しくて力持ちなところもあって・・・。

はわわわわ!!!

別にアレンのことカッコいいなんて思ってなんかないもん!

そうだ! 私のことどう思ってるのかそれとなく聞いてみようかしら。

もしそれで私に気がありそうなら・・・、それはそれで考えてあげないこともないんだからね。

「ねえ、アレン。もしかしてあなた私に・・・」

「姉さん危ない!」

「エッ!? キャア!!」

バシャーン!

クレアの顔に水の塊が当たった。

う~ん、これぞまさしく水も滴る良い女・・・。

って言ってる場合じゃない!

「クレア姉さん誤解しないでくださいね?」

「これはわざとじゃないですから」

「練習してたら手元が狂ってしまって」

「それでぶつかってしまって」

「本当に決してわざとじゃなくてですね・・・」

ダメだ・・・。何を言ってもクレアの目がずっと僕のことを殺そうとしてる目のままだ・・・。

まだ死にたくない。というかまた死にたくはない!

僕はその場から逃げようとした矢先に、クレアが杖上の魔道具で魔法を唱えた。

「風よ、竜巻を起こせ!」

徐々に風が気流を生み出していき、2階建ての家を優に超える高さにまでなった。

恐ろしいことにその竜巻が僕の方にピンポイントで向かってくるのだった。

とにかく竜巻から逃げ回るしかない。幸い体力には自信がある。

僕は四方八方にとにかく逃げ回った

「クレア姉さん落ち着いて!」

「大丈夫よ、私は今すごく落ち着いてるわよ」

あー、あの目は完全に僕のことを殺る気だ。

なら仕方ない。僕はクレアの方へと方向転換した。

「ちょっと、こっち来ないでよ!」

クレアの動揺をよそに、僕はクレアの体へとタックルした。

そしてクレアの持っていた杖を素早く取り上げる。

すると杖で制御出来なくった竜巻は消え、些細な風の流れの一部へと還った。

「ふう、危なかったー」

僕は額にあふれ出た汗を拭った。

「ねえ、ちょっとあんた退いてよ」

「えっ?」

気付けばクレアが仰向けで下になり、その上を僕が馬乗りしていた。

「ああ、すみません。すぐに退けます」

すぐにそこから退けて立ち上がる。

それと同時にクレアに手を貸した。

その手をまるで汚れたものでも見るかのような辛辣な目でクレアは見つめる。

「クレア姉さんごめんなさい。でも本当にわざとじゃないんです。だからこれは仲直りの印として」

クレアの青い瞳を反らさずまっすぐ見る。瞳の中に僕が映っているのが分かるくらいに誠意を持って見つめた。

その言葉にクレアも内心やりすぎたと思ったのだろう。

躊躇いながらも仲直りの手を握ってくれたのだった。

「私も悪かったわ。ごめんなさい」

「いえ、もとはと言えば僕が悪いんですから気にしないでください。もうこれで仲直りってことでチャラにしましょう」

「ええ、そうね。それよりアレン。その、もう手を離して貰えないかしら・・・」

「ああ、すみません! すぐ離します」

僕は手を解いた。だが、その手をクレアが掴む。

「いや、やっぱりいいわ。まだ握っていましょう。もうちょっと握って、仲直りの絆を強くしましょう」

「ダメかしら?」

彼女は恥じらいながらも僕の目に訴えかける。彼女の青い瞳と同じくらい透き通っている純粋な気持ち。

その気持ちは、彼女がまだほんの9歳になる子供であることを示しているかのようだ。

「そうですね。考えてみれば二人でこうして喧嘩したのって始めてですもんね。ならとことん仲直りしましょう!」

彼女の手を両手で包み込んで握る。

「ありがとうアレン。なんかこうしていると本当の兄弟みたいで嬉しいわ」

「ふふ。そうですね僕も兄弟がいないので、こうしていると僕も嬉しいです」

二人の周りを優しい風が漂う。

その風がまるで二人を微笑しく見守るように辺りをそよぐ。

風にそよがれるアレンは、紡ぎ人の役目について考えていた。

もしかすると、エイデナの言っていた紡ぎ人の役目とはこういうことなのではないだろうか。

人と人とを分かち合い、人と人との心の懸け橋となり、人々を導き照らしていく。

そして人々の平和と安寧を願い、人々の平穏な暮らしを紡いでいく。

それが紡ぎ人の役目だとエイデナは言っていた。

なら例えこうして一度は喧嘩をしたとしても、そこから仲直りをすることでより強固な絆で結ばれる関係になれる。

そんな理想的な世界を目指していくことこそ紡ぎ人の役目なはずだ。

いや、例えその役目などなくともその理想は目指していくべきことだ。

平和であり、人々が互いを理解し合う平穏な暮らし。

でも人々は互いに対立し合ってしまうこともあるだろう。

それでも互いに手を取り合い助け合うことでどんな困難なことでも乗り越えらる。

そのために己が役目を果たしなさい。

エイデナはきっとそう託してくれたに違いない。

「アレンどうしたの?」

「あ、いえ。今もきっとどこかで見ていてくれているのかなって思っていただけです」

「それどういう意味?」

「僕のやるべきことが分かってきたってことです」

「? 直の事分からないわ」

「そうですね・・・。僕もまだまだ分からないことだらけですが、ちゃんとこの役目を果たす覚悟を背負っていきます」

僕は空を仰いだ。

もしかしたらエイデナがそこにいる気がしたから・・・。



草木に覆われうっそうとした大地。

砂ぼこりを立たせながら颯爽と駆ける一人の女。

どうしてこんなことになってしまったのだ!

あれほどの魔物の大群が現れるなど聞いたことがない。

もっと人を多くし前もって綿密に準備をしておけば・・・。

いや、考えても仕方がない。

今はとにかく先を急がねば。

皆私が戻るまでどうか無事でいてくれ!



エリーゼア王国より北に位置した国。

ナルメア帝国幕僚参謀本部建物より。

「スレイン宰相閣下。今のところ計画は順調とのことです」

「うむ、いよいよこの時がきたのだな。北の冷えた大地のこの国が、アルカディア大陸全土の覇権を手中に収める時がきたのだ!」

「おおおーーー!」

「ナルメア帝国に栄光あれ! スレイン宰相閣下に栄光あれ!」

物々しい雰囲気を醸し出す鎧の兵士たちの雄たけびが轟いていく。

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