第13話魔法の多様性

「―とまあ、こうして口で色々説明するよりも、実践で魔法を覚えていくほうが良いと思うわ。そういうことで二人とも、まずどこまで魔法を使うことが出来るかやってみましょう」

「はい、アン様。私、魔法を実践で使うことに関しては自信があります」

そう言い終わると、クレアは前もって持参してきたのであろう杖上になっている魔道具を手に持った。

「う~ん、僕は魔法の実践がほとんどないので自信ないな」

「ウソでしょアレン? 仮にもアン様の息子であるあなたが、魔法の実践がほとんどないなんて・・・」

クレアはあまりにも意外と言った様子だ。

「え? そんなに意外なことですか? 確かに母さんから魔法の知識は教えて貰ったりしたことはありますけど、この世界では魔法を使うよりも剣を使うことの方が多いのだから、そんなに珍しいことでもないと思いますが」

この魔物の蔓延るる世界では、戦闘面において魔法よりも剣の腕を磨くほうが堅実的だと言える。いや、正確に言えば魔法よりも剣を使う方がより現実的だと言える。この世界では、魔法はあまり戦闘向きとは考えられていなようなのである。

「それはそうなんだけど、息子であるあなたがアン様に魔法を教えて貰わないなんて、なんのための息子の立場なんだか・・・。はあー、私なんか頭痛くなってきた」

彼女は額を抑える。どうやら落胆しているように見える。

「アレンは今まで、魔法よりも剣を習うことの方が多かったからそれも無理ないわ。それもこれも私の夫でありこの子の父親でもある人の、融通の効かない教育方針のせいで、今まで魔法を覚える機会があまりなかったせいなのよ。それでもこの子は間違いなく魔法の才能がある子よ」

「そうですか。アン様がそうおっしゃるのなら、そういうことなのでしょう」

よくよく考えてみれば、母さんの言う僕に魔法の才能があるというのは、果たしてどこからその根拠がきているのだろう。

僕にはあまり実感が湧かない。

まあ、考えても仕方ない。クレアの言うように母さんがそう言うなら、そうなのかもしれない。

「それじゃ気を取り直して、二人とも早速魔法を使ってみましょう」

母さんは事前に準備していた水を、先日やった要領でガラスの器に注ぎ台の上に置いた。

「まずはクレア、これに魔法を使ってみてちょうだい」

「はい!」

クレアは静かに目を閉じた。その状態はまるで瞑想をしているかのように見えた。

「彼の水よ、我の思い描いた形へと姿を変えよ!」

数秒ほど間を置いたのち、水がいっせいに舞い上った。それはまるで、踊り子が旋律を奏でながら舞い踊っているかのような光景だった。

「すっげー!」

「ええ、見事なものだわ」

やがて水の踊り子は音もなく、静かに幕を閉じる。

「ふう、こんなものですかね」

「クレア。あなたの魔法、とても素晴らしかったわ」母さんは賛美の微笑みをクレアに送った。

「光栄です、アン様」

「クレア姉さん超凄いです!」それは僕の素直な賞賛の言葉だった。

「えへへ、もう二人ともそんなに褒めないでくださいよ。照れますわ」彼女は照れくさそうに笑った。

「クレアの魔法はとてもよく出来てるわ。なんなら、私がわざわざ教えられることもなさそうなくらいに」

「そんな、もったいないお言葉です」そんな謙遜するクレアをよそに、僕は急に奇妙な違和感を覚え始めていた。クレアの魔法は確かに凄った。だが、何かを見落としている気がする。

そして僕は、先日母さんに見せて貰った魔法のことを思い出す。何かがおかしい。二人の魔法を比べるとなにか説明の付かないことがある気がする。

う~ん・・・。

そうか! 

「ねえ、母さん一つ質問しても良いですか?」

「なにかしらアレン?」

「先日母さんが魔法を使った時、どうして詠唱してから即座に魔法が発動していたんですか?」

「言われてみれば確かに・・・」クレアも同じ疑問も感じたようだ。

というかあの時の様子をクレアはどこかで見てたのか。

「ふふふ。二人とも良いところに気がついたわね。その理由は、あの時私がルーン文字を使っていたからよ」

「はあ・・・、ルーン文字を使っていたから、ですか?」

「ええ、そうよ」

まだ釈然としない。

クレアも同じ気持ちといった様子だ。

「これは今の二人にはまだ早いと思っていたけど、この際だから教えましょう。私の本領である、ルーン文字について」

「はい、お願いします!」クレアと二人同時に応える。

「じゃあまず、二人はルーン文字についてどれくらい知っているかしら?」

「ただ何となく、魔法に関してのことだということぐらいしか知りません」母さんが[ルーンの申し子アン]と呼ばれているのは知っている。

だがその実ルーン文字についてそれほど詳しくは知らない。なんか凄いものらしい、ということくらいの程度の認識であった。

「私も、何となく魔法に関して高度な技術を要するものだという程度にしか知りません」

どうやらクレアもそれほど詳しくは知らないらしい。

「よろしい。それじゃルーン文字の説明としましょう。ルーン文字っていうのはその対象となるものに術を刻み込んで使うもののことね。ただ物理的にそれを刻み込むわけじゃないの。こういう魔力で編んだ糸状の物をつかってね」母さんの人差し指から白い光を放つ糸状のものが出てきた。

「じゃあ、私が実際にやってみせるからよく見てるのよ。こういうのは口で説明するより自分の目で見る方が分かりやすいでしょうから」

そういうと母さんは先ほどの要領でまた水を用意した。

「これに今から私が術を刻み込むからよく見ててね」

母さんが水に人差し指を触れ、指を動かしていく。糸状の光が文字を刻んでいく。その文字は宙に浮いているかのように見えた。そして今まで見たこともない神秘的なオーラを放つ文字でもあった。

しばらくクレアと二人でその光景を見届ける。

その後「よし、これで良いわね」と母さんがその作業の終わりを告げた。

「少しの間ルーン文字を馴染ませる時間が必要だから、その間にルーン文字を使わずに魔法を使用した場合のものを見せるからよく見ててね」

「はい」

「わかりました」

しばしの沈黙の間を置いてから、母さんが魔法を詠唱する「彼の水よ、湧き上がれ!」。

数秒の間があいたのちに、目の前に先日観た光景が広がった。相変わらず凄い光景だ。

「彼の水よ、凍り付け!」やはり数秒の間があいてから氷の柱が出来た。

「彼の氷よ、砕け散れ!」先ほどと同じ要領で氷が砕ける。

その後母さんは一通りを済ませたのち、「どう何か気付いた?」と聞いてきた。

「先日の時より魔法を詠唱してから発動するまでの時間が少しある気がします」僕は率直に気付いたことを言った。

「私もそう感じました」

「よろしい」

母さんは先ほどルーン文字を刻んだ水を確認した。

「よし馴染んでいるみたいね。それじゃ今度はこのルーン文字が刻まれた水に魔法を使うから、これもよく見ておくのよ」

ここまでを見てきて、僕は何となく察しがついてきていた。

「彼の水よ、湧き上がれ!」詠唱してから即座に魔法が発動する。

「彼の水よ、凍り付け!」一瞬にして水が凍り付いた。

「彼の氷よ、砕け散れ!」もれなく一瞬にして氷が砕け散る。

「もう分かってきたと思うけど、ルーン文字で術を刻んだ対象に魔法を使うと通常よりも早く魔法が発動することが出来るの」

「なるほど。確かにそのようですね。ですが魔法を詠唱しその対象となるものに魔法を使い効果を及ぼす。ここまでは通常の手順と代わりありません。なのに何故ルーン文字を刻むと、通常より早く魔法が発動されるのでしょう?」クレアは率直な疑問を投げかける。

クレアのその疑問は当然の疑問である。だが、多分おそらくその答えはシンプルなものだ。

「それはきっと、魔法を使う時にイメージをしていないから・・・。そうでしょ母さん?」

「ふふふ。さすがねアレン」

何やらとても満足気な母さんなのであった。

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